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そして、誰もその名を知らない

神殿の鐘が鳴り響く聖都アウレルディア。

長らく沈黙していたその音は、まるで世界の再起動を告げるかのようだった。


街に生気が戻り、人々の目に光が宿る。

子供たちは広場を駆け、老人は空を仰いでこう言った。


「今日は、星がきれいだ」


そう――

すべては“戻っていた”。

記憶も、歴史も、秩序も。

だが、その中心にいたはずの「誰か」のことだけが、どこにもなかった。


カイ・ヴァルノスは、剣を鍛え直していた。

錆びた刃に火を入れ、何度も叩く。

なぜこんなに焦がれるのか、自分でも分からない。

だが、その剣は時折、誰かの声に反応するように震えた。


「……お前、誰だったんだ?」


彼は、星の光を受けた剣を見つめ、そう呟く。

だがその問いに答える者はいない。


ただ風が、肩に何かを運んだ――

黒い羽根が、一枚、そっと落ちた。


アルマ・フェルディナは、静かな町の外れで診療所を開いていた。

目は見えないが、星の記憶を手のひらで感じることができる。


夜、ひとりで空を見上げる癖は、今も抜けていない。


「……あの人がいたような気がするの。

 でも、どうしても、名前が出てこないのよ」


言葉にできない想いが胸に残り、

そのたびに、彼女は空を見上げて微笑む。


そして、願うようにこう呟く。


「あなたが、幸せでありますように」


世界は変わった。

神の支配は弱まり、人々は少しずつ“信じる自由”を手に入れた。


星々は本来の軌道を取り戻し、

失われた都市セリカ・ロアも、ゆっくりと空に姿を現した。


けれど、誰一人として、

“黒翼の女”のことを語る者はいなかった。


記録にも、歴史にも、物語にも――

彼女の名前はなかった。


だがそれでも、風が吹くたびに、

どこからか、ひとひらの黒い羽根が舞い落ちることがある。


人々はそれを見て、こう囁くようになった。


「願いを叶えた者の羽根だ」

「世界を救った名もなき影」

「祈りだけが、記憶よりも強く残ったのだ」と。


遠い未来、語り部が口にする。


「昔々、星が堕ち、世界が忘れられた頃……

 誰にも知られず、誰にも褒められず、

 ただひとりで祈り、すべてを救った者がいた――とさ」


そして子どもたちは問う。


「その人の名前は?」


語り部は、笑って言う。


「それはね――

 誰も、知らないんだよ」

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