第8話:別れの夜
雪はしんしんと降り続き、校庭はすっかり白く染まっていた。放課後のピアノ室には、冷たく静かな空気が漂う。窓の外の光は淡く、鍵盤に映る自分の指先の影さえも凍りつきそうだった。
僕は椅子に座り、右手を白鍵に置く。左手で低音を押すたび、微かな残響が部屋の空気を震わせる。指先に伝わる冷たさが、胸の奥まで刺さる。
ミナはいつも通り、ノートを抱えて座っている。だが、いつもより小さく、少し震える肩に、僕の胸は締め付けられた。
「今日は…最後かもしれないね」
言葉にすると、声はかすれ、胸の奥で何かが崩れる音がした。ミナは目を閉じ、指でノートに文字を書いた。
> 「でも、音は永遠に」
その文字を見た瞬間、目頭が熱くなり、息が止まるような感覚に襲われた。
僕は手を差し伸べ、指先で彼女の手を握り返す。冷たい指先に伝わる微かな温もりが、残響と重なって胸を締めつける。
ピアノに向かい、曲を弾く。右手でトリルを刻み、左手で低音をそっと押す。ペダルを踏むたび、残響が部屋に柔らかく広がり、鼓動のように胸に届く。
ミナも隣で静かに鍵盤に触れ、指先の震えが僕に伝わる。
音はゆっくりと形になり、笑いも、温もりも、悲しみも、すべてが一つの旋律となって空気に溶けていく。
外の雪は静かに窓を叩き、微かな音が曲の余韻を引き立てる。
僕は息を整え、胸の奥で強く思う。
――この曲に、すべての想いを託そう、と。
時間は止まらない。曲の終わりが近づくたび、胸が締め付けられる。
ミナの目が少し潤み、唇が震える。僕は手を強く握り返し、指先の温もりを感じながら、旋律に心を込める。
最後の一音が消える瞬間、部屋に静寂が訪れた。
音の残響だけが、二人の胸の中で微かに震えている。
彼女は微笑み、手を僕の手に重ねたまま、ゆっくりと目を閉じる。
胸の奥で何かが崩れ落ち、涙が止まらなかった。
この静かな夜、雪の舞うピアノ室に、二人だけの世界が永遠の旋律として刻まれた。




