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01/17 防災とボランティアの日 | 来るべき時に備えた日

校内放送が鳴るより少し早く、僕は手元の端末に表示された今日のお知らせを確認した。


今日は防災とボランティアの日のため終日外出です。

担当の班で協力し合い、ボランティアに励みましょう。


何日も前からこの日を心待ちにしていた。

退屈な勉強から解放される! ボランティア制度さまさまだ。


ずっと昔、大きな災害があった。今日はそれを忘れないための日だ。

防災はとても大事。未来への備えだものね。

けれど僕にとっては、ある意味、防災意識と同じくらいに重大なことがある。


今日の班は、萌美とペアだ。


萌美は僕の幼馴染だ。赤ん坊のころから家が隣同士で、家族ぐるみの付き合いをしてきた。僕は萌美のことを家族だと思っていたし、萌美もきっと同じだと思う。


けれど最近、『家族』の意味が僕の中で変わってきた。萌美が中等部に上がって、急に周囲からもて始めたころからだ。萌美かわいいし、性格もいいからなあ。

今のところ、彼氏ができたという話はまだ聞こえてこないけれど。

僕はいつか萌美と『家族』になりたい。だから、今日はチャンスなのだ。


と、僕の姿を認めて、廊下の向こうから萌美が走ってきた。

子どものころはよく一緒に登校したものだけれど、最近では気恥ずかしくなって、

僕のほうがわざと起きるのを遅らせていたりする。

ほとんど身体が触れるような距離まで近づき、彼女は僕に挨拶する。ドキドキ。


「おはよ!」

「おはよ。今日の作業確認した?」

平静を装いながら返事をする僕。


「うん! 同じ班、というかペアだね。よろしく!

 ところでさあ、今日の作業場所の名前見た?」

「見た見た。スペースシップ『方舟三号』!」

「ダッサー!」


二人してゲラゲラ笑った。

萌美といい雰囲気になりたいけれど、このいつもの距離感も僕は好きだ。


『方舟三号』への移動はバスだった。建造区に到着した僕らは、先生からパスカードと作業用端末を受け取って、割り振られた作業区画と作業手順、禁止事項を確認し、無骨な、まだ自動開閉もしないエアロックの外扉をくぐって船内に入った。


与圧区画を抜けると、全長一キロほどの長く広い通路が続く。

照明は必要最小限だった。薄暗く、肌寒い。


と、萌美が小さくくしゃみをついた。お知らせには暖かい格好で来るようにと指示があったはずなのに、今日の萌美は普段通りの薄着だ。優等生だけれど、これで結構抜けたところもあるのだ。


僕は寒さに強いので、着てきたカーディガンを萌美に渡した。


「あ、ありがと」

よほど寒かったのか、萌美はほとんど抱きしめるように、カーディガンを強く羽織った。


天井はむき出しになっていて、空調のためのパイプと何かの配線が交通渋滞を起こしている。稼働し始めるまでにはきれいになっていればいいけれど。

十年後には、街のみんながここを通って居住区画に移動する。

今日の担当区画がこの通路の安全点検だった。


安全点検といっても、もはや人間が行う必要のある作業なんてほとんどない。

二十四時間三百六十五日、AIがすべてのインフラの異常を検知して自動修復してくれるのだ。

なら人間に残った作業は何なのかというと、AIの提案の実行承認。これだけだ。


ただ、今日だけは防災訓練を兼ねて、普段ならまず行わない目視点検と修復作業を人の手で行うということになっている。

不毛な作業ではあるのだけれど、ボランティアの評価点数は内申に影響する。年に四回、少ないチャンスでしっかりとポイントを稼いでおかなければならない。


「でも、知ってる? ボランティアって元々『自発的な』『無償の』活動って意味らしいよ」

「じゃあこれ、全然ボランティアじゃないじゃん!」


なんて、だらだらと無駄口を叩いているうちに時間となった。

僕たちは端末の指示に従い、『ボランティア活動』を開始した。


僕らの担当は通路の端に並んだ排水管の点検口の点検だった。

番号の表示に従ってしゃがみ込み、ステンレス製のカバーに手をかける。


カバーを開けてほどなく、端末の表示が正常を示すとほぼ同時に、耳元でAIの合成音声が流れた。


『正常を確認しました。確認結果承認の上、次工程に移動してください』


なんとも楽なものだ。けれど、点検箇所はまだまだあるのだ。サクサクと進めていかないと日が暮れてしまう。端末で結果承認の操作を行い、次のポイントに向かった。


端末はずっと同じ顔で、同じ言葉を繰り返す。


正常、承認、次工程。


僕も機械の一部のように、同じ動きを繰り返していく。


そのループを止めたのは、萌美だった。


「ちょっとまって」


と、急に萌美は僕の両肩に手を置いて承認操作を制止した。

急な接触に、僕の心臓がことんと音を立てた。


「ど、どうしたの?」

どぎまぎしながら僕は返した。


「……ねえ。あれ、なんか引っかかってるよね」


彼女の指先の先に、枯れた植物の繊維みたいなものが、ほんの少しだけ点検口の縁に引っかかっていた。


「取っちゃえば?」

「うん、すぐ――」


萌美は点検口の中のゴミに手を伸ばした。瞬間、


『異物侵入を検知。カメラチェックを実施し、自動修復を試みます。区画担当員は端末の指示に従って対応してください』

緊迫感のあるAI音声があたりに響いた。近くの警告灯が赤く点滅し、次いで甲高い警報音が鼓膜を震わせる。


「異物!?」

驚いた萌美が身を引いた。慌てたのだろう、バランスを崩して後ろにつんのめる。


「わっ――」


僕は反射で腕を伸ばして萌美を引き寄せた。

まるで抱きとめるみたいな形で、萌美の頬が僕の胸元にぶつかる。


近い。

いいにおいが、する……。


「……だ、大丈夫?」

「う、うん……ありがと……」


なおも点滅を続ける警告灯の赤い光に照らされて、萌美の頬と耳が赤い。

きっと僕も、今そうなっているのだろう。

鳴り響く警報音よりもなお高く強い鼓動が、お互いの胸から聞こえてくるようだ。


ずっと家族のように接してきた。けれど、お互いの体温まで伝わるこの距離を僕たちは知らなかった。


少しの拍を置いて、僕は萌美を身体から離す。

柔らかな感触と吐息が名残惜しかった。


「び、びっくり、したね」

あはは、と萌美は笑っている。

が、さすがにぎこちない。


「うん……び、びっくりした。異物って何なんだろうね」と、僕もたどたどしく返す。

「え、そっち!?……あ、いやそうだよね、びっくりしたよね。なんだろ、異物……」


ん? そっち?

萌美は何に対して、僕に返事を求めていた?

僕はいま、何か重大な回答ミスをしたような気がする。


気を取り直して、異常の状況を確認しようと僕は手元の端末を確認した。

萌美も自分の端末を取り出して覗き見る。


「あ」


萌美も同時に気づいたみたいに目を丸くする。

「メンテナンスモードに、切り替えてなかった……」


すっかり忘れてた。


「……つまり異物は私の手だったってことね。失礼しちゃうなあ」

「うーん、評価点数に影響するかなあ……」


二人してぼやきながら、急いで作業用端末を操作した。

区画番号を選び、管制モードを切り替える。


警告灯の点滅が止まり、警報音がすっと消える。


『作業を再開してください』

周囲を騒がせていた警報が消え、合成音声はいつもの抑揚のない発声に戻った。


お互いに小さく息を吐いた。


今度は、萌美が慎重に手を伸ばした。

引っかかっていた繊維を、つまんで外す。あっけなく作業は完了した。


メンテナンスモードを解除すると、またお決まりのフレーズが再開される。

『正常を確認しました。確認結果承認の上、次工程に移動してください』


端末に短く打ち込む。


軽微な異物を除去。目視で確認。


今度は慎重に承認ボタンを押した。


「あーあ、びっくりしたなあ!」

と、萌美は大きな声を唐突に上げた。その声に僕もびっくりした。


「びっくりしたね!」


もう一度、何かを確認するように僕を見て萌美が言う。

そのテンションにまだ追いつけずに、適当な相槌を僕はうった。


その後、僕らは残りの作業工程を淡々とこなしていった。


作業が終わるころにはぎこちなさも取れ、すっかり普段通りの二人だった。

萌美といい雰囲気になりたいけれど、このいつもの距離感も僕は好きなのだ。


けれど帰りのバスの中、萌美が夕暮れに染まる窓の外を見ながら言ったのだ。


「あのときさ」

「ん?」

「ちょっと、ドキッとしたよ」


……不意打ちだった。僕はもう、完全に参ってしまった。

何か言おうとしたけれど、


「じゃあね!」


直後到着したバス停に萌美は一人降りて、そのまま走って行ってしまった。

家の最寄りまで、まだまだ距離があるというのに。


そういえば、僕のカーディガンをまだ返してもらっていない。


明日の朝、少し早起きをしよう。萌美の家のチャイムを鳴らそう。

あのときの返事を、明日は間違えないように。


今日は防災とボランティアの日。来るべき時に向けて、準備をしておかなければならない日だ。

帰宅後、僕は来るべき明日に備え、身支度を整えたのち、ベッドに潜った。


一夜明けて今日は一月十八日。朝のホームルームで、先生はいつも通りの声で言った。


「皆さん、昨日はお疲れさまでした。引き続き防災意識を忘れないように。

 十年後に予定されている、地球崩壊に備えて」


一月十七日は、防災とボランティアの日。

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