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復讐魔女は禁忌を犯す  作者: はまごん
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第六話 巨人

 凄まじい轟音(ごうおん)と共に、目の前の信徒が再び姿を変貌させていく。


 五メートル、十メートル、三十メートル——

 みるみるうちに、空を覆い尽くすような巨躯が目の前でみるみるうちに形成されていった。


 衝撃派で勢いよく吹き飛ばされてしまった私は、そのまま近くの木に身体を打ちつけてそのまま倒れ込んでしまう。


 上を見ると、そこにはもう、先ほどの信徒の姿はなかった。

 まさに、“巨人”だ——そこには、天を覆い尽くすほどに膨れ上がった、人型の何かがそびえ立っていた。


 皮膚は黒いインクのように艶めき、その表面には、血管を思わせる鼠色の線が無数に浮かび上がっていた。身体がわずかに動くたび、地面にどろどろとした黒い液体が滴り落ちて、地面を揺らす。 


 背中からは、依然として二枚の翼が生えていたが、それはどちらかというと、死んで肉を食われた後のよう。骨格だけが原型をとどめており、至る所に空洞があった。羽の一枚を数えることは出来そうにもない。骨格から生えた羽根はすぐに抜け落ちて、どろどろと(ただ)れ、翼から涎のように滴り落ちていった。


 頭は、先ほどとは違い人間らしい原型をかろうじて保っているが、本来顔があるべき場所はお椀のように(へこ)んでいた。その中では、まるで涙が流れるようにさらさらとした墨のような液体が止まることなく滲み出ており、それが凹みのフチ部分から流れ落ちていた。

 

 巨人は、しばらく静止したままあたりを見回していた。だが、突然こちらに向けて首を傾ける。奴に、目はないはずだ。そう分かっているのに、まるで視線が合っているような錯覚に陥ってしまう。顔を背けたら死んでしまうのではないか、そんな得体の知れない不安感が、みるみるうちに心を満たしていく——“人間”ならば、そう感じるのだろうか。


 ——壊したい。ぐちゃぐちゃにしてやりたい。


 私は、そんな感情でいっぱいになっていた——恐怖が快楽に変わっていく。苦痛が快感に変わっていく。復讐(ふくしゅう)が、私に絶頂をもたらしてくれる——


「壊しても、いいんだよね?」


 私はそう独り言を呟き、口角を上げてタイミングを見極める。


 ——今だ。


 次の瞬間、私は巨人から目を逸らして勢いよく地面を蹴った。巨人の発した地鳴りのような唸り声が響き渡る。それとほぼ同時に、真後ろから聞こえた轟音。振り返るとそこには、岩盤が剥き出しになるほどの大穴が広がっていた。その中心にいるのは、先ほどの巨人。既にこちらを見据えており、再び攻撃体制に入っている。


 再び奴が飛び上がる。

 避けられない。そう悟った私は、両腕を前へと突き出した。思い通り、触手が巨大な腕の形になって私の前に現れる。いける——そう確信し、目の前で跳躍する獲物にゆっくりと向き直した。


 そして——互いの拳がぶつかり合う。目の前の巨人は、跳躍してこちらに腕を振り落としてくる。勢いを押し殺すために、私は両手を広げてそれを包み込んだ。

 ずしん、という音と共に、私の身体ごと周りの地形が窪み始める。巨人の身体は宙に浮いたまま。このままでは押し負けてしまう——そう考えた私は、さらに触手の量を増やしてその場の状況に対処していく。


 黒く変色した足は、ひび割れた地面と一体化するかのように地面に広がる。それは見る見るうちに辺りを侵食し、窪んだ地面が黒いもので満たされていった。自分の身体にかかる負荷を可能な限り分散させつつ。私はその場を凌ぎ続ける。この間数秒——その直後、私は巨人の脚が地面についたことを確認した。


 腕ににかかっていた重さが急減する。力のバランスが崩れた反動で、一秒にも満たない僅かな時間、巨人の動きが止まる。その瞬間を、私は見逃さなかった。


 私は、自分の腕を“自切”して飛び上がった。巨人の拳が勢いよく地面に叩きつけられて、黒い飛沫が宙を舞う。  

 巨人は、そんなことを気にも止めないだろう——だが、それらは全て、私の体の一部。自由自在に操作可能なのだ。


 はるか空の上に飛び上がった直後に見える世界は、反転していた——。頭を下にして落下する最中、私は自分の右腕を再生しながら呟く。


「これで終わり——|《黒槍(こくそう)》」


 次の瞬間、無数に飛び散った黒飛沫が牙を剥く。その全てが漆黒の槍に形状を変え、巨人に向かって勢いよく突進していった。突然の出来事を処理できぬまま、四つん這いとなった巨人に大量の(あな)が開いていく。

 

 瞬きのうちに、奴の身体は原型を留めないほどに崩壊を迎えていた。再生の余地すら許さない圧倒的な数の暴力にあっけなく敗北した瞬間、弱々しい咆哮を上げながら地面に伏していく——。それは、先ほどまでとは違う、死に対する恐怖から来る、本心からの叫び声のように聞こえた。私はその音色に耳を傾けながら、静かに地面へと降り立つ。


 塵のように巨人の体が崩壊していく様を見届けた私は、奴の身体があった場所の中心で、何かが蠢いているのに気づいた——そこには、人の体を取り戻した、息絶え絶えの男の姿があった。彼は、かろうじて開いた右目で私を見る。


「ああ——敗けたんだな」


 彼はそう、静かに呟いて顔を俯けた——その直後。


「死ねぇッ!!」


 最後の抵抗だろうか。彼は隠し持っていた自分の剣で。私の身体を貫いた。

 だが、私にその攻撃は効かない。痛みも、感覚もない。そこにあるのは、ただ“身体を貫かれた”という客観的事実だけ。


「無駄だよ」


 私はそれだけ言って、彼の腕を触手で絡め取った。ごきり、という音と共に、骨が砕けて内側から肉が千切れていく。彼は、絶叫しながら腕を引っ張って苦痛から逃れようとするが、私がそれを許す訳がない。


 毛細血管よりも細く、長く枝分かれした触手が、彼の全身に巡っている、ありとあらゆる神経を、ぷつり、ぷつりと一本ずつ切断していく。もう痛みを感じないのであまり分からないが、彼の表情と行動を見るに、とても悍ましく、身の毛がよだつほどの苦痛を感じ続けているのだろう。


 最初は激痛で跳ねていた体が、次第に動かなくなっていく。瞳が焦点を失い、口から血混じりの泡が吹き出し、痙攣を始めた。でも、まだ息がある。


「もっと、苦しんでよ」


 私はそう言って微笑みながら、残っている腕を掴んで、ゆっくりと捻り上げた、すでに原型を留めないほどぐちゃぐちゃになった腕が、さらに壊れていく。


 その時、彼が最後の力を振り絞って、思い切り腕を引きちぎろうとする。

 ぴりっ、という皮のちぎれるような音と共に、それは段々と彼の身体と離れていった。


 彼はそのまま地面に倒れる。その反動で、ちぎれた腕が勢いよく宙を舞った。

 そして、べちゃり、と私の顔に張り付く。


 温かい。ぬるぬるとした肉片が頬を滑り、体液混じりの血液が、半開きの私の口に流れ込んでくる。そして——私の舌に、触れた。


 ——ユキの、味がした。


 甘く生ぬるい、あの子の脳味噌の味が。

 突然視界が真っ赤に染まり、私はその場で嘔吐してしまう。


 だめだ。

 だめだめだめだめだめだめ。


 ——消さなきゃ。


 私は、目の前に落ちた彼の腕を掴み取り、それを口に押し込んだ。

 歯で噛みちぎり、咀嚼し、嚥下する。


 もっと、もっと食べなきゃ。

 ユキの味を、上書きしないと。


 私は倒れた彼の体に無心で這い寄り、勢いよく覆い被さって目の前の肉に喰らいついた。


 顔。

 首。

 胸。

 腹。

 

 全部、全部、私の中に。

 血と肉と骨を噛み砕きながら、ただひたすらに私は笑っていた。


 皮膚を食いちぎって、内臓があらわになる。血まみれの手でそれをすくい、ゆっくりと飲み干す。無機質で生温かく、でもどこか甘酸っぱい。

 口の周りから、食いちぎった内臓の油が糸を引いて垂れ落ちる。私はそれを血で拭った。

 食べなきゃ。食べないと。もっと、もっと——


「……フィオ……ナ……」


 その時、背後から声が聞こえた。その声には聞き覚えがあった。嬉しいはずなのに、嬉しくない。


 そこにいたのは、傷だらけのミラ。白装束に斬られた傷が完全に癒えた訳ではなく、ただ、息絶え絶えに、血溜まりを作りながら私の名前を呼んでいた。


 私は、人肉を(むさぼ)り喰っていた。傷だらけの彼女の前で。満面の笑顔で。

 

「……もう、どうでもいいや」


 私はそう、静かに呟く。そして、そっとミラの身体に手を伸ばした。

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