第2話「紅白戦、開幕」
放課後のグラウンドに、荒い風が吹き抜けた。
片や歴代の看板を背負う三年中心の“先輩チーム”。片や即席寄せ集めの“一年チーム”。
ベンチに座った宮内監督は、スマホをいじりながら興味もなさそうに試合を見ようともしない。
「ルールは前後半15分ずつ。文句ないな?」
上杉が腕を組み、威圧するように睨んだ。
「もちろんです。そっちこそ言い訳なしでお願いしますよ」
ハルが笑って返す。
ピッ——。
笛の音とともに、紅白戦が始まった。
開始直後、先輩チームの圧が襲いかかる。赤松が激しく潰され、「ぐっ……!」と声を漏らす間もなくボールを奪われ、田嶋の一撃がゴールに突き刺さった。0-1。ネットが揺れる音の中で、島崎は肩を落とし「ごめん……俺のせいだ!」と唇を噛んだ。
一年たちは必死に攻め返そうとする。しかし息が合わず、牧野が無謀に突っ込み、「パス出せよ!」と怒鳴る。「一人で突っ込むなって!」赤松も即座にやり返し、ピッチには怒声が飛び交った。苛立った山口は荒々しくタックルし、笛を鳴らされ「ちっ、クソが!」と吐き捨てる。村井は縮こまり、声すら出せなかった。
そんな中、ただ一人冷静だったのが陸。中盤で受けたボールを足裏で軽やかに操り、鋭い切り返しで日高を置き去りにする。「なっ……!」観客の息が止まる。陸は迷いなく右足を振り抜いた。矢のような弾道がゴール右隅を撃ち抜く。「ゴォォォール!」大きなどよめきと歓声が広がり、スコアは1-1。暗い空気に一筋の光が差した。
勢いを得たかに見えたが、晴斗のクロスは大きく外れ、無情にゴールラインを割る。「っくそ!」その直後、上杉が獣のような突進。「どけぇ!」リョウを吹き飛ばし豪快にシュートを叩き込み、再びネットを揺らす。2-1。スタンドからは笑いと嘲りが混じった声が飛び、希望は一気にかき消された。
一年の連携は完全に崩壊。牧野と赤松は顔を突き合わせ、「だから出せって言ってんだろ!」「勝手に突っ込むなよ!」と怒号をぶつけ合う。山口は苛立ちに任せてファウルを繰り返し、村井は萎縮し、島崎は手が震えていた。孤立した晴斗はただ走ることしかできず、「走るだけじゃ意味ねぇ!」という仲間の罵声が胸をえぐった。
(また……俺は走るしかできない)
汗が冷え、脚は鉛のように重くなる。それでも止まれば何も残らない。歯を食いしばり走り続けるが、心の奥では枝が折れるような音が響いていた。
2-1のスコアで前半終了。ベンチに戻った一年チームは、すぐに言い争いを始めた。 「なんで出さねぇんだよ!」「俺のせいにすんな!」 「島崎がちゃんと止めろよ!」「無理だよあんなの……!」
チームはバラバラ、互いに苛立ちと不満をぶつけ合う。そんな彼らを、少し離れた場所から見つめる視線があった。
雑草を抜く手を止め、ゆっくりと近づいてきたのは、普段は無口な用務員だった。
「……お前ら、ボールを蹴る前に仲間を見ろ」
静かな声に場が凍りつく。普段はただの用務員にしか見えないその男の一言に、なぜか心を掴まれたようだった。
「速さだけじゃ抜けない。速さは仲間と合わせてこそ生きる。周りを見てるやつは声を出せ。チームを繋げろ。ゴール前に立つやつは胸張って立て。それで十分だ」
一人ひとりに視線を送り、最後に晴斗を見据える。 「……走れるやつは、走り続けろ。その姿が仲間を勇気づける」
言葉を置き終えると、用務員は黙ってその場を離れていった。
残された一年たちは呆然としつつも、その短い助言が胸に残った。 「……今の人、ただの用務員だよな?」誰かが小声で呟く。
だが、晴斗の心は確かに揺れていた。——走ることに意味がある。
用務員の言葉を胸に、一年チームは後半から集中力を取り戻した。赤松が声を張り、牧野が走り込み、晴斗はサイドを上下に駆け回る。島崎も体を投げ出してセーブを見せ、観客席が「おおっ」とざわめき始める。
そして後半の中盤、同点のチャンスが訪れる。牧野がちらりとハルに視線を送り、ボールを寄こせと強い眼差しで合図する。ハルはその気迫を感じ取り、中盤で上杉をかわし、前線へ鋭いスルーパスを送る。牧野が全力で抜け出し、ピッチを切り裂くようなスプリント。観客がざわめく。 「あいつらに舐められっぱなしでたまるか!今度こそ俺が決める!」 歯を食いしばり、体ごと叩きつけるように右足を振り抜く。
ボールは一直線にゴール右隅へ突き刺さった。ネットが大きく揺れ、スタンドから歓声が爆発する。 「よっしゃああああ!」牧野が吠え、仲間が一斉に駆け寄る。肩をぶつけ合い、歓喜の渦に包まれる。 観客席も大きくどよめき、試合の空気が一変した。2-2。意地と執念で叩き込んだ同点弾だった。
上杉は舌打ちし、悔しげに歯を食いしばった。「チッ……調子に乗りやがって」 その傍らで田嶋がニヤニヤと笑みを浮かべ、「壊しがいのあるおもちゃじゃないか」と低く呟く。その言葉に一年たちはざわめき、空気が一気に緊張へと変わった。
その直後、田嶋が本気を見せた。さっきまで余裕の表情だった彼の目が鋭く光る。ボールを受けると細かいタッチで一気にギアを上げ、一年のディフェンスを次々とかわしていく。「速ぇ……!」誰かが息を呑む。まるで見えない糸で操られているかのように、ボールは足元から離れない。
最後は強烈なシュート——しかしわずかにコースを外れ、ゴールポストの脇を抜けていった。「っ……危なかった……!」島崎が膝に手をつき胸をなで下ろす。田嶋は舌打ちしつつも口元には笑みを浮かべていた。 「まだまだ遊び足りねぇな」
その後、陸が強引にドリブルで仕掛けていく。ハルは静止し、じっとその様子を見守った。陸は迷いなく突っかかるが、相手は田嶋。圧倒的なフィジカルで正面から受け止められ、押し返されてしまう。「ぐっ……!」悔しそうに顔を歪め、歯を食いしばる陸。その姿に観客席からもどよめきが起こった。
田嶋は鼻で笑い、「所詮ユース崩れか。ここじゃ通用しねぇな」と吐き捨てる。陸は「なんだと……!」と目を見開き、一歩踏み出す。周囲の一年たちも思わず声を荒げ、「言い過ぎだろ!」と牧野が食ってかかる。空気が一瞬にして張り詰め、ピッチの上で火花が散った。 ハルが素早く牧野の胸ぐらをつかみ、「落ち着け!今はやり返すときじゃねぇ!」と低く唸るように言う。牧野は歯を食いしばり、「でもよ……!」と抗うが、ハルの眼差しに射抜かれ、拳を震わせながらも引き下がった。
その後、陸が中盤でボールを受け、勇敢に田嶋へ仕掛けた。だが再び奪われ、田嶋が余裕のドリブルを始めようとする。「またかよ……!」陸が悔しげに叫ぶ。田嶋は薄ら笑いを浮かべ、「何度突っかかってきても結果は同じだな。ユースだかなんだか知らねぇけど、お前はただの負け犬だ」と吐き捨て、陸をあざ笑った。その瞬間、晴斗が鋭く前へ飛び出し、体ごとぶつかってボールを刈り取った。観客席がどよめき、「あいつが止めた……!」と声が上がる。心臓が激しく鳴り響きながらも、晴斗の胸には確かに小さな自信が芽生えていた。ほんの少しだが、過去のトラウマが薄れていくのを感じた。晴斗は息を切らしながらも、鋭く田嶋を睨みつけた。「……おい。仲間バカにすんなよ」その声は震えていたが、確かな芯があった。観客席が一瞬静まり返り、ピッチに緊張が走った。ハルと牧野はポジションに戻りながら、爽快な笑みを浮かべて「スッキリした。ぜってぇ勝とうぜ」と肩をたたいた。陸は肩で息をしつつも、「サンキュー。借りはきっちり返すから」と応じた。
その後は一進一退の攻防が続いた。互いに譲らず、観客席からも「どっちが先に崩れる……?」とざわめきが広がる。上杉は低く構え「ここで決めてやる」と呟き、牧野は「まだ負けてねぇ!」と仲間を鼓舞する。赤松も声を張り、島崎は震える手を必死に広げて守る。熱気と緊張が渦巻き、試合は最終局面へと向かっていった。
後半の終盤、最大のチャンスが訪れる。ハルが中盤で相手をかわし、鋭いスルーパスを放つ。左サイドを駆け上がっていた晴斗が全力で走り込み、ボールを受ける。観客が息を呑む。
「行けぇぇ!」ハルの叫びが背中を押す。晴斗は内側に切り込み、逆足である右足にボールを乗せた。カットインから一閃——。
鋭いシュートがゴールへ吸い込まれる……かに見えた瞬間、クロスバーに直撃。カァンと乾いた音がグラウンドに響き渡った。
「っくそぉぉぉ!」晴斗が頭を抱える。観客席からは「惜しい!」と大きなどよめきが起こった。
ボールはゴールラインを割り、試合終了の笛が鳴る。
スコアは2-2。同点に追いついた一年チームは、勝利こそ逃したが、確かに存在を示した。
晴斗は膝に手をつき、息を切らしながら空を仰いだ。
(走るしかできない。でも……走ったから、ここまで来られた)
その姿を、グラウンドの脇で用務員が静かに見つめ、わずかに口元を緩めていた。
試合が終わり、周囲は騒然としていた。興奮冷めやらぬ一年たちが互いに声を掛け合う中、田嶋と上杉は冷めた表情で立ち上がる。
「……冷めた、冷めた」田嶋が吐き捨てるように言う。 「今日はここまでだ。てめぇらも解散しろ」上杉が低い声で言い放ち、そのまま背を向けて歩き去った。
残された一年たちは悔しさと安堵の入り混じる視線を交わし、熱を帯びたグラウンドには、まだ戦いの余韻が漂っていた。
そんな中、先輩チームの中から小森・吉原・川俣の三人が歩み寄ってきた。汗をぬぐいながら、小森が笑みを浮かべる。「……お前ら、やるなあ。正直ナメてたけど、絶対いい線いくよ」
吉原も続けて肩を竦めながら、「ほんとほんと。見ててゾクッとしたわ。あ、俺は吉原ね。ポジションはサイドバック。よろしく」と軽口を叩く。
最後に川俣が腕を組みつつ、「俺は川俣。CBやってる。ま、今日みたいにまた戦うこともあるだろうけど……悪くねぇな、お前ら」と照れ隠しのように言葉を残した。
一年たちは驚きながらも自然と笑みを交わし、緊張の糸が少しだけ緩んだ。試合の余韻と共に、新たな繋がりが生まれ始めていた。
その時、遠くから足音が響き、ゼェゼェと息を切らしながら顧問の宮内が駆けてきた。普段はやる気のない態度の彼が、珍しく顔を紅潮させている。 「聞いてくれ……!」 矢継ぎ早に言葉を吐き出す。「来週、練習試合が決まった。相手は根室大谷高校だ」
一年たちが一斉に顔を上げる。根室大谷——ここ数年、全道ベスト8に名を連ねる強豪。そしてそのメンバーには、晴斗の因縁の相手、古賀の姿もあった。
一年たちは互いに顔を見合わせ、胸の奥がざわつく。悔しさと興奮、そして新たな戦いへの不安が入り混じる。 それでも——確かに今日の紅白戦で何かが変わり始めていた。
次なる舞台は、強豪・根室大谷。物語はさらに熱を帯びていく。




