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小学生の時に好きだった人を「今でも好き」と言い聞かせて、一途な自分を肯定する

作者: 宮野ひの

「小学4年生の時に同じクラスだった伊藤くんって人がいるんだけど……多分なんか……今でも好きかも!」


 女友達4人で、恋バナをしている時、"マッキー"が、突然そんなことを言い出した。


 マッキーはおとなしくて勉強が得意な女の子だ。私たち4人の中でも、一番頭が良い。いや、学年一と言っても良いかもしれない。


 今日もいつものように、(らん)千葉(ちば)ちゃん、マッキー、私の4人で、教室でとりとめない話をしていた。


 最近彼氏ができた蘭は、高校生活を満喫していた。惚気話をみんなに聞いてほしくて「最近、推してる人いる?」と、さりげなく話題を振る。


 察しが良い千葉ちゃんは「蘭は、彼氏の話したいだけだろ〜」なんて軽くいじっていた。そんな千葉ちゃんも、先日バスケ部の後輩に告白されたばかりで、隅に置けない存在だった。


 私もSNSを通じて、他校の西本くんと良い感じだった。まだ付き合ってはいないけど、ふわふわしたLINEのやり取りが多く、今週も会う予定だった。


 蘭の話題を皮切りに、恋バナをする流れになった。


 蘭は彼氏のこと。千葉ちゃんはバスケ部の後輩。私は西本くんの話をした。


 マッキーは聞き手に回っている。どちらかというと奥手な印象があり、恋愛には興味がなさそうに見えた。


 だからこそ、「マッキーはどうなの?」と、みんなで寄ってたかって、恋愛の話を聞くことはしなかった。


 しかし、3人と1人の間に流れる温度差は激しかった。


 何か恋愛以外の話題を振った方が良いのかなと思っていたら、マッキーが口を開く。


「あ、あのさ……私」


 声が震えている。


「小学4年生の時に同じクラスだった伊藤くんって人がいるんだけど……多分なんか……今でも好きかも!」


 そんなことを言った。


 唐突だったから、みんなポカンとしていた。


 マッキーが話を続ける。


「みんなの恋バナを聞いて、私も思い返してみたら、同じクラスだった伊藤くんが頭の中に浮かんできて……。自分の中で理想になっちゃっているのかも。高校は県外に行ったんだけどね。縁があったら、大学で再会することもあるよね」


 マッキーが顔を赤らめる。今、作った話ではないのは確かだ。


 だけど小学4年生って、10歳とかの話だよね? それを高校生の恋バナに持ち出すのって、アリなのだろうか。


 マッキーの話は止まらない。


「伊藤くんは、私が消しゴムを忘れた時にも貸してくれたんだよ。委員会も一緒だったし。優しかったなぁ。ねぇ、今更かもしれないけど脈あったかな? バレンタインの時もチョコあげようと思ったけど、先生に見つかったら嫌だったから我慢したけど……」


 マッキーが一生懸命話すほど、不思議と私の心は冷たくなっていった。私自身が恥ずかしくてたまらない気持ちになった。


「マッキーどうした(笑)」


 蘭がマッキーを軽くいさめる。


「えっ? 何。もしかしてバカにしてる? ……私は本気なのに!」


 マッキーが机をどんと叩いた。怒っている。眉を吊り上げるマッキーを見たのは初めてかもしれない。


 マッキーは、恋バナをしていた私たちに、話を合わせてくれているのだろうか。


 自分だけ話に入れないのは辛い。その気持ちはよくわかる。


 あれ。でも、もしかして。


 あえて「伊藤くん」の存在を口に出して、一途に思い続けている自分を肯定しているとしたらどうだろう。見方を変えれば、恋愛しない自分を肯定していることにもなるだろう。


 例えば、「好きな人いないの?」「彼氏つくらないの?」の質問にも「私には伊藤くんがいるから」という建前があれば、自分の心を守ることができる。


 コロコロ好きな人や、恋人が変わっている人を見ても、「それに比べて、私は一途だなぁ」と悦に浸ることができる。


 学生時代に浮いた話がないのは、時には辛いことがある。特に仲が良い女友達に遅れを取っていると感じるのは、自分一人だけが取り残された気がして、どうしようもない気持ちになる。


「別にいいじゃん」


 私は続ける。


「小学校の時こそ、一番、純粋な恋愛ができてた気がするよね。私も昔、隣の席の男子好きだった(笑)あっ、みんなでSNSで初恋の人でも探してみる?」


「あっ、それいいー。面白そう」


 千葉ちゃんが話に乗ってくれる。


 マッキーと蘭は何も言わなかったけど、スマホを無言で操作しているところを見ると、同意してくれているみたいだった。


 それからというものの、4人でSNSを使って初恋の人を探すことにした。フルネームを入れたり、フォロワーのフォロワーから探っていったりしたけど、私の好きだった「たくまくん」は見つけられなかった。


 結局、千葉ちゃんしか初恋の人を見つけることができなかった。しかも、その人は、もうSNSを更新していなくて、ただアカウントが残っている状態だった。


 蘭に至っては、最後の最後で「あっ、もうLINE交換してたわー」と、いまだに交友関係があることを伝えるオチ。


 ことの発端、マッキーの好きな人、「伊藤くん」のSNSも、見つけることができなかった。とはいえ、数十分探しただけだ。もしかしたら、夜通し探したら、「伊藤くん」を見つけることができるかもしれない。


 言い出しっぺの私だけど、マッキーと伊藤くんは、そのまま出会わないでいた方が良いと思った。会ったらきれいな思い出が消えてしまう。会わないでいられたら、相手を理想化して、ずっと好きでいられる。


 マッキーが「伊藤くん」の名前を出したのが、恋バナに対抗するためなら、どうかきれいな思い出として胸に残したままでいてほしいと心から願った。





 数年後。


 大学生になった私は、マッキーと2人で飲みに行くことになった。進路が違ってから疎遠になったけど、マッキーから久しぶりに連絡が来て、会うことになった。


 近況を報告する上で、マッキーは同じサークル内で知り合った彼氏ができたことを打ち明けてくれた。表情が柔らかく、幸せそうだった。


 私はフリーだったので、妬けてしまった。意地悪心からだろうか。高校の思い出話を語る上で、ふと「伊藤くん」のことを口にした。


「うわーーーー! 恥ずかしい。もう出さないで、その話!」


 マッキーは、まるで黒歴史をつつかれたみたいに顔を歪めた。


 予想外の反応だった。「そんなこともあったね」と軽く流してくれると思った。


 状況が変われば、受け取り方も変わる。


 私も高校の時、SNSで知り合った他校の西本くんと良い感じだったけど、結局、付き合うまでには至らなかった。しかし、私の誕生日に薔薇の花束をくれたのは印象的だった。


 私は今、付き合っている人はいない。好きな人すらいない。誰かと恋バナをする機会があったら、マッキーが伊藤くんを咄嗟に口に出したように、私も西本くんのことを語ってしまうかもしれない。


 マッキーはビールを飲んでご満悦だ。


「まぁ、今の彼氏も伊藤って名字なんだけどね」


 愉快そうに笑う。高校では見せたことのない表情だった。


 今の方が素敵。なんて、余計なお世話になりそうなことを心の中で思って、お酒に弱い私は、オレンジジュースをちびちびと口にした。

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