魔王を倒した剣、勇者に忘れられる。
初めての短編小説です!
初めてにしては、少しだけ、上手くできたのではないかという自画自賛を、毎日読み返しては裏切られてますが、いや、それでも、悪くはないはず…!!
是非最後まで読んでみてください!
私は剣である。
それも、ただの剣ではない。あの、勇者の剣であり、この身で魔王を貫いた勇剣である。
しかし、その勇者はもう、私のこの身を握っていない。
私は、なんだか豪勢でまぶしく、キラキラとした部屋の、決して心地が良いとは言えない、つまりは城の壁に飾られている。
人々は私を聖剣と呼び、拝み、称える。
だが、私が本当に待っていたのは、あのいけ好かなくて、頼りなくて、握り方に変な癖がある手だった。
もう、かれこれ、十数年の話になる。
―――
魔王が倒れた後、私は、いつも肌身離さず側にいた勇者の元を離れた。
私の実家ともいえる洞窟に帰っても良かったのだが、何せ私の意志は、勇者とともにある。勇者が王都へ帰るならば、私の身も王都へ行くのだ。
しかし、そこからが私の予想とは違った。
私は、気が付けば、勇者の元ではない、城の一室、なんだか豪勢な部屋の壁に飾られていた。
その場所は私にはとても落ち着かなかった。
眩く金色に輝く物を被っている何者かに、ジロジロ見られ喋りかけられては、毎日毎日、別の何かが私の前に跪き、また別の言葉を発すのだ。
「これがあの…魔王を倒した勇者様の聖剣か…」
「ありがたや…。これは拝んでおかなければ…」
やめてくれ。
私は剣である。
たとえ喋りかけられても返事などできないし、拝まれたところで願いをかなえることなどできない。
そもそも私は動けないのだ。勇者がいてこその私で、勇者がいてこその剣生なのだ。
知らぬ何者かに周りをウロチョロされては、堪ったものではない。
そう、勇者、お前が居てこそ私は、私である意味を、その意義を認められるのだ。
はじめ、私が飾られてから数年、いや、数カ月なのかあれは、まぁ、少しの間は勇者も私が飾られている場所に足を運んでいた。
少し懐かしむような顔をして私を見る。その度に私は、なんだかこの身の奥の方が温かくなる。またもう一度、その手で私を取ってくれないかと、在りもしない口を開きそうになる。
…突っ込むなよ、口などない。だからちゃんと「在りもしない」と付けておいただろう。
しかし、しばらくすると勇者は、私の前にはめったに顔を出さなくなった。
勇者ではない何者かが、私の前に現れこぼす言葉の中でしか、私は勇者を感じることができなくなった。
……
どうやら勇者は、その功績が認められて、高貴な身分になったらしい。
……
どうやら勇者は、この王都で運命の相手に出会ったらしい。
……
どうやら結婚というものを近々行うらしい。
……
……
子供という何者かが生まれたらしい。
……
……
……
勇者は、私を忘れてしまったのだろうか。
……
私は、もう姿を見なくなった勇者を、過去の記憶から追い求めるようになった。私のこの身は、それ以外に何をすることもできない。
いつしか私は、思い出を遡る日々に更けるようになった。
―――
昔の私も、剣であった。
しかし、今とは少しだけ違う。それはもう、頑固者だった。
なんだか薄暗くて、しかし青く光る、妙に神秘的な洞窟の中で、刺さり心地の良い石の上に、頑なに身を沈ませていたものである。
定期的に私の前に立つ何かが、私をこの寝床から引きはがそうとするものだから、私は意地で踏ん張り、その何かを追い出していた。
そんな日々に明け暮れていた。退屈ではない、何せ刺さり心地が良いのだから。
……
あの勇者と出会ったのはいつだったか、確か、外の雨が強い日のことだった。
いつもは、雫の滴る音だけが響く居心地の良い洞窟が、その日ばかりは騒がしかった。
洞窟の入り口から何者かが入ってきた音がして、洞窟に住む魔物たちや、よくわからない光の線たちがやけに慌てていた。「侵入者を排除しろ」だとか、「この先に進めるな」だとか。
なんだか緊急事態のようで、私も少しだけ緊張してしまったのか、汗をかいていた。
少し経つと、周りの音も消えて、いつもの静けさが戻ってきた。
ただ一つの、足音だけを残して。
その何者かは、私の前に顔を出した。なんだか「すべてのものを背負ってきました」みたいな重さを漂わせる、いけ好かないヤツだった。
先ほどまで慌てていた魔物や光の線たちは、端で丸くなっている。
…なんだ、これ。お前の仕業か。
更にいけ好かなくなった。
その何者かは、無礼にも遠慮なく私の体に触れ、今までの何かたち同様に、私をこの寝床から引きはがそうと力を入れた。
毎度のように意地を踏ん張らせる私には、その手の嫌がらせは全く効かない。
と、得意げに寝床に力を預けようとしたのだが――
雨か、湿気か、それとも汗か。なんと私の体は何の抵抗もなく、その者の力の赴くままへ、つまりは寝床の外へと追い出されてしまった。
あれ、私、今、下着のままだったかな。それとも、下着すら…。
「重いな」
この、無礼者。乙女に向かって重いとは、その腕切り落としてやろうか。
…私が動けさえすればな。
……
そこから、私の世界は広がった。
平原を行き、山を越え谷を越え、時には極寒の中、灼熱の中を進んだ。感じたことのない景色ばかりだった。
道中、私たちの行く手を阻むものが現れては、私はその身を振るった。
…振るわれた。
そうして、何年もの時を過ごした。
その間、私の身はずっとこのいけ好かない何者かの側にあり、このいけ好かない何者かの手には、私が握られていた。
往く先々で、この者は多くの者を助けていていたのだろうか、やがてこの者は『勇者』と、そう呼ばれるようになった。
『勇者』―勇気ある者の呼び名。
私がこの者に出会ったばかりの頃は、本当にいけ好かなく、頼りない奴だったというのに、いつの間にか勇者などと呼ばれるようになったのだ。
―歩く場所が少しひねくれていると、すぐに足を奪われ、慌てて体勢を立て直そうとした反動で、私を落とす。申し訳なさそうな顔をして、私に付いた泥よりも汚れた裾で私を拭く。
―雨の日には、私に自分の外套を被せてくる。剣先が錆びないだろうか、などと余計な心配をしては、その傍らで自分がその寒さにやられる。
―私を、特注の鞘の中で大事に仕舞い、背中か何かに預ければいいものを、片時もその手から離さないで旅路を進む。そして、転んで私を落とす。
そんな頼りない者が。
そうか、勇者になったのか。
…本当なのか?
―――
私の部屋に子供達が入ってきた。騒がしい。
やめろ、私の回想を、唯一の楽しみを邪魔するな。全く、どいつもこいつも礼儀も遠慮も何も持っていやしない。私は勇者の剣だぞ。
少しして、母親だろうか、女も部屋に入ってくる。私を見ながらはしゃぐ子供達を連れて、出ていく。
よくやった。これでまた戻れる。
―――
しだいに、この勇者はより大きな困難へと立ち向かうようになった。誰も成し遂げられない、成し遂げようとしない、大きすぎる壁に向き合い始めた。
―魔王の討伐
聞けば、この勇者に似た形をする何かたちは、その魔王と呼ばれる何かに、長きにわたって苦しめられているそうだ。その解決が、討伐という訳なのだろう。
……
それから、また何年もの時を過ごした。
戦いがより苛烈になっていく中で、この勇者は大きな傷を負うようになった。その度に、欠けることの無い私のこの身を案じる。
進んでいく道が、なんだか暗くなってきた。空の模様も何だか重々しくなり、路傍の草木も心なしか色を無くしている。彼らにとっての癒しである川辺の水も、徐々にその姿を隠し始める。しかし、獰猛そうな四つ足の数は増えていく。
……
その不気味な建物が見えてきたのは、そんな生活に慣れてきた辺りだった。
それは、どんなヤツが設計したのか、気が悪くなるような曲線を施した形。明かりの役目を果たそうとしない青白い灯り。雲に隠れ、その大きさを計り知らせない建物の上半身。すべての外壁を、何を考えたのか薄暗い青紫色で固めた禍々しい城であった。
これが、例の魔王とやらの住処であった。
私を持つ手が震えている。しかし、決して離すことは無い、そんな意思を感じる手。
そうか、勇者とは、勇気ある者の事。恐れない者のことではなく、それを経てなお、立ち向かうことを止めない者に能う称号なのだろう。
まるでぴったりじゃないか。
城に入ってからは、あまり覚えていない。この勇者を守るために必死だったのだ。
……どれくらいの時が経ったのだろう。私を握る力が弱まって、私はこの戦いが終わったことを知った。
戦いの後、勇者の身体も、私の剣身も、満身創痍であった。私の身を垂れるこの液体が魔王のものである事が、それから伝わる熱が、唯一の感覚。永きにわたる冒険の終わりを告げる実感だった。
勇者は私を握りなおした。この者の握り方と離し方には癖がある。最後に小指が遅れてくるのだ。
そして心配そうに私を見つめる。相変わらずこの勇者は、私の身を一番に案じる。
「一緒に戦ってくれて、ありがとう」
…こっちのセリフだ。全く。
それから、私たちは、一度通った長い道を、今度は旅路でなく帰路として歩く。
その後、また色々なことがあって、冒頭に戻る。
……
私は剣である。
それも、ただの剣ではない。あの、勇者の剣であり、この身で魔王を貫いた勇剣である――
―――
同じような思い出に、そろそろ浸り飽きてきた頃。
私の部屋のドアが激しく開かれる。
なんだ騒がしい。もっと敬意を払えと何回言ったら――
…私は開く口を持ち合わせていなかったな。
入ってきたのは、一人の青年だった。
その足音は、どこかで聞いたことのあるような音を刻んで―そうだあの洞窟だ。洞窟で聞いた、あのいけ好かない足音に似ていた。
その青年は、いつもの、何かが行うような、跪いて祈る様子はない。
「祖父が、最期にお前に会いたいと言っている」
誰だお前は。随分と勝手なことを言う。この私に、勇者の剣である私に、知らぬ誰かの最期に付き合う義理などあるわけがないだろう。
そんなもの頼むなら、勇者の一人でも連れてきてみろ。
しかしその青年は、私の声など耳も傾けず、壁から私を外した。
…というより、私の声など聞こえるわけがないからな。
私は、青年の手によって、十数年ぶりにこの身を動かした。なんだかもっと長い間のような気もするが、まあ良い。
初めてというのに、この青年の手には、なんだか懐かしさを覚えた。
そんなことを考えていると、ある部屋へ着いた。
扉が開くと、薬草の香りがした。そんなものを感じられるかなど、どうでもいい。
それは静かな部屋だった。分厚いカーテンが窓の光をやわらげ、燭台の火が小さく揺れている。部屋の中央には寝台があり、そこに髪や髭が真っ白い男が横になっている。その男の傍らには、眩く金色に輝く物がおかれている。
なんだ、この寝ている者はよく私の部屋に来ていた奴ではないか。なんだか色々白くなった気がするが、何かあったのか。
男がゆっくりと口を開く。
「…久しいな」
そうだろうか、お前はついこの前まで、よく部屋で見ていたぞ。
…いや、ついこの前? それはいつの話だろうか。
私は考えることをやめた。剣である私にとって、歳月を数えるのは苦手だ。
男は辛そうに咳をしてから、また口を開く。
「…なんだ、まだ聞こえるじゃないか。相変わらずのひねくれ具合だ」
何を言っているのだ、この男は。
男は私の方へ手を伸ばした。
「…少し、持たせてくれないか」
青年が私を男の手の元へ運ぶ。
おい、私は許可してないぞ。
―男の手が私に触れる。
それは、かつて感じた、あの無礼で遠慮のない手に似ていた。
―男の手が私を徐々に握る。
か弱く、細い。なんでこんなものにかつての勇者を連想しているのか。あの勇者も、頼りなかったが、ここまでではない。
―最後に、男の小指が、遅れて私を締める。そして、完全に私をつか―
…遅れて?
……。
私は知っていた。この握り方を。この癖を。とても勇敢などとは程遠い、しかし決して離すことのないこの手を。
…あの勇者と呼ばれた男の事を。
男は懐かしむように笑う。
「重いな」
……。
あぁ…、そうか。
そうだったのか…。
お前が…。
お前はずっと、私の側に…。
私は思い出した。
いや、違う。
私はずっと覚えていた。覚えていたのに、見失っていたのだ。
姿かたちが変わったものを、違うものとしていたのだ。
……。
―この男は、あの、勇者だ。
………
「…やっと、気づいたか」
私の心臓が、脈を打った。
いや、剣である私に心臓などない。しかし、私のこの身の奥の方が、何か強く鼓動したような気がした。
気づいたか、だと。
知っていたのか、私がお前を勇者ではない何者かだと思っていたことを。
私が、毎度毎度、部屋に来るお前を見て、勇者の話をするお前を見て、勇者ではない何者かだと思っていたことを。
知っていたのか。
勇者に忘れられたとばかり思いこんで、過去にばかり現を抜かして、目の前にいるお前を忘れてしまっていたことを。
「…知っていたさ。私は、お前の声が聞こえるんだからな」
……。
男は、いや、勇者は話す。
「…王冠を初めて被った日、お前に会いに行った」
…覚えている。眩く金色に輝く物を被っている何者かが、初めて来た日だ。
「…愛する人ができたときにも、お前に会いに行った」
覚えている。なぜか下を向きながら話してた。
「…結婚をする前の夜にも、子供が生まれた日にも、会いに行った」
私は、側にいる青年の顔を見た。
「…それは私の孫だ」
息子じゃないのか。
「…あれから数十年の時が経っているのだ。私の息子はもう大人だ」
……。
勇者は続ける。
「私の子供が生まれた日以降も、頻繁に話しに行った。どんな些細なことも、な」
しかし、と勇者は遠くの方を見た。
「ある時から、お前の声が聞こえなくなった」
……。
「子供の報告をした後くらいからだな、それまでは返事をしていたお前も、そこからは全く返事をしなくなった。私がお前の声を聞けなくなってしまったのかと思っていたが」
私が、昔の思い出を振り返り始めた時か。
勇者はもう一度私の方を見る。…なんとも嬉しそうな顔で。
「…今日やっと、久しぶりにお前の声が聞こえた」
……。
私にとって、少し前の出来事だったはずのそれは、もう何十年も前のことだった。
…私は、過去を振り返りながら、幾年もの歳月を超えていたのか。
あの追憶は、もう追体験だったのだ。あの旅を思い返せば、あの旅と同じだけの時間が流れる。
果たして、私はもう何度、あの冒険を見ていただろうか。
その間に、月日は流れ、勇者は老いた。その姿が白くなるほどに。
「…すまなかったな」
勇者が言った。
…なぜおまえが謝る。それは私の言葉ではないのか。
私は勇者の剣であるといいながら、その勇者を見失っていたのだ。
「…お前は剣だ。老いるものを知らない」
違う、そうだとしても、私は、老いる前のお前すら、見失っていた。
服装が変わる、被り物が増える、それだけで、お前のことを勇者ではない何者かだと、そう見てしまっていた。
私は、お前の剣なのに。私はずっと、お前の剣だったのに。
「…ずっとそこに、いてくれたな」
居たさ。私は動けないからな。お前のことを見失って、忘れられたとばかり憂いて、ずっと壁の上に飾られていたさ。
しかし、お前はずっと傍に居た。私に忘れられていると気づいても、返事が返ってこなくなっても、私の側に、私の前に。ずっと。
「…ありがとう」
勇者は言った。
昔とは違う声で、昔と同じ言葉を。
……
久しぶりに話し疲れたのか、それとも満足したのか、勇者の指が、私から離れていく。
あの洞窟で私を引き抜いた手が、魔王の血に濡れても離さなかった手が、最後に、小指だけが遅れてほどけていった。
ああ、離すときの癖まで、老いても変わらないままなのか。
―――
それから、おそらく数日後、いや数か月後かもしれない、勇者は息を引き取った。
私は、勇者の剣である。勇者が居てこそ私は、私である意味を、その意義を認められるのである。
だから私は、勇者の墓石に身を沈ませることになった。
そこは、墓に参る者たちで溢れ、騒がしく、夜遅くの限られた時間にしか心が休まらないような場所で、しかしなんとも、刺さり心地の良い場所であった。
……
人は、変わる。
それは別人になることではない。
生きる、ということなのだ。
―私は目をつむる。勇者が眠るこの場所で。
…こんな時くらい、目があることにしておいてくれ。勇者の隣なら、その方が似合うだろう?
―またもう一度、勇者と冒険する夢を見るために。
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もう飛んで喜びます。それはもう跳んで。




