表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

第六章 運命は血の顔をして微笑む

掴んだ瞬間、セイの身体が小さく震えた。

その反応だけで、喉の奥がきつく締めつけられる。

離せ!今すぐ突き放せ!

頭では何度も命じているのに、指は絡め取るように力を増していく。

セイが近すぎる。

手首から立ち上る血の匂いと、微かに触れる体温。それらが混ざり合い、理性を覆っていく。


━━駄目だ。

この一歩を越えれば、私はまた呪いの痛みに沈む。血は毒となり、理性は焼かれる。

それを、何百年も繰り返してきたはずだった。


それなのに……。


この温度を失いたくないという感情が、血への渇きと区別できなくなった瞬間、最後の均衡が静かに崩れた。


唇が手首に触れ、息がかかる。

セイが小さく息を呑むのが分かった。


「あっ」


青年の震える驚きの声が辺りに小さく響いた。その直後、牙が皮膚を貫き、温かい血が私の口内に流れ込む。

血を吸った瞬間、胸の奥で固まっていた氷がひとひら、溶け落ちたような感覚があった。

そして何より、血が喉を伝うたび、身体の奥で確かに力が戻ってくるのが分かった。

息がしやすい。


━━生きられる。


その事実が、ひどく恐ろしかった。


楽になっているのに、胸の奥が冷えるのが分かる。この感覚は初めてだ。今までは血を飲めば必ず痛みが伴い、代償として理性を削られてきたはずだ。

それなのに今は、何も失っていない。

代わりに、満たされてしまっているのだ。

もしこの救いが、セイだからこそ与えられているのだとしたら?

私はもう、この温度なしでは生きられなくなる。

そう理解した瞬間、救われたはずの心が、ゆっくりと恐怖に染まっていった。


血の温度だけじゃない……。

抱き寄せた腕越しに伝わる、微かな鼓動と、確かな体温。それが血と同じ速さで、私の内側に流れ込んでくる。


おかしい。

私は血を欲しているはずなのに、今はそれだけじゃ足りないのだ。

セイと離れたくない。セイを逃がしたくない。

この温もりごと、抱き潰してしまいたい衝動が胸を満たす。


これは渇きじゃない。

もっと厄介で、もっと甘い━━、血と同じ顔をした感情だ。


その感情が、私の内側で静かに根を張っていくのを感じていた。

拒むべきだと分かっているのに、身体はそれを危険だとも、異常だとも告げてこない。

むしろ、長いあいだ失われていた何かが、正しい場所に戻っていくような錯覚すらあった。


だからこそ、恐ろしくて……。

だからこそ、目を背けたくなった。


(やはり……苦しく、ない……)


いつもなら、血を飲んだ瞬間に襲ってくる地獄のような苦痛がない。身体の芯がじわりと温まり、弱っていた力が少しずつ満ちていく。

こんなことは一度もなかった。何百年ものあいだ、ずっと。


(血を吸うと苦痛しか感じなかったのになぜだ?)


私は思わず青年の腕を抱きしめていた。これがどれほどの救いか、自分でも理解が追いつかないほどだった。


「だ、大丈夫……?」


吸血鬼に襲われていると言うのに、青年は怯えずただ私の事を心配していた。それが余計に胸を締め付けた。


「どうして……お前の血だけ」


その言葉を発した瞬間、胸の奥で何かが軋んだ。

思い出せないはずの記憶が、形になる寸前で霧散していく感覚。

答えを知りたいのではない。知ってしまうのが、ひどく恐ろしかった。


「え?」


青年が首を傾げる。その仕草が、不意に胸を締めつけた。

理由は分からない。

ただ、その反応が━━懐かしい気がする。

初めて会ったはずなのに、そう断言するには確信が強すぎた。


「いや、なんでもない。それよりも、何故、私が吸血鬼だと分かった今でも逃げない?」


問いは理性的な形を取っていたが、内側では別の声が囁いていた。

もし逃げない理由があるのなら、それを聞いてはいけない。

それを知れば、この均衡は完全に崩れてしまう。

それでも視線は、無意識に青年の表情を追っていた。

まるで、答え次第で失われるものがあると知っているかのように。

青年は少し困ったように笑って答えた。


「理由なんて、わからないよ。ただ何故か、怖くないからかな?それよりもよかった。あなたが楽になったなら」


そう言って青年は嬉しそうに微笑んだ。馬鹿だなと思う、吸血鬼の心配などして。

だが、嬉しくもあった。私を心配してくれて。


「なんでだろう?僕はあなたを助けたいって強く思うんだ。変だよね?知り合ったばかりなのにさ」


助けたい━━その言葉は、私とは無縁だった。私を見てそう言う人間など、この世にはいないと思っていた。


(私を助けたいか?なぜだろう、私も何かやはりセイになにか感じているものがある)


私はまだ知らなかった。


セイが私の唯一の救いであると同時に、彼自身が私の忘れ去った過去そのものだということを。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


本作は「救い」と「呪い」が表裏一体である関係を描いた、ダーク寄りのBL作品です。

吸血鬼であるラグナにとって、セイは安らぎであり、同時に抗えない因果そのものでもあります。

この先、二人の関係は甘さだけでは進めません。

それでもなお惹かれ合ってしまう理由と、忘れ去られた過去が、少しずつ明らかになっていきます。

続きも見届けていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ