第一章 血を飲むたび、私は壊れていく
※ダークファンタジー要素・吸血表現があります。
※心理描写と関係性を重視した、ゆっくり進む物語です。
苦しみを抱えた吸血鬼が、夜の中で出会う“灯”の物語をお楽しみください。
夜ごと、同じことを繰り返している。
血を求め、血を飲み、そして苦しむ。
それが、私の生だった。
生きるために、血を奪わなければならない。
だが血を喉へ流し込むたび、胸の奥に焼けた鉄を突き立てられるような痛みが走る。肺が悲鳴を上げ、心臓は砕ける寸前まで締めつけられる。
何度繰り返しても、慣れることはない。
私は吸血鬼だ。
それも、呪われた吸血鬼。
血を糧にしながら、血に殺されかける存在。
生きるための行為が、同時に私を壊していく。
(……これで終わっても、誰も困らない)
夜の路地で。
あるいは、森の奥で。
私は何度も膝をついた。
血を飲み終えた直後、力が抜け、視界が暗くなり、そのまま地面に崩れ落ちる。そのたび、同じ考えが浮かぶ。
人間は私を恐れ、逃げる。
同族である吸血鬼でさえ、私を忌み嫌った。
「呪われ者」
「血も扱えない失敗作」
そう言われることにも、もう慣れていた。
かつて私は、人間を助けようとしたことがある。
血を吸わずに済むよう、怪我を治そうと手を伸ばした。
返ってきたのは、怯えた悲鳴と、石のような拒絶だった。
――化け物。
その言葉を最後に、私は人に近づくのをやめた。
夜を彷徨い、最低限の血だけを奪い、痛みに耐え、朝を迎える。
意味のない延命。終わりを先延ばしにするだけの時間。
夜が明けるたび、私は思っていた。
(次の夜が、来なくてもいい)
それでも、完全に終わりを選ぶ勇気はなかった。
ただ、いつ終わってもいいと思いながら、夜を渡っていただけだ。
夜は、私にとって唯一の居場所だ。
太陽の下では皮膚が焼け、骨がきしむ。
だが闇の中にいるかぎり、私は世界のどこにも属さない影でいられる。
それでも私は、生きてしまっていた。
血を飲まなければ、確実に死ぬ。
だが飲めば、激痛にのたうち回りながら、また次の夜まで生き延びる。
その選択を、私は何百回と繰り返してきた。
「もういい」と思いながら。
「これで最後だ」と思いながら。
それでも、喉の渇きに抗えず、血に手を伸ばす。
そのたび、そんな自分自身がひどく醜く思えた。
死にたいわけじゃない。
ただ、終わってほしいだけだ。
夜明け前、私はいつも同じ場所で立ち止まる。
建物の影、あるいは木々の根元。
朝の気配が近づくと、背中に冷たい汗が浮かび、無意識に身を縮めていた。
太陽が昇るまで、あと少し。
それまで、この身体がもってくれればいい。
石畳に触れた指先は、夜露で冷たく濡れている。
その感触だけが、今の私に「生きている」と教えてくれた。
馬鹿げている、と自分でも思う。
生きる理由もないのに、生きている証拠だけを確かめているのだから。
━━もしも。
ほんの一瞬だけ、そんな考えがよぎる。
もしも、誰かが。
この闇の中で、私に声をかけたなら。
すぐに、その思考を振り払った。
そんなことが起こるはずがない。起こっていいはずもない。
私は、吸血鬼だ。
呪われた存在で、人に近づいてはいけない影だ。
そう言い聞かせるように、私は夜に身を沈める。
夜は静かだった。
風の音も、遠くの獣の気配もない、ひどく均一な闇。
私はいつものように、朝をやり過ごすための場所を探していた。
どこでもいい。ただ、光さえ届かなければ。
そのとき――、わずかな違和感が、背中を撫でた。
音はない。
匂いもない。
それなのに、胸の奥がざわついた。
(……気のせいだ)
そう思おうとした。
何度も、何度も、夜の中で同じ錯覚を経験してきたからだ。
だが、足が止まった。
喉の渇きとも、痛みとも違う。
もっと、奇妙な感覚。
まるで、
この闇の中で、私を見ている“何か”がいるような。
自嘲が浮かぶ。
孤独に慣れすぎたせいで、幻覚でも見始めたのだろう。
私は吸血鬼だ。
呪われた存在で、誰かに見つけられる理由などない。
そう言い聞かせ、一歩、踏み出す。
それでも。
背後の闇が、わずかに濃くなった気がした。
振り返る勇気は、なかった。
こんな命など、いずれ尽きるのが必然だ。
いつ終わってもいい。
そう、本気で思っていた。
━━あの夜までは。




