第十一章 救えない呪いと、手放せない光
「だがまさか……呪いの解毒になる灯の血の持ち主が、ひっそりと生きていたとはな」
その言葉に、私の心臓が強く跳ねた。
灯の血——その名を、ランバードの口から聞きたくなかった。
セイの秘密をこんな形で暴かれることが、ひどく腹立たしい。
同時に、恐怖も湧き上がる。
ランバードが灯の血に興味を持てば、セイは狙われる。
私以外の吸血鬼に、セイの価値を知られてはならなかった。
(まずい……)
だが、もう遅いのだろう。
ランバードの目は、既に獲物を見つけた獣のように輝いていた。
「灯の血って何なの?」
セイの声が、私の思考を引き戻した。
その声は震えていたが、逃げようとはしていなかった。
むしろ、真実を知ろうとする強さが滲んでいた。
セイは、いつもそうだ。
怯えながらも、私から離れようとしない。
その献身が、愛おしくて、同時に苦しかった。
(教えたくない)
お前が特別な存在だと知れば、お前は自分を道具のように思うかもしれない。
私がお前を求める理由を、疑うかもしれない。
それが、何より恐ろしかった。
だが、ランバードは容赦なく口を開いた。
「灯の血とは、簡単に言えば救うために生まれた血だ。灯の血は、他者の苦しみに強く共鳴し、緩和させる効果がある。ただし、呪いを完全には打ち消すことは出来ない」
その言葉にセイの身体が、わずかに強ばるのを感じた。
背中越しに伝わる、その小さな変化。
彼は、理解し始めているのだろう……。自分が何者なのかを。
「だから……僕の血だけが、ラグナには平気なの?」
「ああ。お前の血は私の、呪いの唯一の緩和剤だ」
その事実を言葉にした瞬間、胸の奥が締めつけられた。
言ってしまった。
セイが特別な存在だと、認めてしまった。
彼の血が、私を救う唯一のものだと言ってしまったのだ。
その言葉が、どれほど重いか。
セイは今、どう感じているのだろう?
必要とされて、嬉しいと思っているのか。
それとも——。
利用されていると、感じているのか。
背中越しには、セイの表情が見えない。
それが、余計に不安を掻き立てた。
「じゃあラグナは、僕が必要だから優しかったの?」
その問いが、胸に突き刺さった。
言葉が、喉で詰まる。
違う!と言いたかった。
お前が灯の血を持つからではない。
お前だから、お前でなければならないから——。
そう叫びたかった。
だが、言葉にすることができなかった。
なぜなら私自身がまだ、その感情を受け入れきれていなかったから。
セイへの執着が、愛なのか、依存なのか。
必要としているのか、欲しているのか。
その境界が曖昧で、自分の感情が酷く恐ろしかった。
沈黙が、重く横たわる。
セイは、私の答えを待っている。
だが、私は何も言えなかった。
私達のやり取りに、ランバードがつまらなそうにため息をついた。
「答えられないか。まあ、そうだろうな」
ランバードの声は、嘲笑を含んでいた。
「お前自身、まだ理解していないのだろう。その人間が、お前にとって何なのか」
その言葉は、図星だった。
私は、まだ分かっていない。
セイが、私にとってどれほど大きな存在になっているのか。
きっと認めてしまえば、失ったときの痛みに耐えられない。
だから、目を背けているのかもしれない。
その臆病さを、ランバードは見抜いていた。
「その人間は、お前の症状を緩和できるが、救う事は出来ない。このままお前は呪いに蝕まれ、そしていずれ死ぬ」
ランバードの言葉が、冷酷に響く。
それは真実だった。
セイの血を飲んでも、呪いが消えるわけではない。
痛みが和らぐだけで、根本的な解決にはならない。
いずれ、私は——。
(死ぬのか)
その未来が、初めて現実味を帯びた。
以前なら、死を受け入れていただろう。
自分の終わりを、むしろ望んでいたのだから。
だが、今は違うのだ。
セイがいる。
彼の温もりを知ってしまった。
彼の笑顔を見てしまった。
彼の血の、あの優しい温度を感じてしまった。
生きたい!セイと、一緒に。
その願いが、胸の奥で静かに燃え始めていた。
ランバードの言葉を聞いて、セイの身体が震えるのを感じた。
泣いているのか。それとも、恐怖に震えているのか。
どちらにせよ、その震えが、私の決意を固めた。
(守る、セイを。何があってもお前だけは守る)
誰が邪魔しようとも。セイだけは、絶対に守る。
その覚悟が、呪いの鎖を、わずかに軋ませた気がした。
「私は、死んだりしない」
その言葉は、セイへの誓いであり、同時に自分自身への宣言だった。
もう、生きることを諦めない。
——セイと共に生きるために。
ランバードが激しい殺気を放った。空気が、一気に重くなる。
ランバードの纏う闇が、濃度を増していく。
本気だ。彼は、セイを奪うつもりだ。
そして、私を——殺すつもりだ。
(来い)
呪いで弱った身体でも、構わない。セイを守るためなら、私は——。
喉の奥で低い唸りが漏れ、牙が、完全に伸びきる。
身体中の血が、戦いを求めて沸騰していた。
「──ラグナ。その人間を渡せ。その人間は危険すぎる」
「嫌だと言ったら?」
「殺す!」
その宣言に、迷いはなかった。
ランバードは本気で、私を殺しに来る。そして、セイを奪いに来ている。
何故セイを奪いたいのかは分からない。欲しているのか、殺すのか。
どちらにせよ、それだけは——絶対に、許さない。
私は、セイの肩を強く抱いた。
「セイ、絶対に離れるな」
囁くように告げた、その言葉。
離れないでくれ。一人にしないでくれ。
お前がいなければ、私は——。
私の懇願が伝わったのか、セイが小さく頷くのを感じた。
セイが私を受け入れてくれている。その反応だけで、力が湧いてくる。
不思議だった。
血を飲んでいないのに、身体が軽くなる。呪いの痛みが、遠のいていく。
セイの存在そのものが、私の力になっていた。
次の瞬間、ランバードが飛んだ。答えるように私は咆哮とともにランバードに飛びかかった。
「セイには指一本触れさせん!」
ここまで読んでくださりありがとうございます!
今回はセイの秘密がついに明かされる回でした。
なぜ優しくしてくれたの?という問いに何も答えられないラグナ……不器用すぎるのですが、でもその分、守る覚悟だけは誰より本物です。
次回はいよいよ戦闘ですが、得意ではないのでさらっと行ってしまうかもしれません。




