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01/16 選択の日|洗濯の日

■一月十六日 選択の日

強い風が、テラフォーミングされた地表の泥をさらって俺たちの服にこびりつかせる。

はるか上空に霞む奴らのバカでかい箱《宇宙船》の中は、快適なのだろうか。忌々しい。


覗いたスコープのドットサイトは、箱の腹の下に構えられた敵陣地内に吊るされたおびただしい数の白い布と、その下で慌ただしく動く影を捉えていた。

同じ動作を狂ったように繰り返しているその様は、さながら何かの祭りか儀式だ。


「おちょくられてるのか、俺たちは」


誰に聞かせるでもなく、俺は吐き捨てた。

攻撃待機の命令が出てすでに12時間が経過していた。


通信ログに映った上官の名前を見て舌打ちする。

六百年前の冷凍人間。命令を出したのはやはりこいつか。頭も身体も古い男。

先祖たちがこの星を開拓した六百年を、眠りこけたまま素通りしてきた男だ。


数年前に目覚めたその日から、古い軍紀を「正しさ」として振り回し、今では制服組の席に座っている。

その周囲を見れば、同じ時代から来た老人ばかりで、その男のかつての部下だったのだという。


人類が地球から巣立って既に2000年にもなるというのに、わが軍の規律は未だ、2000年前のフリーズ・ドライだ。

水を注げば昔の戦争が戻ってくる。


そして今、その粉が喉に詰まっているのだ。


白旗を掲げた敵を撃ってはならない。

新兵の頃から叩き込まれた教範が呪いのように、俺たち一兵卒の脳味噌にこびりついている。


「チクショウ、白い旗が一体なんだってんだ」


愚痴をこぼさずにいられない。


隣の観測員が、神経質にレーダーを叩いている。

敵陣地では相変わらず光点が目まぐるしく動き回っている。何かの軍事行動を行っていることは疑う余地もない。


「こんな命令に殺されるなんてたまったもんじゃない」


今日は一月十六日。昔からこの日は吉日であり、人生の分岐点になるといわれている。

何かを選び取ることで幸福が訪れるのだと、毎年のように伝えられてきた。


くそ、しかし今の状況は間違いなく不幸だ。選ぶものを間違えたんじゃないのか。

軍に入隊したとき、俺の手は日常より銃を選択したはずなのに。

……あの白い目標に銃弾を撃ち込めたらどんなに楽だろうか。


『引き続き攻撃待機。状況を注視』


また通信が入る。状況は変わらない。俺たちはこんな命令に殺されるのか?


「……だいたい、こちらの法のことなんて、相手は知ったことじゃないだろう」


誰にも聞こえない声で、そう呟いた。やはり撃つべきか。ああくそ、だが命令は命令だ。


照準は外さない。

だが、引き金も引けない。


白い布はまだそこにある。敵もそこにいる。

なのに俺たちは、いまだ何も選べずにいる。


一月十六日は選択の日。選択の日だというのに。


■一月十六日 洗濯の日


「誰か、あっち押さえろ! ロープが暴れてる!」

「結び目きつく締めろ! ほどけたら終わりだぞ!」


乾きかけていた白いシャツが、風に煽られて吹っ飛んでいった。

今日は洗濯の日。神に向かって清めを掲げる日だ。


この星はやたらと風が強い。洗濯物の乾きは早いが、油断するとシャツが飛ぶ。洗濯には向いていない。

だが我々は何があっても白い布を天に掲げなければならない。

どんな環境であろうと。ここが戦場のど真ん中であろうとも。


こする。絞る。結ぶ。乾かす。

これだけが、今日我々に許可された行動のすべてなのだ。


「隊長! 幾ら洗ってもキリがないです!」

「貴様口答えか! 銃をとるか、洗剤をとるか、どちらかを選べ!」

「もちろん洗剤であります!」


冗談のような怒号が本気で飛び交うここはグラウンドゼロ。

きっと今日だけは、宇宙のどこよりも過酷な戦場だ。


「おい、敵の状況はどうか!」

「変わりません! まだ撃ってきません!」

「違う! 頑固な油汚れのほうだ!」

「未だ健在でありまァす!」


砂と汗と油がこびりついたシャツをひっつかんで、ひたすら擦る。

我々はさながらこの世の汚れを一掃する掃除屋だ。


だがよごれは落ちない。落ちるまで擦る。

擦って、絞って、投げるように渡す。


渡された側がロープへ走る。ロープに掛ける。掛けたそばから風がめくる。

誰かが飛びついて押さえる。ああ、また汚れた! また擦り直しだ!


作戦開始から16時間が経過、兵士の叫びはもはや悲鳴に近い。

擦る。絞る。結ぶ。乾かす。

今日の戦闘は一段と過酷だ。


一月十六日は洗濯の日。洗濯の日なのであります。

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