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復讐魔女は禁忌を犯す  作者: はまごん
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第四話 発現

復讐(ふくしゅう)したいんだろう?」


 そんな声と共に、私は目を覚ました。眠ったことのないベッド。見たことのない部屋。横に立ってこちらを見下ろす、私と瓜二つの少女。そして、周りで立ちすくむ、首のない二十一人の子供達。


「なら、私と契約を交わすんだ」

「あなた、誰……?」


 私はそう、目の前にいる少女に問いかける。


「私の名前はモモ。願いを叶える魔法使いさ」


 彼女はそう言い、ベッドの横で跪きながら私の右手をそっと握った。


「さあ、願い事を」


 私はふと、周りにいる子供達の身体を見回す。青白い身体には首がついていないはずなのに、何故か皆、絶叫しながら苦しみ、悶えているように感じた。

 私の心の中に一切の悲しみはなかった。あるのは、ただただ全てを失ったのだと言う現実と、それを防げなかった自分への嫌悪感だけ。もう、迷いはなかった。


「奴らに、復讐させて」


 私はそう、モモに向かって呟いた。彼女は、にやりと笑って口を開ける。


「承知いたしました。我が主人、フィオナ様。その願い、この私が叶えてみせましょう」


 彼女が、手の甲に口づけを交わす。次の瞬間、視界が真っ白に明転し、私は意識を失った。


* * *


 ぞくり。

 

 彼は、先ほど首を切り落とした目の前の少女から、突如として異様な雰囲気を感じ取った。


(なんだ? さっきとは全く違う雰囲気—--まるで人格そのものが入れ替わったみたいだ)


 そう思いながら彼が大剣を構えたその瞬間——


「殺せ」


 私は彼に向けて右腕をかざし、そう告げた。同時に、周りから黒い粘液のようなものがどくどくと脈打って巨大な腕を形づくっていく。みるみるうちに巨大化したそれは、瞬時に彼の身体を掴み取り、宙に浮かせた。


「なんだ、これ……!? くそっ、くそっ、離せっ!」


 私は自分の首を掴み、それを元の位置に戻した。ずぶずぶという音と共に、断面がくっついて元に戻っていく。私はゆっくりと立ち上がり、手に少し、力を入れた。

 ぎりぎりぎり……そんな音と共に、彼の身体を掴む手の力も強くなっていく。 

 

「がっ……ぎゃ……」


 苦しめ! 苦しめ!! 苦しめ!!!


 私はそう思いながら、ゆっくりと時間をかけて、手に込める力を強めていった。ぱき、ぱき、と骨が軋み砕け、ずぶずぶと折れた骨が内臓に刺さっていく音が聞こえる。


 苦しみ、悶えながらも生きる希望を見出し、必死に足掻く哀れな狂人は、絶命する瞬間も無様で、狂っていた。手で果物を搾ったときのように、握り拳の下の方から血肉が滴り落ちていく。


 ——ああ、なんて楽しいんだろう!


 私は満面の笑みを浮かべながらその巨大な腕を床に思い切り叩きつけた。

 轟音と共に木の板はあっけなく崩れ落ちた。そのまま、血に塗れた一階へと私は降り立つ。

 目の前で、私を見て驚愕の表情を浮かべている白装束たち。私は、拳の中に残っていた肉片と大剣を、彼らに思い切り投げつけた。


 標的は、ミラとヴィル爺を殺した剣持ち——しかし、彼はその攻撃を躱してしまう。私の攻撃はそのまま後ろにいた二人の白装束に当たり、彼らの身体を弾け飛ばした。


「まさか、発現したのか……ッ! 総員に告ぐ、“器”を鎮圧しろッ!」


 そう言った彼は、すぐさま私を指さして仲間に指示を出す。

 だが……今の私を止められる訳がない。


 私は、思い切り地面に右足を叩きつけた。瞬時に地面全体に伝搬していく黒い“それ”。私は、もう一度勢い良く右足を振り下ろす。


 次の瞬間、地面から生えたのは無数の棘。しかも、痛みを増すために表面をわざと粗くして、あえて急所を外している。両手を地面に当て、“それ”を瞬時に回収する私。攻撃を仕掛けようとした数人は、身体中の至る所に空いた穴を掻きむしり、悶え、苦しみながらその場で血溜まりを作っていった。


——今の私なら、なんだってできる! 何にだってなれる! もう、何かに怯えなくてもいいんだ!


 私は満面の笑みを浮かべながら、子供のようにきゃっきゃと飛び跳ねた。そんな姿を見た白装束たちは、みんな怯えて、壊れかけのこの家から逃げ出そうと、一人、また一人と逃げ出していく。


 ——絶対に逃すものか。


 私は、唯一の出口である玄関を狙おうとした。右手を広げ、“それ”を射出しようとする。だが——


 バンッ


 そんな音があたりに響いた。私の脳天に穴が空き、そのまま後ろに倒れ込んでしまう。


「化け物め……貴様の相手は私だッ!」


 女がそう言いながら私を睨みつける。そうか、あれは“銃”という武器なのか。知らないはずなのに、なぜか分かってしまう。これも“願い”の影響なのだろうか。


 すぐさま起き上がった私は、穴の空いた自分の額に手を突っ込んだ。それを見て狼狽する銃持ちの女。ぐちゃぐちゃという肉をかき混ぜる音を立てながら、私は彼女の撃ち込んだ“弾丸”を取り出した。

 指よりも小さな鉄の塊。こんなものに、ヴィル爺や子供たちは命を奪われたのか。


 ……まあ、どうでもいいや。


「やられたら、おんなじようにやり返さなくちゃねえ!」


 私はそう言いながら彼女めがけて駆け出す。恐怖で震える彼女は、玄関の前で腰を抜かしながら、繰り返し引き金を引くが、その弾が私に傷を与えることはない。一発、二発、三発、四発。私の身体に当たった弾丸は、身体の中を経由して私の左手に収められていく。


「つかまえたあ!」


 私は彼女を押し倒し、目一杯の力で抱きしめた。ばきばきと骨が砕け、悲鳴が部屋中に響いていく。

 乾いた音を立てながら地面に転げ落ちる銃。私はそれを右手に取り、持っている計五発の弾丸を手際よく装填した。

 

「じゃあね、また地獄で会おう」


 彼女の額に銃口を当て撃鉄を起こし、引き金を引く。声も上げずに、彼女は血を流した。そのまま私は馬乗りになり、死んだその顔に向けて続けざまに四発の銃弾を撃ち込んだ。見るに耐えない無様な顔に変貌を遂げた彼女を見て、私は耐え難い快感に全身を震わせる。


 ——今だけは、今くらいは、楽しんでもいいよね?


「ちょっと、逃げないでよ」


 私は立ち上がり、玄関の向こうで逃げ回る白装束達に向かってそう呟いた。さあ、どうやって殺そうかな——そんなことを思いながら、自分の右手に握られた、弾切れの拳銃の撃鉄を再びかちりと起こす。


 右手を顔の前にやり、照準を合わせる。引き金をなぞる指先。そして——


「——ばんっ!」


 そう言いながら、私は引き金を思い切り引いた。次の瞬間、銃口から飛び出したのは黒い塊。それは音もなく逃げ惑う白装束の一人目掛けて、一直線に向かっていった。


 ぐちゃり、そんな音と共に、勢いよく塊が身体を覆い尽くす。そして、瞬く間に四肢がひしゃげた。肉と混ざった塊はべちゃりと地面にこぼれ落ち、荒い首の断面から血飛沫が吹き出していく。


「わあ……出た! なんか出た! あはは!」


 私は笑いながら、次々と引き金を引いていく。ああ、こんなにはしゃいだのはいつぶりだろうか。最後に覚えているのは、ずっと前に行った、隣町ルキアのお祭り。確か、まだ仲良くなかった私とミラをみかねたヴィル爺が、荷台に乗せて連れていってくれたんだっけ——。


 屋台の光。焼き菓子の匂い、手を繋いで歩いた私たち——その全てが、血と悲鳴に捩れ、混ざり合っていく。


 黒い弾丸は私の手から次々と飛び出していった。ばん、ばん、ばん。そう言うたびに悲鳴が聞こえ、一人、また一人と血飛沫を上げる。私だけのオモチャと化していく。


「もっと! もっと……って、あれ?」


 もう、誰一人、目の前に生きた人間はいなかった。


「……あーあ、もう終わっちゃった……」


 家族も敵も、みんな消えてしまった。そう思うと、少しだけ心が軽くなったような気がした。目の前で転がる大量の死体。背後で燃え盛るかつての我が家。そんな中、私の笑い声は場違いに響き、夜の闇に溶けていった。

 

「————なあ」


 その時、目の前の暗闇から、一つの人影が現れる。

 ボロボロの身体。左半身は大きく抉れ、なんとか立っている、という状態であった。割れた腹筋には、紋様のように見える大量の刺青が彫られている。

 そして、首にかかったペンダントの中では、何か黒いものが、まるで心臓のように脈打ち、蠢いていた。

 その右腕に携えているのは、一本の剣。間違いない、ミラとヴィル爺を斬った、あの男だ。


 私は反射的に手を伸ばした。体の奥から蠢き出す、触手のように伸びた“それ”が、迷いなく彼の肉に絡みつく。

 さあ、これで終わ——


「——黒魔術、百年使用」


 そのつぶやきと同時に、禍々しい気配が辺りを包み込んだ。触手はバラバラに切り裂かれ、奴が私の前から姿をくらます。


「終わりだ、クソ野郎」


 次の瞬間、声は真下から響いた。彼はこちらを覗き込むような形でこちらに突進。私はそのまま押し倒される。


「……何を企んでいるの? こんなことしたって、無駄——」


 その時、私は気づいた。

 なぜ、動かない。腕すら掴まれていないのに、全身が鉛のように重い。まるで見えない何かに押さえ付けられているかのような——


「お前は、俺と一緒に死ぬんだ」


 目の前で奴が嗤う。そして、彼は首にかかったペンダントを右手で持ち上げた。

 かちゃん。そんな音と共に、ペンダントがひとりでに開く。そして、中にいた何かが飛び出した。私たちの周りをぐるぐると回るそれは、形を持たぬ黒い影のようなもの。質量を増大させながら、ねじれ、蠢き、無数のヒトの顔を思わせるものを浮かばせては消えていく。


「俺は、“あの方”から選ばれたんだ……これでようやく、神に近づくことができる」

「何を、言ってるの……!」

「——死ね、人を捨てた化け物め」


 そう言い放つと同時に、彼は大きく口を開けた。直後、辺りを覆っていた黒い何かが収束し、その中に勢い良く飛び込んでいく。


「……これが、百年を封じた力か」


 彼はゆっくりと剣を抜いて夜空に掲げる。

 そして——自分の首を真っ二つに叩き切った。


 目の前で血飛沫が舞う。だが、何かおかしい。死んだはずなのに、私にかけた術がまだ解けていない。一体、何が——


「ああ、神に仕えし信徒よ、我をお救いください」


 その時、彼の声がした。半分に切られた頭の、左片方がそう喋っていた。それに応えるかのように、右片方が口を開ける。


「ああ、それを許そう、哀れな忌み子よ。さあ、身体を明け渡すが良い」


 抉れた彼の腹の傷が瞬きのうちに治り、勢いよく腕が生える。右頭の眼球が、剥き出しの頭蓋からこぼれ落ちる。左頭の口より上が、解けて地面に滴り落ちる。


「「おお、我らが悲願を今こそ果たそう。信徒として、神の落とし子として、再びこの地に降り立つのだ!」」


 二つの声が不協和音を響かせながら、彼の身体がぎしり、と軋む。そして、背中が不自然に反り返り、胸のあたりが波打った。


 皮膚の下で何かが動いている。蛇とも蛆とも、あるいは別の何かともつかない黒いモノが、皮膚越しに見えた。形が変わるたびに、内側から押し広げられ、破裂しては膨張して彼の身体を覆い尽くしていく。


 背骨が一本一本、ゆっくりと皮膚を裂きながら伸びていった。彼が、苦痛にも快楽にも似つかぬ、形容できない吐息を漏らす。


 その時、彼の胸が、外側へ向かって勢いよく裂け、内側から何かが溢れ出した。血ではない、何かどろどろとした黒い液体が、まるで重油のようにどろりと溢れて私の身体をみるみるうちに覆い尽くしていく。


 「アァァァ……ッ、もっとだ……まだ……足りぬ……ッ」


 さらに胸の裂け目が上下に広がり、肋骨そのものが歯のように変質し、ぬるりと開いた。そこに“いた”のは、無表情でこちらを見据える顔。先ほどペンダントの中にいたものと同じ……いや、違う。もっと濃く、もっと歪で、もっと——


「喰ラワレヨ……喰ワセロ……喰ラワセロ……」


 新たな“口”が呻くように開閉し、ミミズのように細長い無数の黒い舌のようなものが外に垂れた。

 分離した元の顔もまた動き出し、左右にぐらぐらと揺れながら笑いだす。


「ああ……これが“信徒化”……ついに、この時が……ッ!」


 その言葉と同時に、二つの顔が崩れ落ちた。その断面からは、黒い羽根のようなものが生えてくる。そして、ぐちゃぐちゃと音を立てながら、身体そのものが“変態”を始めた。


 皮膚を破らず、肉の中からゆっくりと押し出されるように。

 細いが、異常に長い腕。関節が四つ、指が六本。すべてが細長く、節ばっている。

 巨大な黒翼の先に生えたのは、巨大な爪。彼はそれで地面を掴み、音もなく立ち上がった。


「見ヨ、我ガ“信徒”ノ姿ヲ…………」


 目の前の顔が、そう呟いた。そして、先程まで私に騎乗していた、だらりと垂がった足が痙攣し、最後の変形を始める。


——そこに立つ化け物は、もはや人間の形を保っていなかった。


 顔は鴉の嘴のように変形し、その表面には六つの人間の眼が浮き上がっていた。


 その真横から生えているのは、一対の黒翼。先に生えた巨大な爪は、前足のように機能しており、地面を掴んでいる。


 顔の真下からは、一本の足が伸びていた。獣のように毛むくじゃらで、ところどころ骨も剥き出しになっている。


 まだ、私の身体は動くことを許されない。逃げたいのに、逃げることができない。視界の端では、制御を失った触手がのたうち回っていた。


——こんな姿になってもなお、私は敗けてしまうのだろうか。

 

「禁忌ノ娘ヨ、貴様ヲ“新たな器”トシテ連レテ行ク。旧神(きゅうしん)様ハ、ソウ望ンデオラレル……ッ」


 彼の身体が動く。その瞬間、私の身体が制御を取り戻した。

 それに気づいて動こうとする。だが、一足遅い。

 化け物は、咄嗟に退いた私の動きを予測し、その凶爪を振り翳した。



「————サァ、堕チヨウ、共ニ。」


 目の前で、無数の黒い羽が舞い上がる。

 次の瞬間、私の身体は化け物——“信徒”の黒翼に包まれた。

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