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復讐魔女は禁忌を犯す  作者: はまごん
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第七話 信徒

 ミラの頬に右手を添えると、温かい体温が直に伝わってくる。それに比べて——そう思いながら、私は自分の頬に左手をやった彼女と違って、この身体は氷のように冷たかった。


「フィオナ……もう、やめて……」

「やめるって、何を?」


 ミラが私に向けて声を絞り出す。だが、その言葉がもう私に届くことはない。もう、なにもできないのだ、この身体じゃ。目の前で息絶え絶えの相棒の傷を癒すことも、死んでユキたちの後を追うことだって。


 もう、全部どうでもいいんだ——全てを諦めてしまった私は冷笑し、ミラの首筋に手を滑らした。


 今の私にできる唯一のこと。彼女を楽に逝かせてやりたい。

 今から何をされるのか——彼女は気づいている様子であった。恐怖で身体を震わせて、その場から逃げ出そうと脚をばたつかせるが、もうそんな力は残っていないようだ。


 ミラの黒い瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。私の体液と、信徒と彼女の血液血が入りまじり、暗い赤色となった液体が地面に滴っていく。


 私はにこりと微笑み、両手で彼女の首に手をやった。

 窒息だと苦しいかな。触手を使って、一撃で殺さないと。


 私の掌から黒い“それ”が湧き上がり、みるみるうちに彼女の首筋を覆っていく。次第にそれは首輪のような形に変形した。私が指示を出した瞬間、それが勢いよく収縮して彼女の首を吹き飛ばす。そんな算段だ——。


 彼女の首から手を離した私は、静かにその額に口づけをして、呟いた。


「元気でね、ミラ……あの世に行けば、子供たちもヴィル爺も、笑顔であなたを迎えてくれるはずだから——。地獄にはいかないよ、あなたの罪は、私が全部背負うから」


 私は一歩後ろに下がり、彼女の首元に手をかざした。


「じゃあね」


 そして,彼女の首が吹き飛んで宙を舞う——はずだった。


 ぱちん。


 誰かが指を鳴らした。その直後、目の前にいたはずのミラの姿がどこかに掻き消える。それとほぼ同時に、何もない空間で首輪が収縮——目の前で勢いよく爆散した。


 私はそこで何が起きたのかをようやく理解し、辺りを見渡す。


「第五階級魔法——|《急速治癒》」


 声がする方向に、私は首を傾けた——そこいたのは、見知らぬ一人の少女。彼女は木陰の下にミラを横たえらせ、静かに魔法を詠唱した。すると、みるみるうちに全ての傷が治っていく。数秒が経つ頃には、彼女についていた顔の裂傷は、跡すら残すことなく完全に癒っていた。


 ありがとう——私はそう言おうとするが、声が出ない。まして、なんだこの感情は。


 燃えるような赤い瞳、漆黒の髪。青白くほとんど血の気がないような肌。ああ、私は彼女をどこかで見たことがあるような気がする。殺したい、今すぐに。


「やっと、見つけた——」


 彼女はそう静かに呟き、こちらに向かってゆっくりと歩き出した。


「事態収束。器——暫定個体名“フィオナ”が信徒を討伐。推定状況——衰弱状態、心神喪失、発狂、食人、快楽的殺人衝動——」


 彼女はこめかみに指を当て、そうぶつぶつと独り子を呟いていく。どうやら、誰かと通信を交わしているようだ。


「——こちらエリィ、標的を制圧可能」


 彼女——エリィはそう言って腕を下ろし、静かにこちらを見据える。


「——これより、回収作業に移行する」


 次の瞬間、依然として冷静なままゆっくりと歩みを進める彼女の両手が発光を始めた。そして、その手首を囲むように青白い魔法陣が展開される。


 一体、何を企んでいるんだ——そう、私が思考を始めようとした時にはもう、全てが終わりを迎えていた。


「——|《律命韶》」


 静かにそう呟く目の前の少女は、瞬くままに私の懐に入り込んでいた。

 低く姿勢を落とし、その右腕が私の腹部に勢いよく押し当てられる。


 “攻撃を受けた”——その事実を知覚するのとほぼ同時に、身体に一切力が入らなくなる。

 そのままゆっくりと地面が私に近づいていくその最中、目の前の光景が強く脳裏に焼き付いていった。


 血だらけのままこちらを見つめるミラ。

 私に喰われ、壊れてしまった男の身体。

 焼け落ちる孤児院。無惨に転がった白装束たちの死体。

 

 私は物心つく前から、ずっとこの場所で暮らしてきた。

 大切にしていた、これからも大切にしていきたかったもの——その全てが、あっけなく崩れ落ちた。私が壊してしまった。


 どさりという音と共に、地面に伏した私の瞼から涙が溢れ出していく。

 視界がぼやけ、だんだん意識が朦朧としていく。


 私がやったのは復讐じゃない。ただの憂さ晴らしだ。

 怒りと衝動に任せ、ただ自分と周りを壊しただけの、本物の“魔女”だ。


 もう、元に戻ることはできないんだ——そんな当たり前のことをようやく自覚し、独りその場で静かに呟く。


「————ごめんね」


 その直後、私の世界が、静かに暗転した。 

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