第11話:再会の幻影
コンサートホールの空気は、ひんやりと静まり返っていた。観客の息遣い、椅子が軋む音、遠くの風がガラスに当たるかすかな音――すべてが、ステージに立つ僕の鼓動と重なる。
鍵盤に指を置くと、冷たさと同時に、あの温もりが蘇る。
雪の舞う放課後のピアノ室、手をつなぎ、笑いながら曲を作った日々――
鼓動に合わせて、あの旋律が指先を駆け巡る。
右手でトリルを刻む。左手で低音を支え、ペダルで残響を残す。音が空間に広がるたび、胸の奥に小さな光が差し込むような感覚があった。
目を閉じると、隣に誰かが座っているような錯覚にとらわれる。
――ミナ。
彼女の笑顔、目の輝き、指先の温もり。すべてが幻のように蘇り、涙が頬を伝った。
音符ひとつひとつに、彼女の存在を込める。残響のひとつひとつが、僕の心と彼女の心を結ぶ糸になる。
観客は静かに息をひそめ、僕の奏でる旋律に耳を傾けている。
しかし、僕の心の中で聞こえるのは、彼女の呼吸、微かな笑い声、雪を踏む足音――
すべてが、この曲に込められた愛の旋律だった。
終盤、右手が一音ずつ鍵盤をなぞるたび、胸の奥に温かさが広がる。
指先に伝わる残響は、まるで彼女が隣で手を握ってくれているかのようだ。
音が消える瞬間、ステージの光が揺れ、観客の心に静かな感動が広がる。
拍手が鳴り始める。大きく、波のように会場に広がるその音は、僕にとっても彼女にとっても旋律の一部だった。
僕は深呼吸をし、目を閉じる。
――ここに、君がいる。
涙がこぼれる。悲しみではなく、再会の喜びと、永遠に残る旋律の証。
手の温もりは幻でも、胸に刻まれた旋律は現実だ。
僕は心の中で、静かに微笑む。




