貴方が笑った努力の結果がこれです。
「リオノーラ。お前との婚約を破棄する」
王立魔法学園。その裏庭で私は突如そう告げられた。
相手は幼い頃からの婚約者、ダーレン・ハッチンズ。
私達の家は同じ侯爵家であり、地位のつり合いは取れていました。
ただ、幼少の頃から魔法で頭角を現し、天才と謳われた彼と一般的な感性の私とでは、持っているものに大きな差がありました。
だからこそ私は特別な彼に惹かれ、彼の側に立つに相応しい女性である為に努力を重ねてきました。
両親に頼み込み、厳しい淑女教育に加えて、魔法学の家庭教師を家に招いて魔法を磨きました。
……少しでも彼に届くように。
お陰で王立魔法学園に入る頃には、私たちの間の実力差は殆ど埋まっていました。
成績でも常に上位争いをする程……時には私が彼を抜いて首位に立つ事だってありました。
……それが良くなかったのでしょう。
「お前は女で、俺は男だ。未来の夫の顔を立てられないような女は我が家にはいらない。……ましてや、才能がある訳でもないのに俺と張り合おうなんて、烏滸がましいにも程がある」
「そ、そんな……っ、私はただ、少しでも貴方に相応しい人間になろうと――」
「――ハッ、何を都合の良い事を! ……おい、被害者面するのも大概にしろよ。お前がして来たのは俺を愚弄する為の嫌がらせでしかない」
「そんなこと!」
溢れそうになる涙を必死に堪え、訴えようとしました。
けれど私の言葉は嘲笑混じりの声によって遮られます。
「女なんて愛嬌と子を産む身体だけあればいいものを。無駄に泥臭く足掻いてまで、俺を見下そうなど。そこまでしなければ結果も伴わない無能であるということも――女のお前にとって時間の無駄でしかない事も変わりはしないのにな」
どこまでも愚かで浅ましく、卑しい女だなどと、彼は吐き捨てました。
それから彼は「お前がどれだけ拒絶しようと、こちらの気は変わらない」と続けました。
ここまで明らかな拒絶をされてまで、彼の隣にいようと思える程、私の心は強くありませんでした。
何も言えなくなり、俯いた私をおいて、彼はその場を去って行きました。
一人取り残された私は暫くぼんやりとする事しかできませんでしたが、やがて彼と過ごした記憶の想起と共にはらはらと涙が零れ落ち――私はその場に蹲り、声を押し殺して泣くのでした。
それから一週間。
私は学園を休み、部屋に引き籠るようになりました。
婚約破棄の件はやはり本気だったようで、ハッチンズ家からの報せに家族は皆憤っていました。
私は婚約破棄で構わないとだけ伝え、それ以外は何かを話す気にもなれなくて、家族と顔を合わせる事すら避けるようになりました。
家族に気遣われてしまえば涙が止まらなくなり、余計に心配をかけてしまいそうでしたし、何より幼い頃から両親が用意してくれていた婚約が台無しになってしまった罪悪感がありましたから。
しかしある日の事。
私の部屋に兄セドリックが訪れました。
「なぁ、気晴らしに庭でも散歩してきたらどうだ?」
兄は隠し事が下手な性格でした。
ですから、こういった突飛な提案をする時というのは、彼が何かを企んでいる時です。
しかしそれもきっと、悲しむ私への気遣いによるものだという事はわかりましたから、兄が目を泳がせている事には気付かないふりをし、私は部屋の外へ出る事にしました。
この日は心地良い日差しの下を穏やかな風が流れる日でした。お陰で庭園を歩くだけでも随分と気持ちが楽になるような気がします。
そうして暫く外で時間を過ごしていると、遠くから声がしました。
「頼むぞ。リオノーラの奴、すごく気落ちしてて、見てられねーんだよ」
兄の声です。
彼は隠し事が出来ない上に声が大きいのです。
恐らく私が聞いてはいけない話だと思うのですが、彼の声はしっかりと耳に届いていました。
兄が剣術による功績を持っていてよかったと心から思います。
彼は魔法がからっきしでしたし、剣術も駄目となれば後は知力で結果を出すしかありません。
しかし知を以て政界で生き残ろうとすれば、どうしたって腹の探り合いが必要ですから、彼の様に嘘が吐けず声が大きいような者が権威を振るうのは難しかったでしょう。
それはそれとして、やはり兄は私を気に掛けてくれているようです。
それが嬉しくもあり、申し訳なくもありました。
「そうは言ってもなぁ。俺なんかでどうにかなるものか」
兄の声が近づく中、別の男性の声が聞こえます。
「大丈夫だって。ほら、アイツは小さい頃からお前に懐いていただろ」
「昔の事だろ。最近は昔ほど頻繁にも会ってはいないし……あ」
やがて私の元へ、兄ともう一人の声の主がやって来ます。
「……あ、やべ」
「おい」
兄は気付いた事でしょう。
自分の声量と私の居場所から、会話の内容が丸聞こえだったことに。
バツが悪そうに顔を顰める兄の頭を、もう一人の男性が叩きました。
それから彼は咳払いを一つして、私へ向き直ります。
「久しぶりだね、リオノーラ」
「……ヴァージル、様」
ヴァージル・ベレスフォード様。
ベレスフォード公爵家の嫡男であり、兄の幼馴染でもあります。
二人は幼い頃から剣術学校を卒業した今に至るまで深い関係を築いており、その関係でヴァージル様が我が家を訪れる事も多々ありました。
幼少の頃には既に顔を覚えていて、まるで物語に出て来る王子様のような美しい顔立ちと品のある振る舞い、そして友人の妹として向ける優しさを持つ彼に私は良く懐いていました。
私に婚約者が出来てからは、顔を合わせても互いに気を遣ってあまり深く関わるような事はしてきていませんでしたが……それでも会う度に親切にしてくださる、素敵な殿方です。
どうやら兄は、ヴァージル様に懐いていた昔の私を思い出して、私を慰める要員として彼を呼び出したのでしょう。
「すまない。セドリックも、わざとではないんだ。君を思っての事で」
「……ええ、わかっております」
すっかりしおらしくなってしまった兄を見て苦く笑いながら私は答えます。
「話は聞いたよ、リオノーラ」
ここで言う話というのは、勿論婚約破棄の話でしょう。
当時の事を思い出した私が身をかたくすると、ヴァージル様が安心させるように柔く笑みました。
「もし君が良ければ、少し歩いて話そうか」
こういう時に自分は場違いだし、失言しそうだから……などと、妙な気の遣い方をした兄は何故か私とヴァージル様を見送りました。
「リオノーラ」
暫く庭園を散歩し、今が季節の花々を眺めて談笑した後に、ヴァージル様が私を呼びます。
「君は間違っていないよ」
甘い香りを運ぶ風が私たちの間をすり抜けていきます。
驚いてヴァージル様を見れば、彼が風に乱れた私の横髪を優しく掬い上げました。
「努力が無駄だとか……まして、悪だとか。そんな事は絶対にありえない」
堪えなければ。
そう思うのに目頭は熱くなり、目は酷く潤んでしまう。
「小さい頃から君が努力家なのは知っているよ。セドリックから聞いていたし……俺自身も、遠目から何度も君を見ていたから。時間も身も削って、人一倍努力してきた事は、俺も……セドリックやご両親だってよくわかっているはずだ。君を責めるような奴なんて、ここにはいないよ」
兄から聞いた事があります。
ヴァージル様は剣術学校時代、不慮の事故で大怪我をして思うように剣を振るえなくなった時期がありました。
その時期の、怪我が治り切っていない頃の彼を私も何度か見かけた事があり、当時は何と痛々しい事かと胸を痛めたものです。
そんな彼は医師には二度と同じように動く事は出来ないと診断されていましたが、それでも諦めなかった。
それを胆力と努力で乗り越え、結果として怪我をする以前よりも高い評価を得る事になったと。
ヴァージル様こそ努力を知る者である事を私は知っていました。
だからこそ――彼の言葉が、傷ついた心の奥深くまで染み込んだのです。
「君は正しい。――胸を張っていいんだ」
大粒の涙が溢れ出し、頬を濡らしました。
止まらなくなった涙を隠そうと手で顔を覆えば、それを下ろすよう促すように、ヴァージル様が私の手に触れます。
「よく頑張ったね、リオノーラ」
片手で私の手を包み、もう片方で頬を優しく撫でながら、そう囁いてくれました。
「この先の事だけれど」
私の涙が落ち着いた頃。
ヴァージル様がそう話を切り出します。
「ありがとうございます、ヴァージル様。お陰で気持ちに整理がつきました」
しかし随分気持ちが軽くなった私は、その言葉を遮りました。
彼は酷く傷ついた私を励ます為にこれから学園や社交界――ダーレンと顔を合わせるような場でどう過ごすべきかを一緒に考えてくれようとしたのだと思います。
「ですから、この先で私がすべき事も、きちんと考えられるようになりました」
けれど、それは本来私がすべき事。
私が乗り越えるべき壁です。
「長年の婚約の破棄という一方的な主張……これは我がサンドフォード侯爵家への侮辱でもあります。泣き寝入りする訳にはいきません。ですから」
先程まで息をする事さえ苦しさを覚えていたというのに、今は驚く程体が軽い。
言葉も驚く程滑らかに、はっきりと出ました。
「赤っ恥を掻かせてみせます。彼が嗤った――私の努力で」
私は天才ではありません。努力する天才にはきっと勝てないでしょう。
けれど――ダーレンは違います。
彼は努力を見下す天才です。
そして努力をしない天才にならば、努力する凡人が勝てる事は――すでに身をもって知っている。
「残念ながら現状の成績は彼と同程度ですが……ならばより努力するまで、です。卒業の頃までにはきっと――彼を圧倒してみせます」
ヴァージル様は驚いたように目を見開き、瞬きを数度繰り返します。
それからぷっと吹き出し、腹を抱えて笑い出しました。
何故笑われたのか、と目を丸くしていると、彼は目尻に溜まった涙を指で掬いながらこう言います。
「……そういう事では、なかったんだけどなぁ」
「え?」
「いいや、こちらの話だよ。今は変な事を言って君を困らせるべきではない」
兄ならまだしも、ヴァージル様がトンチキなことを口走るとは思えないのですが。
そう首を傾げていると、ヴァージル様が私の肩を軽く叩きました。
「応援しているよ」
「……はい、ありがとうございます」
ヴァージル様からの激励がとても嬉しい。
私は笑顔でそう頷いたのでした。
***
それからの事。
私は今以上に持てる時間を魔法への勉強へ費やしました。
これまではダーレンの傍に立つに相応しい者として淑女教育で培った品格をより磨くような時間もあったけれど、その点は社交界に於いて既に他の女性よりも称賛される立場にあった為、その時間も全て勉学へ注力しました。
意外な事に、結果はすぐについて回ったのです。
私が努力した事――それと、ダーレンがすぐにルシンダ・レミントンという伯爵令嬢と婚約した事が理由でした。
愛らしい容姿に甘え上手なルシンダ様。
彼女の成績はお世辞にも良いとは言えませんが、その無知さがダーレンの優越感と庇護欲を擽ったのでしょう。
彼女はまさしく、彼が望んだ『男を立てる女性』でした。
結果、ダーレンは勉学をより疎かにし、ルシンダとの愛を育む事に必死になります。
そして彼が気付いた時には――私たちの差は既に埋まらない所まで来ていたのです。
そして迎えた卒業パーティー。
このパーティーは学園生活の最後を彩る為に皆がダンスや会話に興じ、ねぎらう為の場であり――また、学園の優秀者を称える場も用意されています。
そしてパーティーが最も盛り上がった頃。
『それではこれより、各部門の優秀者の表彰を行います』
そのような声と共に、生徒の名が呼ばれていきます。
生徒会に所属し、学園改革に大きく貢献した者。
地位の垣根を越えて多くの生徒に手を差し伸べた者。
学園生活の中で特に活躍が目立った生徒達が次々と呼ばれては、その名誉を称えられます。
そしてその最後に呼ばれたのは――
『それでは最後に、本校の首席卒業者――リオノーラ・サンドフォード』
「はい」
名を呼ばれた私は堂々と歩みを進めます。
そして壇上に上り、理事長からの称賛の言葉と生徒からの拍手が送られた――その時。
「こんなのは出鱈目だ!!」
その称賛のムードを掻き消すような声が上がります。
一瞬にして静まり返る会場。その真ん中で、ダーレンは顔を顰めて私を睨んでいました。
「理事長! 彼女には不正の疑いが掛けられています!」
ダーレンは続けます。
「彼女の成績の、異様な伸び方は講師の皆様もご存じでしょう! 彼女はずっと、俺の真似をして来た……何故なら自身が優秀ではないと自覚していたから! 彼女が成績を伸ばしていってから、俺はすぐに彼女が怪しいと考え、独自に調査を行いました! そして、彼女のカンニングに関する目撃証言を集めました」
そんな言葉と共に、数名の生徒、そしてルシンダ様が前に出ます。
皆、ダーレンと親しい者達ばかりです。
彼女たちは口々に偽りの証言を並べます。
ダーレンがこのような暴挙に出たのはきっと、私を引きずり下ろしたかったからというだけではないでしょう。
彼は私が成績首位を独占する事など出来ないと、本気で考えていたのだと思います。
だから自分達が用意した証言が偽りであっても、きっと私が不正を働いている事実があるに違いないと……であるならばあれこれと突けばきっとボロを出すはずだ……と。
私はそんな彼の醜さを見て長い溜息を吐きました。
「……残念ながら、私は不正は働いておりません」
「嘘を吐くな! でなければこんなあからさまな結果が――」
「寧ろ、不正の対策を進言させて頂きました」
「……ハァ?」
動揺するダーレン達。
彼らをよそに、会場の脇へ控えていた学年主任の講師が前へ出ます。
「サンドフォード嬢の話は正しい。彼女はこの学園生活で底上げした魔力探知の感覚によって、試験中に魔法が用いられる気配に気付き、告発した。そこで我が校は導入を渋っていた最新型の魔導具――録画機能を持つ小型魔導具を試験的に設置していた。結果分かったのは――」
「……貴方達が周囲の者の解答を盗み見たり、魔法を用いた実技試験での妨害行為など、極めて悪質かつ看過できない行いであったわけです」
更に口を開いたのは理事長でした。
ダーレン達の顔が青くなります。
他の者の不正ならば、ここまでせずとも告発だけで見抜けるものもあったでしょう。
けれどダーレンは魔法に於いては間違いなく天才です。これらの不正も――彼が手を加えるだけで極めて陰湿で、感知しづらいものになってしまう。
だからこそ私は先に手を打ちました。
彼の完全な弱みを握るために。
開く差に焦って不正を働いても尚敗北を目の当たりにした彼が、私を見下してきた彼が――次に何をしてくるかは、よくわかっていましたから。
「証拠集めに手間取ってしまった事もあり、問い詰めるのはこのめでたい催しが終わった後に……と教員たちで話していたのですが。こうなれば仕方ありませんね。貴方達には今すぐに離席していただき、別室で事情聴取、そして然るべき罰を受けて頂く事としましょう。……まぁ、卒業の取り消しと除籍が妥当かとは思いますがね」
「な、なんだと……っ!」
「そんな!」
ダーレンが怒鳴り、ルシンダ様が泣き叫びます。
そんな彼らを一部の講師が魔法で拘束し、会場の外へと連れ出していきます。
「クソッ、離せ! 何の為にこれまで学んできたと……ッ!!」
抵抗するダーレンとふと目が合います。
醜く顔を歪ませる彼を見ながら、私はやれやれと肩を竦めました。
「生憎私の不正は見つからなかったようですね。当然の話ではありますが。だって私がした事と言えば、努力だけですから。……ええ」
私は離れていくダーレンへ目一杯の嘲笑を浴びせます。
見下した相手に嗤われる事。
それが彼にとって一番堪えがたいことであると私は知っていました。
「――貴方が笑った努力でね?」
「リ……ッ、リオノーラァァァァッ!!」
品性の欠片もない、獣のような叫び。
それが会場中へ響き渡るのでした。
その後は友人達と談笑したり、美味しい軽食を楽しんだりと卒業パーティーを楽しみます。
そんな卒業パーティーもお開きとなり、ロータリーで自分の家の馬車を探しますが……何故か見当たりません。
不思議に思って辺りを見回していると、少し離れた場所に停まる馬車から、私の方へと歩み寄る影がありました。
「……ヴァージル様」
月明かりに輝く青い髪に金色の瞳。
まるで美しい夜空を体現したかのような姿の男性――ヴァージル様の姿に私は思わず見惚れてしまいます。
「卒業おめでとう、リオノーラ」
そう言って彼は手を差し出しました。
そこで私は気が付きます。
これはきっと兄が根回しした事でしょう。
彼にエスコートされて来いという兄の謎の気配りを感じました。
「ありがとうございます、ヴァージル様」
「送っていこう」
案の定、私はヴァージル様の馬車へと乗ることになりました。
丁寧なエスコートで馬車へ乗り込み、互いに向き合う形で座ります。
やがてゆっくりと馬車が動き出したのを感じながら私は口を開きました。
「……申し訳ありません」
「ん、一体何が?」
「兄から頼まれたのでしょう?」
「ああ」
ヴァージル様は理解した様に頷きます。
「確かにそうだけれど……セドリックからの頼みが無くても俺が申し出ていたよ」
「え? 一体何故……」
私が目を瞬かせていると、ヴァージル様は予想通りだとでもいうようにくすくすと笑いました。
「……俺が剣を握れなくなった頃の事は覚えている?」
「勿論」
「あの時は本当に絶望だった。幼い頃から培ってきたものが全て、崩れ落ちたようなものだったからな。当時の俺の塞ぎ込みようには、セドリックも参っていたよ」
当時、お見かけしたヴァージル様の事を私は思い出します。
確かにあの頃の彼に今の様な明るさの面影はなく、いつも虚ろな目と暗い表情をしていた気がします。
「その時にさ……」
当時の事を思い出しているのか、ヴァージル様が頬を緩めました。
「『きっと大丈夫です。ご自身でそう思えないのならば私が何度でも言いますし、願い続けます。だから――』」
その言葉を聞いた私の中でふと、思い出される記憶がありました。
私はその言葉を知っています。
悲しいのは相手のはずなのだからと涙も震える声も必死に堪え、両手を握って強く願い――同じ言葉を口にした。
そんな過去が、確かにある。
「「――『どうか、諦めないで』」」
気が付けば、ヴァージル様の頬が僅かに赤らんでいます。
まるで宝物でも見るかのような慈しみに満ちた眼差しが、私だけを見ていました。
「俺が立ち直れたのは、その言葉のお陰なんだ。それからずっと……」
鼓動が激しくなり続けます。
「――俺はその子の事が好き」
顔が信じられない程に熱い。
暫くの間、馬車の中に静寂が訪れました。
私達はただじっと、互いを見つめ合います。
「……リオノーラ」
「は、はい」
それからヴァージル様はゆっくりと席を立ち、私の隣へ座りました。
そして……私の手を掬い上げます。
「君の事が好きだ。どうか俺と――婚約してくれないか」
「……っ」
彼の言葉や、私に触れる手が酷く優しい。
彼と過ごす時間はきっと、こんな優しさに包まれ続けるのだろう。
……そんな幸せがあっていいのだろうか。
そんな思いで溢れ、私は思わず涙を流しました。
その涙すら、ヴァージル様が優しく拭ってくれるから、余計に涙が止まらなくなるのです。
優しすぎて、幸せで、満たされていて。
いくつも雫を溢しながら、私は不格好に、けれど満面の笑みを浮かべました。
「――喜んで」
それから私達はゆっくりと顔を寄せ、唇を重ね合わせます。
永遠に続く愛と幸せを誓い、分かち合うかのように。
――初めての口づけは、とても甘くて、少しだけ塩っぽい味がしたのでした。
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし楽しんでいただけた場合には是非とも
リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!
また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!
それでは、またご縁がありましたらどこかで!




