01/22 カレーの日 | 最強の日
「しかし、一口にカレーと言ってもこんなに違いがあるもんだなあ」
テーブルの上に広がる色とりどりのカレーたちを眺めながら、皿とスプーンを構えている父がぼそりと呟いた。
「……お父さん、あんまりガツガツしないでね」
「わかってるよ」
答えた父だが、その目線はずっとカレーに吸いついて離れない。不安だ。
今日の記念日を復活させたのは、一人のコールディのじいちゃんだった。彼は目覚めて早々に、カレーへの愛をコロニー中に説いて回った。
私たちが存在さえ知らなかった『カレーの日』を教えてくれたのも彼だ。
無くなってしまった記念日を惜しむ彼を見て、カレー好きの同士たちが団結した。かつて地球で祝われた、愉快な記念日を蘇らせようと。
「おいおいすごいな、赤に緑に茶色……黄色とか、青なんてのもあるぞ」
「えっ?カレーといえば青でしょ」
「茶色しか見たことなかったな…」
「形もすごいな、この粉っぽいのもカレーなのか?」
「そうだよ、ライスと混ぜて食べる」
「へーっ、パンに乗せないんだ!」
会場に集まったそれぞれの家庭のそれぞれのカレー。こんなに個性が出るとは思っても見なかったものだから、もうみんな目をキラキラさせている。どんな味がするのか想像もつかない。
誰かのお腹の音が鳴った。もう待ちきれないってよ、とおどけた声で別の誰かが言う。
「そろそろ始めようか」
「カレーじいちゃん!挨拶を頼むよ」
呼ばれてじいちゃんが壇上に上がる。
じいちゃんはかつての自分の名前すら覚えていなかったが、愛するカレーのことだけはハッキリと覚えている。だから、いつしか親しみを込めて「カレーじいちゃん」と呼ばれるようになっていた。
なんとも安直だが、何よりじいちゃん本人がこの名前を一番気に入っている。
「えー……、カレーです」
どっと笑い声が上がった。
いいぞいいぞ、今日はあんたが主役だ、おいしそうだぞー、
と、方々で掛け声が飛ぶ。みんな楽しそうだ。カレーじいちゃんも笑っている。
そうだ。今日はカレーの日。カレーを囲んで楽しむ日だ。
せっかくのカレーを待たせてはいけないと、挨拶もそこそこにパーティーは始まった。
「このドロッとしたの、うまいな!」
「そうだろ、そうだろ。この甘いやつはどうやって食べるのがいいんだ?」
「そのままスープみたいに食べるの。冷めても美味しいんだよ」
「パンにひたしても美味しいね!」
「わっ、この野菜がたくさん入ってるやつ私好き…」
「誰か、ライス追加で持ってきてー!」
「おいしい、おいしい!」
会場中が、幸せとカレーの匂いに包まれている。
誰かが楽器を持ち出してきた。陽気な音楽につられて若い男女が踊り出す。誰かがいつの間にかワインを持ち込んでいた。顔を真っ赤にしてなにやら大声で歌っている父のことは、この際無視をすることにした。
みんなの熱気にあおられてそこら中で歓声が沸きたつこの会場は、まるでカレーの鍋だ。
具材たちはみんな上機嫌で、すっかり柔らかくなっていた。
と、カレーじいちゃんが目頭を押さえているのに気がついた。肩を震わせている。私は心配になって声をかけた。
「じいちゃん、大丈夫?酔っ払っちゃったの?」
それともスパイスが目に染みたの?と私はじいちゃんの肩にそっと手を置いた。
カレーじいちゃんは少し震えた声で、だいじょうぶだよ、と応え、なにやら言葉を続ける。どうやら地球言語のようで、内容はわからない。でも「カレー」という単語だけは、はっきりと聞き取れた。
そこで私は理解した。カレーは、じいちゃんとこの世界を繋いでくれたんだ。
私はじいちゃんのことを思う。
何もかも変わった世界に一人目覚めて、どれほど心細かっただろう。
でも、それでも大好きなカレーはその呼び方も変わらずにここにいてくれたんだよね。
見た目や味は変わったかもしれないけれど、「カレー」が好きっていう私たちの気持ちは、じいちゃんのそれと変わらないんだ。
「じいちゃん、カレーってすごいね」
心からそう思った。
「ああ、最強だ」
涙を拭ってじいちゃんが笑った。
私はじいちゃんに、地球のカレーのレシピを教えてもらった。帰ったらお母さんに教えてあげよう。家でみんなで作ってみよう。じいちゃんの味は再現できないかもしれないけれど、それがやがて「私の家のカレー」になっていくんだ。それがずっと、受け継がれていくんだ。カレーはすごい。本当にそう思った。
「それじゃ、みんな、撮るよー!」
パーティーの終わりに、みんなで記念写真を撮った。
多種多様なカレーたちに囲まれたカレーじいちゃんは、それはそれは幸せそうだった。
一月二十二日は、カレーの日。




