第1話『星を拾う者と光を宿す少女』
この世界では、人の願いは光になる。
誰かが強く祈ったとき、誰かを想ったとき、誰かを失ったとき──
その想いは小さな光となって生まれ、夜空へ昇り、星になる。
星はただの光ではない。
願いの記憶であり、心の欠片であり、世界を照らす灯りだ。
星が多いほど世界は明るく、星が減るほど世界は暗くなる。
だからこそ、星を拾い、空へ返す者が必要だった。
彼らは“星守”と呼ばれる。
アスト・リヴェルは、その星守のひとりだった。
旅をしながら各地の星を拾い、願いを空へ返す──
それが彼の日常だった。
今夜、アストは旅の途中で立ち寄った小さな村の宿に泊まっていた。
明日の朝にはまた次の街へ向かうつもりだったが、
胸の奥に妙なざわつきがあり、眠れなかった。
「……なんだ、この感じ」
宿の窓から見える夜空は、どこか“薄い”。
星が、いつもより少ない。
アストは外套を羽織り、宿を出た。
村の外れに広がる森へと足を向ける。
夜の森は、不自然なほど静かだった。
風は止まり、木々は揺れず、虫の声すら聞こえない。
まるで世界そのものが息を潜めているようだった。
アストは足を止め、空を見上げた。
「……また減ってる気がするな」
星守として星を見続けてきた彼には、
そのわずかな違和感がはっきり分かった。
理由は分からない。
けれど胸の奥がざわつく。
まるで何かが呼んでいるような──そんな感覚。
そのとき、空からひとつの光が落ちてきた。
アストは反射的に手を伸ばした。
星の欠片は、人の願いが結晶になったもの。
だが、手のひらに落ちたそれは違った。
淡く光るどころか、
まるで心臓のように脈打っていた。
「……こんなの、初めてだ」
光がふっと強くなり、視界が白く染まった。
光が収まったとき、そこに“少女”が倒れていた。
白い髪。
透き通るような肌。
夜の闇に溶けるような静けさをまとった少女。
アストは息を呑んだ。
星の欠片から人が生まれるなんて、聞いたことがない。
だが、目の前の少女は確かに呼吸をしていた。
「……大丈夫か?」
少女はゆっくりと目を開けた。
その瞳は、星空のように澄んでいた。
「ここは……どこ……?」
「森の中だ。俺はアスト。君は……?」
少女は首を振った。
「わからないの。名前も……何も」
アストは困惑した。
だが、それ以上に胸が痛んだ。
初めて会ったはずなのに、
彼女の震える声が懐かしいように感じた。
理由は分からない。
けれど、助けなければいけないと思った。
「……じゃあ、名前をつけようか」
少女は不安げにアストを見つめた。
「いいの……?」
アストは空を見上げた。
夜空には、ひときわ明るい星が輝いていた。
「ミラ。あの星みたいに綺麗だから」
少女は目を丸くし、ふわりと微笑んだ。
「……ミラ。うん、気に入った」
その笑顔を見た瞬間、
アストの胸が温かくなった。
懐かしいような、切ないような、
説明できない感情が胸を締めつけた。
村へ戻る途中、ミラは立ち止まった。
「アスト……これ、光ってる」
ミラが指差したのは、木の根元に落ちていた星の欠片。
アストは驚いた。
「ミラ、星が見えるのか?」
「ううん。見えない。でも……触ると、胸が苦しくなるの」
ミラは星の欠片をそっと抱きしめた。
その瞬間、ぽろりと涙がこぼれた。
「……どうしてだろう。悲しいのに、嬉しい……」
アストは胸がざわついた。
ミラの涙には理由がある。
でも彼女は知らない。
そしてアストも知らない。
ただ、星の欠片は静かに光り、
ミラの胸の奥で何かが微かに脈打っていた。
村に戻る頃には、夜が明け始めていた。
アストは宿へミラを連れて行き、
宿の主人に事情を話して部屋を借りた。
旅の途中で出会った少女を放っておくわけにはいかなかった。
温かいスープを出しながら、ミラは尋ねた。
「アスト……星守って、何をする人なの?」
アストは少し考え、ゆっくりと答えた。
「人の願いが星になって落ちてくるんだ。
それを拾って、空へ返すのが星守の役目だ」
「願いが……星に?」
「そうだ。誰かが強く願ったとき、
その気持ちが光になって生まれる。
星が空に戻ると、世界は少し明るくなる」
ミラは静かに頷いた。
「……素敵だね」
アストは微笑んだ。
「でも、星が減ると世界は暗くなる。
だから星守は、世界の光を守る仕事でもあるんだ」
ミラは胸の奥に手を当てた。
その奥で、微かな光が脈打っていることに気づいたのか、
小さく息を呑んだ。
「……アスト。私……」
アストは優しく言った。
「無理に話さなくていい。
ゆっくりでいいんだ」
ミラは安心したように微笑んだ。
その夜、アストは宿の外に出た。
空には星が瞬いている。
だが──
やはり、どこか“弱い”。
「……気のせいじゃないよな」
胸の奥に小さな不安が生まれる。
星が減っている。
確実に。
宿の窓辺では、ミラが静かに目を開けていた。
胸の奥で、微かな光が脈打っている。
ミラはその光にそっと触れ、
小さく息を呑んだ。
「……あったかい……」
理由は分からない。
けれど、その光はどこか懐かしく、
どこか切なかった。
アストもミラもまだ知らない。
この出会いが、世界の運命を変えることを。
ただ、静かな夜が過ぎていった。




