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第3話 「戻ってくる理由」

紅白戦の翌日。教室へ向かう廊下、みんなしんどそうな顔で登校していた。ハルが先に口を開く。「……おはよう」「おはよう」晴斗も小さく返す。昨日の疲れを隠せない笑みだった。


二人が昇降口へ足を向けると、そこへ続々と昨日一緒に戦った仲間たちが集まってきた。山口がぶっきらぼうに「よう」と言えば、村井が「昨日の筋肉痛やべえな」と肩を回す。そのやり取りにハルが笑い、「でも……悪くなかったろ?」と問いかける。


そこへ、牧野、赤松、陸、島崎の4人も姿を現した。

牧野が「おう」とぶっきらぼうに言い、赤松は気まずそうに視線を逸らす。

陸は腕を組んだまま無言で、島崎は「お前ら元気だな」と軽口を叩く。

互いに多くは語らなかったが、同じ場に集まったその空気には、昨日とは違う熱がほんの少し混じっていた。


重い空気を抱えながらも、彼らの足取りには確かなものが宿り始めていた。


昇降口の前に置かれた入部届の箱を前に、彼らは立ち止まっていた。差し込む朝の光に、紙の束だけがやけに目立っている。


「……俺は出す」真っ先に入部届を差し入れたのはハルだった。迷いなく、力強く。「昨日の紅白戦で決めた。俺はここでサッカーをやる」


その隣で、晴斗が小さくうなずき、震える手で紙を箱に入れる。「……俺も入ります。走ることに、意味があるって信じたいから」


山口はニヤリと笑い、腕を組んだまま。「まあ、昨日みたいに殴り合いやれるなら悪くねえ」紙を突っ込むと、村井も少し戸惑いながら差し入れた。「俺も……。ここしかないし、やってみるよ」


しかし残りの四人は動かない。


陸は箱を睨み、首を振った。「俺は入らねえ。ユースまでやった人間が、こんな腐った部で終わる気はない」


牧野は入部届をぐしゃっと握りつぶす。「悪いな。俺にはクラブチームのセレクションがある。遊んでる暇はねえ」


赤松が横で肩をすくめる。「……俺もだ。牧野と一緒に受ける。俺らはそっちの方が合ってる」


島崎は笑ってごまかした。「俺GKだろ?責任重いしさ。帰宅部の方が気楽でいいわ」


箱に投げ込まれたのはわずか4枚。残りの4人は紙をポケットに突っ込み、背を向けた。


「……まあいいさ」ハルが呟く。「言い訳は勝手にすりゃいい。でも昨日の紅白戦、忘れてねえだろ?」


返事はなかった。ただ胸の奥で、あの熱がまだ燻っていた。


その日の放課後、練習は始まった。参加しているのは、ハル・晴斗・山口・村井の4人に、三年の小森、二年の吉原・川俣の


2人。その日の練習は、まず1年生の挨拶から始まった。

村井は緊張した面持ちで前に出て、声を震わせながら言った。

「……よ、よろしくお願いします」


続いて山口が胸を張り、力強い声を響かせる。

「俺は全力でやります。よろしくお願いします!」


ハルは一歩前に進み、真っ直ぐな瞳でチームを見渡した。

「俺はこのチームで、全道優勝を目指します!」


最後に晴斗。少し俯きながらも言葉を絞り出す。

「……まだ何もできないけど、このチームのためにできることを、精一杯やります」


それぞれの想いがグラウンドに響き、少しずつ新しいチームの形が見え始めていた。アップは小森を中心に始まった。短いダッシュやボール回しで体を温め、笑い声が少しずつ混じっていく。


アップが終わると、小森が「ちょっと来い」とハルに声をかける。川俣も頷き、三人はタッチラインの外に歩み出た。


「ハル。お前の気持ちは伝わった。だがチームはまだまとまってねえ」小森が静かに切り出す。


川俣が続ける。「だからこそ、方針を決めなきゃならねえ。まずは全員で声を出して走り切ること、そこからだ。泥臭くてもいい、どんな相手でも最後まで食らいつくサッカーをやるんだ」


ハルは強く頷き、「はい、俺やります。必ず、このチームを変えてみせます」と答えた。

そして間を置かずに言葉を継いだ。

「この前の紅白戦で思ったのですが、うちの守備は川俣さんを中心にすごく引き締まってます。だからこそ、カウンター中心のサッカーなんてどうでしょう。守って、奪ったら一気に速く攻める。俺たちの武器になると思います」


その言葉に、小森と川俣は顔を見合わせ、わずかに笑みを浮かべた。


その後は今いるメンバーを中心に守備の練習に取り組んだ。

「声出せ!もっと寄せろ!」川俣が怒鳴る。

ハルも「奪ったら前に出ろ、すぐ切り替えろ!」と声を張る。

だが人数が足りず、形にならない場面ばかり。小森が「人数が揃わねえと、どうにもならん」と苦笑し、吉原も「それでもやるしかねえ」と汗を拭った。

そうして不完全燃焼のまま、同じような日々が三日ほど続いた。


そんなある日グラウンドの端に牧野と赤松の姿。セレクション帰りの疲れを残した顔で歩いてくる。


「お前ら……」村井が呟く。


牧野は頭をかきながら言った。「勘違いすんなよ。落ちたんじゃねえ。ただ……あっちは面白くなかっただけだ」


赤松も肩をすくめる。「……雰囲気が合わなかった。だからって、本気でここに入れ込む気はねえけどな」


小森が笑い、「何だよそれ」と突っ込む。だが誰も戻ってきたことを否定しなかった。


牧野と赤松が加わったことで、練習の空気は一変した。

パス回しのテンポが速くなり、守備の強度もぐっと上がる。

「ほら、もっと動け!」牧野が声を張り上げれば、赤松も的確な指示を飛ばす。

周囲も刺激され、これまで停滞していたメニューに熱が宿っていった。




練習が終わった夕暮れ、汗の匂いが漂うグラウンドに島崎が現れた。手にはぐしゃぐしゃになった入部届を握りしめている。

「……やっぱり忘れられねえんだよ、あの紅白戦の感じが」

そう言って差し出した瞬間、周りが一斉に笑い声を上げた。

「おいおい、結局来んのかよ!」山口が突っ込み、村井が「最初から素直に入れよ」と肩を叩く。

赤松がにやりと笑い、「仕方ねえな、歓迎してやるよ」と声をかけると、島崎は顔を赤くしながら「……うるせえ」と小さく返した。


翌日の練習には島崎も加わった。これで人数が揃い、初めて試合に近い形式での練習が可能になった。

「ほら、もっと寄せろ!」島崎が声を張り、仲間たちも熱を帯びて走る。

パスが繋がり、攻守の切り替えも早くなる。グラウンドには、昨日までとはまるで違う迫力が広がっていた。




そして根室大谷との練習試合が翌日に控えてる日。


その日の練習も本番さながらの激しさで続いていた。ハルが息を切らしながら呟く。

「……やっぱアイツがいねえと、攻撃の糸口が見つからねえなあ」


その言葉と同時に、グラウンドの端から陸が歩いてきた。視線は真っ直ぐで、迷いのない足取りだった。

「色々探したが、結局ここしかやれそうな場所なかった」陸が低く言う。


牧野が驚いたように声を上げた。

「いや、そんなことねえだろ。お前ならどこでだってエース級だろうが」


陸はわずかに笑い、「……なんだか退屈そうだったんだよ」と肩をすくめた。


陸が加わった瞬間、練習のレベルは一気に跳ね上がった。パスのテンポが変わり、攻撃に鋭さが増す。

「……これなら、明日の試合、勝てるかもしれない」誰かが息を弾ませながら呟いた。




そのとき、昇降口からひょっこり顔を出したのは、一年の片桐だった。

晴斗が驚いて声をかける。「……片桐?どうしたんだ」

片桐は一瞬ためらったが、真剣な表情で口を開いた。


「……俺もやらせてくれ」


片桐はもともとの新得中でレギュラーを張っていたが、高校に入ってからは部活に馴染めず見学ばかりしていた。実力はあるものの気後れしがちで、心の中ではサッカーを続けたいという思いをくすぶらせていた。


彼はあの日、一年生対上級生の紅白戦をずっと見ていた。あの熱さに胸を突き動かされ、合流したい気持ちはあったが、なかなか踏み出すタイミングを見いだせずにいた。 だが、陸がチームに戻る瞬間を目にし、今しかないと心を決めたのだ。 その声にみんなが振り向き、驚きと同時に笑みが広がる。 「おいおい、また増えたな!」山口が笑い、ハルも力強く頷いた。


こうして片桐が加わり、チームはようやく本当の意味で動き出す。


試合当日の朝。まだ陽が昇りきらない校舎の窓から、冷たい空気と光が差し込んでいた。 昇降口には緊張した面持ちの一年生たちが集まり、スパイクの紐を結び直したり、落ち着かない様子で互いに視線を交わす。 「……いよいよだな」山口が小さく呟くと、村井が深呼吸して「負けらんないね」と答える。 ハルは全員を見渡し、静かに言った。 「今日から、本当に始まるんだ。絶対に爪痕残そうぜ」 その言葉に、晴斗も拳を握りしめ、「うん……走り切ってみせる」と心の中で誓った。


小森・吉原・川俣も会場に到着し、一通り設営を終えると、チームでスタメンの確認が始まった。

小森がホワイトボードを立て、みんなを前に言う。

「よし、これが今日のスタメンだ」


「GKは俺、小森」

「DFは村井、山口、川俣、そして片桐」

「MFは吉原、ハル、晴斗、赤松、陸」

「FWは牧野」


読み上げられるたびに、それぞれが小さく頷き、緊張の中にも覚悟が宿っていく。

「……これで戦うんだな」晴斗が呟くと、ハルが拳を握り、「ああ、全員でな」と返した。


やがて、根室大谷の大きなバスがグラウンドに到着した。扉が開き、整然と選手たちが降りてくる。その中には古賀の姿もあった。 彼らは列を作り、堂々とした態度でグラウンドに挨拶する。 その迫力と統率された雰囲気に、村井と片桐は思わず息を呑んだ。 「……すごいね」村井が呟く。 片桐も苦笑いを浮かべながら「同じ高校生とは思えねえ」と言った。


試合前のアップが始まると、根室大谷のすごさは一目で分かった。ボール回しは正確で速く、トラップ一つ取っても滑らかで隙がない。シュート練習では、次々とゴールネットを揺らし、キーパーが反応する間もない。

「……レベルが違う」晴斗が思わず漏らす。

その光景に一年生たちは言葉を失い、ただ圧倒されるしかなかった。


その直後、ハルと陸がアップに加わった。二人が並んでパス交換を始めると、ボールは吸い込まれるように足元で収まり、リズムよく弾んでいく。

ハルがスピードを上げて切り返せば、陸は一歩先を読むように受けて放つ。鮮やかな連携に周囲の視線が集まり、空気が一気に熱を帯びた。

「……やれるじゃねえか」川俣が低く呟き、仲間たちの胸に小さな自信の火が灯った。


ハルはボールを止め、仲間たちを振り返った。 「見ただろ?相手がどんなにすげえチームでも、俺たちだってやれる。今日ここで証明しようぜ」 その声に全員がうなずき、胸の奥で高鳴る鼓動を感じていた。




AM9:00あと1時間後には試合が始まる。



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