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魔王を倒した剣、勇者に忘れられる。

作者: 浪留
掲載日:2026/06/04

初めての短編小説です!

初めてにしては、少しだけ、上手くできたのではないかという自画自賛を、毎日読み返しては裏切られてますが、いや、それでも、悪くはないはず…!!


是非最後まで読んでみてください!

 私は剣である。

 それも、ただの剣ではない。あの、勇者の剣であり、この身で魔王を貫いた勇剣である。


 しかし、その勇者はもう、私のこの身を握っていない。


 私は、なんだか豪勢でまぶしく、キラキラとした部屋の、決して心地が良いとは言えない、つまりは城の壁に飾られている。

 人々は私を聖剣と呼び、拝み、称える。


 だが、私が本当に待っていたのは、あのいけ好かなくて、頼りなくて、握り方に変な癖がある手だった。


 もう、かれこれ、十数年の話になる。


―――


 魔王が倒れた後、私は、いつも肌身離さず側にいた勇者の元を離れた。

 私の実家ともいえる洞窟に帰っても良かったのだが、何せ私の意志は、勇者とともにある。勇者が王都へ帰るならば、私の身も王都へ行くのだ。

 しかし、そこからが私の予想とは違った。


 私は、気が付けば、勇者の元ではない、城の一室、なんだか豪勢な部屋の壁に飾られていた。


 その場所は私にはとても落ち着かなかった。

 眩く金色に輝く物を被っている何者かに、ジロジロ見られ喋りかけられては、毎日毎日、別の何かが私の前に跪き、また別の言葉を発すのだ。


「これがあの…魔王を倒した勇者様の聖剣か…」

「ありがたや…。これは拝んでおかなければ…」

 やめてくれ。


 私は剣である。

 たとえ喋りかけられても返事などできないし、拝まれたところで願いをかなえることなどできない。

 そもそも私は動けないのだ。勇者がいてこその私で、勇者がいてこその剣生なのだ。

 知らぬ何者かに周りをウロチョロされては、堪ったものではない。


 そう、勇者、お前が居てこそ私は、私である意味を、その意義を認められるのだ。


 はじめ、私が飾られてから数年、いや、数カ月なのかあれは、まぁ、少しの間は勇者も私が飾られている場所に足を運んでいた。

 少し懐かしむような顔をして私を見る。その度に私は、なんだかこの身の奥の方が温かくなる。またもう一度、その手で私を取ってくれないかと、在りもしない口を開きそうになる。

 …突っ込むなよ、口などない。だからちゃんと「在りもしない」と付けておいただろう。


 しかし、しばらくすると勇者は、私の前にはめったに顔を出さなくなった。

 勇者ではない何者かが、私の前に現れこぼす言葉の中でしか、私は勇者を感じることができなくなった。


 ……


 どうやら勇者は、その功績が認められて、高貴な身分になったらしい。


 ……


 どうやら勇者は、この王都で運命の相手に出会ったらしい。


 ……


 どうやら結婚というものを近々行うらしい。


 ……

 ……


 子供という何者かが生まれたらしい。


 ……

 ……

 ……


 勇者は、私を忘れてしまったのだろうか。


 ……


 私は、もう姿を見なくなった勇者を、過去の記憶から追い求めるようになった。私のこの身は、それ以外に何をすることもできない。


 いつしか私は、思い出を遡る日々に更けるようになった。


―――


 昔の私も、剣であった。

 しかし、今とは少しだけ違う。それはもう、頑固者だった。


 なんだか薄暗くて、しかし青く光る、妙に神秘的な洞窟の中で、刺さり心地の良い石の上に、頑なに身を沈ませていたものである。

 定期的に私の前に立つ何かが、私をこの寝床から引きはがそうとするものだから、私は意地で踏ん張り、その何かを追い出していた。

 そんな日々に明け暮れていた。退屈ではない、何せ刺さり心地が良いのだから。


……


 あの勇者と出会ったのはいつだったか、確か、外の雨が強い日のことだった。

 

 いつもは、雫の滴る音だけが響く居心地の良い洞窟が、その日ばかりは騒がしかった。

 洞窟の入り口から何者かが入ってきた音がして、洞窟に住む魔物たちや、よくわからない光の線たちがやけに慌てていた。「侵入者を排除しろ」だとか、「この先に進めるな」だとか。

 なんだか緊急事態のようで、私も少しだけ緊張してしまったのか、汗をかいていた。


 少し経つと、周りの音も消えて、いつもの静けさが戻ってきた。

 ただ一つの、足音だけを残して。


 その何者かは、私の前に顔を出した。なんだか「すべてのものを背負ってきました」みたいな重さを漂わせる、いけ好かないヤツだった。

 先ほどまで慌てていた魔物や光の線たちは、端で丸くなっている。

 …なんだ、これ。お前の仕業か。

 更にいけ好かなくなった。


 その何者かは、無礼にも遠慮なく私の体に触れ、今までの何かたち同様に、私をこの寝床から引きはがそうと力を入れた。

 毎度のように意地を踏ん張らせる私には、その手の嫌がらせは全く効かない。

 と、得意げに寝床に力を預けようとしたのだが――

 雨か、湿気か、それとも汗か。なんと私の体は何の抵抗もなく、その者の力の赴くままへ、つまりは寝床の外へと追い出されてしまった。

 あれ、私、今、下着のままだったかな。それとも、下着すら…。


「重いな」

 この、無礼者。乙女に向かって重いとは、その腕切り落としてやろうか。

 …私が動けさえすればな。


 ……


 そこから、私の世界は広がった。

 平原を行き、山を越え谷を越え、時には極寒の中、灼熱の中を進んだ。感じたことのない景色ばかりだった。

 道中、私たちの行く手を阻むものが現れては、私はその身を振るった。

 …振るわれた。


 そうして、何年もの時を過ごした。

 その間、私の身はずっとこのいけ好かない何者かの側にあり、このいけ好かない何者かの手には、私が握られていた。


 往く先々で、この者は多くの者を助けていていたのだろうか、やがてこの者は『勇者ゆうしゃ』と、そう呼ばれるようになった。

 『勇者ゆうしゃ』―勇気ある者の呼び名。

 私がこの者に出会ったばかりの頃は、本当にいけ好かなく、頼りない奴だったというのに、いつの間にか勇者などと呼ばれるようになったのだ。


 ―歩く場所が少しひねくれていると、すぐに足を奪われ、慌てて体勢を立て直そうとした反動で、私を落とす。申し訳なさそうな顔をして、私に付いた泥よりも汚れた裾で私を拭く。

 ―雨の日には、私に自分の外套を被せてくる。剣先が錆びないだろうか、などと余計な心配をしては、その傍らで自分がその寒さにやられる。

 ―私を、特注の鞘の中で大事に仕舞い、背中か何かに預ければいいものを、片時もその手から離さないで旅路を進む。そして、転んで私を落とす。


 そんな頼りない者が。


 そうか、勇者になったのか。

 …本当なのか?


―――


 私の部屋に子供達が入ってきた。騒がしい。

 やめろ、私の回想を、唯一の楽しみを邪魔するな。全く、どいつもこいつも礼儀も遠慮も何も持っていやしない。私は勇者の剣だぞ。

 少しして、母親だろうか、女も部屋に入ってくる。私を見ながらはしゃぐ子供達を連れて、出ていく。

 よくやった。これでまた戻れる。


―――


 しだいに、この勇者ものはより大きな困難へと立ち向かうようになった。誰も成し遂げられない、成し遂げようとしない、大きすぎる壁に向き合い始めた。

 ―魔王の討伐

 聞けば、この勇者ものに似た形をする何かたちは、その魔王と呼ばれる何かに、長きにわたって苦しめられているそうだ。その解決が、討伐という訳なのだろう。


 ……


 それから、また何年もの時を過ごした。

 戦いがより苛烈になっていく中で、この勇者ものは大きな傷を負うようになった。その度に、欠けることの無い私のこの身を案じる。


 進んでいく道が、なんだか暗くなってきた。空の模様も何だか重々しくなり、路傍の草木も心なしか色を無くしている。彼らにとっての癒しである川辺の水も、徐々にその姿を隠し始める。しかし、獰猛そうな四つ足の数は増えていく。


 ……


 その不気味な建物が見えてきたのは、そんな生活に慣れてきた辺りだった。

 それは、どんなヤツが設計したのか、気が悪くなるような曲線を施した形。明かりの役目を果たそうとしない青白い灯り。雲に隠れ、その大きさを計り知らせない建物の上半身。すべての外壁を、何を考えたのか薄暗い青紫色で固めた禍々しい城であった。

 これが、例の魔王とやらの住処であった。


 私を持つ手が震えている。しかし、決して離すことは無い、そんな意思を感じる手。

 そうか、勇者とは、勇気ある者の事。恐れない者のことではなく、それを経てなお、立ち向かうことを止めない者に能う称号なのだろう。

 まるでぴったりじゃないか。


 城に入ってからは、あまり覚えていない。この勇者ゆうしゃを守るために必死だったのだ。


 ……どれくらいの時が経ったのだろう。私を握る力が弱まって、私はこの戦いが終わったことを知った。

 戦いの後、勇者の身体も、私の剣身も、満身創痍であった。私の身を垂れるこの液体が魔王のものである事が、それから伝わる熱が、唯一の感覚。永きにわたる冒険の終わりを告げる実感だった。

 勇者は私を握りなおした。この者の握り方と離し方には癖がある。最後に小指が遅れてくるのだ。

 そして心配そうに私を見つめる。相変わらずこの勇者ゆうしゃは、私の身を一番に案じる。

 「一緒に戦ってくれて、ありがとう」

 

 …こっちのセリフだ。全く。



 それから、私たちは、一度通った長い道を、今度は旅路でなく帰路として歩く。


 その後、また色々なことがあって、冒頭に戻る。


 ……


 私は剣である。

 それも、ただの剣ではない。あの、勇者の剣であり、この身で魔王を貫いた勇剣である――


―――


 同じような思い出に、そろそろ浸り飽きてきた頃。


 私の部屋のドアが激しく開かれる。

 なんだ騒がしい。もっと敬意を払えと何回言ったら――

 …私は開く口を持ち合わせていなかったな。


 入ってきたのは、一人の青年だった。

 その足音は、どこかで聞いたことのあるような音を刻んで―そうだあの洞窟だ。洞窟で聞いた、あのいけ好かない足音に似ていた。


 その青年は、いつもの、何かが行うような、跪いて祈る様子はない。


 「祖父が、最期にお前に会いたいと言っている」


 誰だお前は。随分と勝手なことを言う。この私に、勇者の剣である私に、知らぬ誰かの最期に付き合う義理などあるわけがないだろう。

 そんなもの頼むなら、勇者の一人でも連れてきてみろ。


 しかしその青年は、私の声など耳も傾けず、壁から私を外した。

 …というより、私の声など聞こえるわけがないからな。


 私は、青年の手によって、十数年ぶりにこの身を動かした。なんだかもっと長い間のような気もするが、まあ良い。

 初めてというのに、この青年の手には、なんだか懐かしさを覚えた。


 そんなことを考えていると、ある部屋へ着いた。

 扉が開くと、薬草の香りがした。そんなものを感じられるかなど、どうでもいい。

 それは静かな部屋だった。分厚いカーテンが窓の光をやわらげ、燭台の火が小さく揺れている。部屋の中央には寝台があり、そこに髪や髭が真っ白い男が横になっている。その男の傍らには、眩く金色に輝く物がおかれている。

 なんだ、この寝ている者はよく私の部屋に来ていた奴ではないか。なんだか色々白くなった気がするが、何かあったのか。


 男がゆっくりと口を開く。

「…久しいな」


 そうだろうか、お前はついこの前まで、よく部屋で見ていたぞ。

 …いや、ついこの前? それはいつの話だろうか。

 私は考えることをやめた。剣である私にとって、歳月を数えるのは苦手だ。


 男は辛そうに咳をしてから、また口を開く。

「…なんだ、まだ聞こえるじゃないか。相変わらずのひねくれ具合だ」


 何を言っているのだ、この男は。


 男は私の方へ手を伸ばした。

「…少し、持たせてくれないか」


 青年が私を男の手の元へ運ぶ。

 おい、私は許可してないぞ。



 ―男の手が私に触れる。

 それは、かつて感じた、あの無礼で遠慮のない手に似ていた。



 ―男の手が私を徐々に握る。

 か弱く、細い。なんでこんなものにかつての勇者を連想しているのか。あの勇者も、頼りなかったが、ここまでではない。



 ―最後に、男の小指が、遅れて私を締める。そして、完全に私をつか―

 …遅れて?



 ……。



 私は知っていた。この握り方を。この癖を。とても勇敢などとは程遠い、しかし決して離すことのないこの手を。


 …あの勇者と呼ばれた男の事を。



 男は懐かしむように笑う。

「重いな」



 ……。



 あぁ…、そうか。

 そうだったのか…。


 お前が…。



 お前はずっと、私の側に…。



 私は思い出した。



 いや、違う。

 私はずっと覚えていた。覚えていたのに、見失っていたのだ。


 姿かたちが変わったものを、違うものとしていたのだ。



 ……。



 ―この男は、あの、勇者だ。





………


「…やっと、気づいたか」



 私の心臓が、脈を打った。

 いや、剣である私に心臓などない。しかし、私のこの身の奥の方が、何か強く鼓動したような気がした。



 気づいたか、だと。


 知っていたのか、私がお前を勇者ではない何者かだと思っていたことを。


 私が、毎度毎度、部屋に来るお前を見て、勇者の話をするお前を見て、勇者ではない何者かだと思っていたことを。


 知っていたのか。


 勇者に忘れられたとばかり思いこんで、過去にばかり現を抜かして、目の前にいるお前を忘れてしまっていたことを。



 「…知っていたさ。私は、お前の声が聞こえるんだからな」



 ……。



 男は、いや、勇者は話す。

「…王冠を初めて被った日、お前に会いに行った」


 …覚えている。眩く金色に輝く物を被っている何者かが、初めて来た日だ。


「…愛する人ができたときにも、お前に会いに行った」


 覚えている。なぜか下を向きながら話してた。


「…結婚をする前の夜にも、子供が生まれた日にも、会いに行った」


 私は、側にいる青年の顔を見た。


「…それは私の孫だ」


 息子じゃないのか。


「…あれから数十年の時が経っているのだ。私の息子はもう大人だ」


……。


 勇者は続ける。

「私の子供が生まれた日以降も、頻繁に話しに行った。どんな些細なことも、な」


 しかし、と勇者は遠くの方を見た。

「ある時から、お前の声が聞こえなくなった」


 ……。


「子供の報告をした後くらいからだな、それまでは返事をしていたお前も、そこからは全く返事をしなくなった。私がお前の声を聞けなくなってしまったのかと思っていたが」


 私が、昔の思い出を振り返り始めた時か。


 勇者はもう一度私の方を見る。…なんとも嬉しそうな顔で。

「…今日やっと、久しぶりにお前の声が聞こえた」


……。


 私にとって、少し前の出来事だったはずのそれは、もう何十年も前のことだった。


 …私は、過去を振り返りながら、幾年もの歳月を超えていたのか。

 あの追憶は、もう追体験だったのだ。あの旅を思い返せば、あの旅と同じだけの時間が流れる。

 果たして、私はもう何度、あの冒険を見ていただろうか。


 その間に、月日は流れ、勇者は老いた。その姿が白くなるほどに。



「…すまなかったな」

 勇者が言った。


 …なぜおまえが謝る。それは私の言葉ではないのか。

 私は勇者の剣であるといいながら、その勇者を見失っていたのだ。


「…お前は剣だ。老いるものを知らない」


 違う、そうだとしても、私は、老いる前のお前すら、見失っていた。

 服装が変わる、被り物が増える、それだけで、お前のことを勇者ではない何者かだと、そう見てしまっていた。


 私は、お前の剣なのに。私はずっと、お前の剣だったのに。


「…ずっとそこに、いてくれたな」


 居たさ。私は動けないからな。お前のことを見失って、忘れられたとばかり憂いて、ずっと壁の上に飾られていたさ。

 しかし、お前はずっと傍に居た。私に忘れられていると気づいても、返事が返ってこなくなっても、私の側に、私の前に。ずっと。


「…ありがとう」

 勇者は言った。


 昔とは違う声で、昔と同じ言葉を。


……


 久しぶりに話し疲れたのか、それとも満足したのか、勇者の指が、私から離れていく。

 あの洞窟で私を引き抜いた手が、魔王の血に濡れても離さなかった手が、最後に、小指だけが遅れてほどけていった。


 ああ、離すときの癖まで、老いても変わらないままなのか。


―――


 それから、おそらく数日後、いや数か月後かもしれない、勇者は息を引き取った。

 

 私は、勇者の剣である。勇者が居てこそ私は、私である意味を、その意義を認められるのである。

 だから私は、勇者の墓石に身を沈ませることになった。


 そこは、墓に参る者たちで溢れ、騒がしく、夜遅くの限られた時間にしか心が休まらないような場所で、しかしなんとも、刺さり心地の良い場所であった。


……


 人は、変わる。

 それは別人になることではない。

 生きる、ということなのだ。



 ―私は目をつむる。勇者が眠るこの場所で。

 …こんな時くらい、目があることにしておいてくれ。勇者こやつの隣なら、その方が似合うだろう?


 ―またもう一度、勇者と冒険する夢を見るために。

少しでも面白いと感じで貰えたら、下にある☆から、評価お願いいたします!


もう飛んで喜びます。それはもう跳んで。

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