01/24 ボーイスカウトの日|勇気をくれる日
ついにこの日が来てしまった。
朝から何度も鏡を見た。髪を結び直して、解いて、また結んだ。制服のボタンが一つずれていることに気づいて、慌てて直した。こんなに落ち着かない朝は初めてだった。
今日はボーイスカウトの日。
ガールがボーイをスカウトする日だ。
何日も前から、私は悩んでいた。声をかけるべきか、かけないべきか。幼なじみの彼に、私の気持ちを伝えていいものか。
結局答えは出ないまま、今日を迎えてしまった。
ようやく身支度が終わった私は、家を出て学校に向かった。目につく人たちは女子も男子も子どもも大人も、皆一様にそわそわしている。いつもの通学路に、妙な緊張感が漂っていた。
学校に到着すると、すでにあちこちでスカウトは始まっていた。人気のある男子は当然取り合いになる。早くアプローチした方が断然有利なので、始業の1時間以上も前から校門で待つ子もいると聞いた。戦いはすでに始まっているのだ。
「あっ」
彼が、いた。
声をかけられている。
教室入り口の手前、彼はいつもの眠そうな顔で、少し困ったような顔をしていた。女の子の表情はこちらからは窺い知れない。
少し言葉を交わしたのち、彼が少し頭を下げる。それで会話は終わった。女の子は小走りにその場から去っていった。……泣いていた。
と、彼と目が合った。
彼は少し、ばつの悪そうな顔をしてこちらに近づいてきた。おはよう、と短く挨拶して、私は彼に聞いた。
「……断ったの?」
「……あんまり見てんなよ」
おこられた。沈黙が微妙な空気を運んでくる。
子どもの頃からずっと一緒だった彼が、今日はなんだか、違う人のように見えた。それが少し怖い。
彼が何か言いかけた時、始業のチャイムが響いた。いつもは憂鬱なこの音に、今は救われた。
教室、入ろっか。と彼に声をかけ、私は自分の席に向かった。
授業中も彼のことを思う。可愛い子だったな。どうして彼は断ったんだろう。もしかして、誰かを待ってる?
頬の温度が上がっていくのを感じた。軽く頭を振って、よぎった想像を振り払う。
私じゃない。きっと、私じゃない。
ため息ばかりをついた。
授業が終わると、教室はまたあの空気に支配される。私は居心地の悪さを覚え、外の空気でも吸ってこようと教室の外に出た。
「ねえ、ちょっと良い?」
背後から声をかけられて、振り返る。
私が親友として接している、何人かの友人のひとりだった。彼女も今日、この日を待っていた一人だ。いつも快活な彼女が、今は真剣な眼差しで私を見ている。
「……うん、どうしたの?」
彼女の次の言葉をほとんど察しながら、私はしらじらしく聞き返した。
「私、彼に声をかけるよ」
彼女は少し震える声で言った。私と彼が幼なじみで、私が彼を好きなことを、彼女は知っている。
「いいよね?」
今すぐに、この場から逃げ出したい気分だった。朝、あんなに浮かれていた私がなんだか馬鹿みたいだ。こんなに真剣な彼女の顔を、私は見たことがなかった。
「いいよね?」
彼女がもう一度私に問う。
私は何も言えなかった。頷くことも、首を振ることもできなかった。
そんな私を見て、彼女は少しだけ笑った。
しょうがないな、と小さく呟いて、目を閉じ深く息を吸った彼女は、意を決して彼の方へ歩いていった。
私は遠くから、二人の様子をただ見ていた。友人が彼に何かを言う。彼が少し驚いた顔をして、それから優しく首を振る。彼女は少しだけ悲しそうな顔をしたけれど、すぐに吹っ切れたように笑った。
彼に何かを話したあと、こちらに戻ってきた。
「あーあ、ダメだったなあ」
何かを吹っ切った顔をして、戻ってきた彼女はそう言った。目は少し赤かったけれど、表情は晴れやかだった。
「……でもさ、勇気出してよかった」
言って、にひひ、と強がるように笑うその顔を、私はかっこいいなと思った。
友人の言葉が、胸に刺さった。
勇気を出して、がんばった友人。失敗しても悲しくても、ライバルのはずの私に笑ってくれる、私の大切な友達。それに比べて。
私は、臆病だった。ずっと臆病だった。
また何もできないまま、終わろうとしている。
今日は、この日は、臆病な自分を変えるチャンスの日だったはずだ。彼女は変われた。じゃあ、じゃあ、私は?
彼が廊下を歩き出す。もう誰も彼に声をかけない。少し寂しそうなその足取りは、いつもよりずっと重かった。
待っているんだろうか。誰かを。
もしかして。
もしかして、私を?
私は友人がそうしたように、瞼を閉じて、小さく深呼吸をする。それを見ている友人が、優しい眼差しで微笑んでくれた。
「さ、いってきなよ、勇気出してさ!」
親友の柔らかい手のひらが、私の背中をトンと押す。うん、勇気、出た!
私は、駆け出した。
彼の背中に向かって、走った。
一月二十四日は、ボーイスカウトの日。
世界中の女の子たちに、勇気をくれる日だ。




