01/19 言葉の日|コトノハ
有史以来、最初期に人類が獲得した道具の一つが言葉だった。
言葉により人類は手を取り合い、寄り集まった。
言葉を以て文明は発展した。
そして争いも生まれた。
始まりは言葉だった。
言葉は長い時間をかけてゆっくりと変わっていく。
生まれ、
枝分かれし、あるいは身を寄せ合い、
呼び方も、その意味さえも変えて、
やがて死んでいく無数の言葉。
言葉は福音をもたらす神であり、災いを呼ぶ悪魔だった。
それと同時に、人そのものでもあった。
人類が地球を離れてから、既に二千年。今日は人類が地球から巣立った日だ。
『地球』を実感として語れる者は、いまではもういなくなってしまった。
遠く遠く、途方もない距離の旅。
人類はコールドスリープ技術を確立し、終着点まで眠ることを選んだ。
その時の処置が影響し、地球脱出前後の記憶の大半が失われたまま遠い宇宙に乗り出した。失われた記憶の量は、人によってまちまちだった。
地球脱出に際し、おびただしい数の宇宙船が建造された。
はるか遠くに発見された地球型惑星への移動手段として。
宇宙空間での新しい永住施設として。
あるいは、巨大な墓場として。
その目的地は様々だった。各々が、各々の目的に向けて旅立った。
こうして人類は数多くの群体に分かれた。
互いに交わらないほど遠くへ。
交わらないままに、まばらに目を覚ましていった人類は、
それぞれの群の中で新しい文化と、歴史をはぐくんでいったことだろう。
その過程で、数えきれない命が生まれ、消えた。
言葉も同じだ。群の数だけ訛り、群の数だけ意味を変えていった。
そして、地球の言葉はゆっくりと、原形を失っていく。
私は、変わっていくことを肯定している。
誤用がいつしか定着し、誤解が文化になり、どんどんと意味がずれていく。
きっとそれは、人が生きているという証。
言葉が生きているということだ。
けれど、人類が地球で生きた証が、やがて消えてなくなってしまう。
その事実が、私にはどうしても堪らないのだ。
だからせめて私は、その意味をずっとずっと記憶していたい。
たくさんの人に教わったたくさんの言葉たち。
すべてが私の宝物だからだ。
かつて地球の片隅で、小さな願いとともに生まれたこんな記念日のことも、私はずっと覚えていきたい。
一月十九日は、言葉の日。
それは神の日であり、悪魔の日でもあり、
人類の日でもあったのだ。




