第七話
「へー。森に七人で住んでるんだー」
そのエリの声に、興味のあるそぶりは全く見られなかった。暫く姿が見えなかったリオレが報告に部屋を尋ねて来た際、エリは何のことか失念していた。本人でさえそんな程度にしか思っていない命令を、リオレは一週間経ったからと律儀に報告に来ていた。エリはリオレのそこに可愛げを感じた。
「はい。レマ様の他に六人の女性が居られ、恐らくですが、皆、他国の失踪された御令嬢方だと思われます」
「へー」
爪の具合を見ながら、エリはそのリオレの報告を聞き流した。もし聞いていれば、この世界に、自分とレマ以外に転生者がいると分かったかもしれない。だが、興味のない女と共に住んでいる同居人の話などにエリが聴覚を使用するはずが無かった。
「もちろん、誰にも見つかっていないでしょうね?」
「はい。見つかっておりません」
そう答えるリオレの態度に、不審な点が一つでもあればエリは追及し、場合によっては水晶を使って嘘を暴いていただろう。だが、その質問が来ることを予期していたリオレは堂々と答えた。それは、演技力に長けているエリですら見抜けない程自然なものだった。
リオレのその答えを聞くと、エリはつまらなそうにした。バレていた時の為にいくつか罰を考えていたが、それらは先に持ち越しになった。興を失ったエリはリオレに退出するように促した。
「……それでは、引き続き監視に戻ります」
そういい、退出しようとしていたリオレを見て、エリは久しぶりに虐めてやろうという気になった。
「ちょっと待ちなさい」
怪訝そうな表情でリオレが見つめるなか、エリは大袈裟に鼻を鳴らし、臭いを嗅ぐ真似をした。そして、
「あんたちょっと臭いわよ。ちゃんと風呂入ったら?」
と言った。勿論、離れているためそんな臭いはしない上、自分の命令によって風呂を入ることが出来ないというのも分かっていての発言であった。
リオレの顔が怒りのあまり、赤く染まる。その顔を見て、エリはリオレのなぶり甲斐を再確認した。エリの視線が机の上に置かれたスイーツに向けられてから、十数秒後、部屋の扉が大きな音を立てて開け閉めされた。いつ殴り掛かられるのかと思うと、エリは楽しくて仕方なかった。
リオレが監視拠点に戻った時には、辺りはすっかり薄暗くなっていた。エリへの報告が終わった後、家に戻り入念に入浴し、野宿に必要な消耗品を買い集めてから出発したら、馬に乗っているにもかかわらずこんな時間になっていた。前回の倍の量持ってきている酒を煽り、リオレは早く寝た。もし、誰かがそばに居たら、愚痴を夜明けまで話続けていたであろう。
翌日、形だけの監視をリオレは始めた。どうせ命令したエリは詳細な報告など求めていない。一日の出来事を一週間分に薄めて引き延ばせばそれで充分事足りるはずである。騎士の矜持として鎧は着ているが、寝転がって家の方を只眺めているだけであった。
「明日は酒でも持ってくるかな……」
そんなことを呟いていると、背後から人の近づいて来る気配がした。咄嗟に身を隠そうとするリオレだったが、鎧は重く、おまけに寝転がっているため、立ち上がった時には声を掛けられていた。
「あのー。自分らの家になんか用っスか?」
声を掛けて来たのはアイだった。リオレの鎧が反射する光が気になって様子を見に来たのだった。
「い、いや!森で道に迷っていたら――」
「――道に迷うのは分かるっスけど、隠れて監視するような真似する必要ないっスよね?」
エリを欺いた様に、あらかじめ想定していた問であればバレないように嘘を吐くことはできる。だが、リオレは根が正直であり、咄嗟に吐いた嘘は稚拙なものが多かった。追い詰められたリオレは、前に若紫色の髪をした少女にしたようにこの事を内緒にするように頼んだ。しかし、目の前にいるのは少女でなく成人したであろう女性である。飴玉を上げるだけでは交渉のテーブルに着くことが出来ない。そこで、相手が欲しがっている物を用意するという条件を材料に交渉に臨んだ。
「いや、怪しい人から物を受け取れないっス」
アイは、人並の防犯意識を備えていた。
窮したリオレは奥の手に出た。夜中に忍びに襲われた時の様に自分事情をすべて話したのだった。その奥の手には自分の事情を聞いて欲しいという思いもあった。
リオレの話を聞いたアイは同情した。
「うわ……。……かわいそうっスね……。そういうことなら、大きな鍋で手を打つっス」
「鍋……?大きいってどのくらいだ?」
「なるべく大きくて頑丈な鉄製のやつがいいっス。あと、底が浅めで真横から見たら半円みたいな形をしているやつっス」
身振り手振りを加えながら、アイが鍋の形状の説明をしていった。現代であるならば中華鍋と言えばそれで済むのだが、この世界にはそんな言葉は無く、説明するのに手間をかけた。
「大体わかった。ただ……これで……」
「勿論、皆には内緒にするっス」
リオレがなるべく早く届けることを約束すると、アイは去っていった。アイが去っていくと、リオレはすぐさま鎧を脱ぐために拠点へと戻って行った。その間に調理器具を扱っている店を幾つか思い出しながら。
翌々日の朝、アイが朝食を終えて、外に出ると、大きな鍋を担いで帰ってきた。シアンとサキを除いた他の者達が不審に思い、どこから調達して来たのか尋ねたが、拾ってきた、としか言わなかった。グリンはそれで納得せず、アイを厳しく追及しようとした。そこにシアンが助け舟を出す。
「まぁまぁ。藁束が落ちている様な森でござる。鍋が一つ落ちていたとしても不思議ではござらんであろう」
「……あんたも何か知ってそうね。……まあいいわ。盗んだとかじゃなさそうだし」
グリンの追及が本格的に始まろうとする前に終わると、次はオーリエが何に使うのかアイに聞いた。
「その大きさですと、今あるかまどでは使えそうもないのですが……」
アイの持ち帰ってきた鍋はかなり大きく、キッチンにあるかまどの桶口よりも大分大きく、料理には使用できなさそうだった。
「まあそれは、研究所が完成してから、追々。って感じっス」
「勿体ぶるってことは凄い物なんでしょうね?」
「期待してくれてもいいっスよ」
アイは珍しく強気だった。そんなアイを見て、ミズキが期待に胸を膨らませた。
「楽しみだねー。自動車とかかなー」
ミズキの無邪気かつ重すぎる期待をアイはやんわりと訂正した。
その日からの作業は、シアンもついに参加するようになった。それによって、グリンはサキを連れて自分の仕事である薬草の採取に向かった。冬が来る前に、薬草の備蓄を用意しておかねばならないからだった。二人抜けたが、建築仕事に関してでいえば、シアン一人の力は三人分ほどの力がある。実質的に人手が増えた事になっていた。
研究所づくりは、まず、基礎作りから始められた。碁盤目状に穴を掘り、地盤を固めてから、そこに基礎石と呼ばれる大きな石を置き、埋める。それが基礎となり、上に、床組みとなる木の枠組みが置かれる。それらの作業をしていると、まだ始まったばかりだが、シアンの有難みがよく分かった。穴を掘って突き固めるのも、そこに石を置くのも、鍛えて得た膂力によって、レマが一か所終わらせる間にシアンは二か所終わらせている。
「シアンさんが居られるとやっぱり頼りになりますね」
作業現場が家の近くなため、手伝いに来ていたオーリエがそういった。頬に薄く泥がついている。
碁盤目状に基礎を並び終えると、アイがあらかじめ作っておいた床組となるパーツを基礎の上に載せるように組み立てていく。このパーツも釘が使われない木組みという技術が使われており、未だこの手順に慣れていないレマは、複雑な形の切欠をどうにか合わせようと四苦八苦していた。
「あーこれはっスね」
手間取っているレマを見かねてか、アイが横から手を伸ばしてきた。アイの手は、レマの腕が百本ついていたとしても、その域に到達できないような速さで組み上げを完了した。
「アイってなんでも作れて本当に凄い……」
「……っス」
アイの目が前髪に隠れた。人から褒められ慣れていないのか、アイは褒められると俯いて顔を隠す癖があるようだった。
床組の組み上げが終わると、次に床板を張り始める。床板となる木材にはアイの緻密な設計によって、床組に開けられた穴と合わさるように、同じ径の穴があけられており、二つの穴を合わせてそれに木で出来た釘を打ち込んで行く。そうして隙間なく床板が張られていくが、両端の、あと木材一本分という所までで床張りは一時中断された。アイが言うには、それは最後の方の工程でやるらしい。
床板を張ったところでその日の作業は終わった。雨も暫く降らなさそうなため、防水の処置もせず、その場を引き上げていった。
夕食のまでの間、アイは自分の作業付けに向かい、熱心に何かを書き込んでいた。オーリエの食事の用意に手伝いも終わり、手持ち無沙汰になったレマはそれが気になり、アイに話しかけながら、覗き込んだ。
「何を描いているの?――かまど?」
アイが咄嗟に隠したためにじっくりと見ることは出来なかったが、大きなかまどの様な形の物体の上に、今朝アイが持ち帰っていた大鍋の様な形の物が載っていた。
「まだ見ちゃ駄目っスよ!」
アイは普段よりも大きな声を出したが、怒っているという感じでは無かった。レマは笑いながら謝罪した。仲のいい友人同士のふれあいそのものであった。隠している理由を尋ねると、まだはっきりとした形になっておらず、お蔵入りの可能性があるため、誰にも知らせたくないのだとアイはいった。そういう事ならと、レマは覗いたことを再度謝罪して、アイから離れていった。発表してくれる時を楽しみにしていると伝えて。
その晩、レマはふと目を覚ました。自分を抱き枕代わりにしているミズキの腕をはがして起き上がると、アイが魔道具の明かりを頼りに、作業机でまた何かを描いていた。ここの生活は、朝の日の出とともに活動を始める。日中も人一倍働いていたアイが夜更かしをするのは良くないとレマは心配になり、アイにそっと近づき声を掛けた。
「こんな時間にまで寝ているのは良くないんじゃないかしら…?」
話しかけられたアイがレマを見上げる。藍色の目が、魔道具の光に照らされ、煌めいている。
「大丈夫っス。自分夜型なんで」
夜型であったとしても睡眠時間の不足は心身に悪影響を及ぼす。レマは再度寝るように勧めたが、アイは寝ようとはしなかった。
「……お茶淹れるわね」
「レマさんは寝ないんスか?」
「あなたが寝るなら寝るわ」
「……そうっスか」
少し強引だったかもしれないと思いながら、レマは火を熾し、湯を沸かして、お茶を二人分淹れた。お茶と言っても、茶ノ木の葉を煎じたものではなく、グリンが香りがいいからと摘んできた野草を、オーリエが味見をしながらブレンドして出来た、この家のみで味わえる特製ハーブティーともいえるものであった。
入れたお茶を、一杯は自分に、もう一杯は作業机に置く。アイの作業風景を眺めながら、レマはお茶に息を吹きかけて冷まし、音を僅かに立てながら一口飲んだ。飲むと何とも言えない独特な香りが口に広がる。味に関しては、オーリエの確かな味覚によって作られたため、美味しい。アイも淹れたお茶を作業の合間に飲んでくれている。レマは椅子に座りながらアイの作業風景を眺めた。
コップに入ったお茶が無くなりかけた頃、アイがレマの方を見ずに言った。
「見られていると気が散るんスけど……」
レマはその言葉に答えなかった。その沈黙は、どんな演説家の演説よりも雄弁だった。それから間もなく、アイは描いていた図面をしまい、コップを流し台に持って行った。そして、レマのそばによると、お茶をごちそうになったからと空になったコップを受け取り、二つまとめて洗ってから、魔道具の光を消し、自分のベッドに向かった。
「おやすみなさい」
レマがそういうと、周りの就寝中の者達を起こさないような、小さな返事が返ってきた。満足したレマは自分のベッドに戻り、ミズキの腕を体に巻き付かせて寝始めた。
その翌日、今度は壁を建てていった。床組が真四角をいくつも並べたような形であるならば、壁の枠組みは長方形を縦向きにして枠を横に並べて作られていた。それを四つ組み上げてから、立たせて四つとも、床と、隣り合う壁に固定する。すると、壁同士がお互いを支え合う形となってかなり安定した。それから、壁となる板を打ち付ける。最後に屋根をくみ上げて完成となるが、それは翌日に持ち込された。
その日の晩。レマはふと目を覚ました。目を開けると、昨晩と同じように魔道具の光が目に入った。レマは昨日と同じように、自分に巻き付いたミズキの腕をそっと外して起き上がった。起き上がって光源の方を見ると、案の定、アイが作業机に向かって図面に何かを書き込んでいた。レマはそっとアイに近づくと、声を掛けた。
「そんなに根を詰めなくてもいいんじゃないかしら?」
アイは声を掛けられるのを予期していたように、振り向きもせず答えた。
「本格的に寒くなる前に完成させたいんスよ」
アイのその言葉と態度に、レマは強い意志を感じさせられた。だからといってこのまま過剰労働をさせ続けると体調を崩してしまう恐れがある。そうレマが伝えると、アイは一つ頷いてから、自信満々に言った。
「大丈夫っス。前世の時も、この森に来る前も、三日間ぶっ通しで研究していたなんてざらにあるっスから」
前世の時はそれが転生の遠因となったのだが、アイはそれを自覚していなかった。
アイに自信満々に大丈夫と言われるとレマはそれ以上何も言えなかった。ただ、昨日と同じようにお茶を淹れて差し出す事しかできなかった。しかし、今回はアイの分しか淹れていない。恐らく昨日と同じような方法でアイを寝かそうとしても、今回は通用しないと思ったからだった。
出来ることが無いならば、そのまますぐに寝ても良かったのだが、レマはアイの集中している姿を見て、少し作業を見学してから寝ようという気分になった。レマは自身の椅子をアイの後方に持っていき、座った。
アイは後ろにいる観客を気にする様子もなく、時折、何かを頭の中で整理しているのか、口元に手をやって、独り言を言ったり、真上をじっと見上げたりしている。そして、ひらめきを得たのか羽ペンを勢いよくとると、一気に書き込んでいく。交互にそんな状態が繰り返されていき、図面に書き込まれた線の数は充実していく。そんなアイの様子が、レマの目からは、頭の中に浮かんだ空想の宝地図を描いていく無邪気な子供の様に見えた。
その作業の合間に飲んでいたお茶が残り少なくなったのか、アイはコップを思いっきり傾け、飲み干すような動作をすると、お代わりを淹れる為か立ち上がり、振り返った。そこでレマの方を見て驚いた表情をした。
「……まだ起きてたんスね」
アイは集中していたため、後ろにいたレマに気づいていなかったようだった。アイはキッチンに向かう途中、テーブルに置かれているレマの空になっていたコップを持っていき、二人分のお茶を淹れてくれた。
「お礼っス」
「どうもありがとう」
休憩することにしたのか、アイがレマの隣に座った。暫く、二人は無言で座ったままお茶を飲んでいった。お茶を啜る音が会話の代わりの様に互いに交わされていく。
「……アイはどうして、こんな時間になっても仕事をしようとするの?楽しいから?」
レマが口を開いた。
「それもあるっスけど……。一番は自分の出来ることで皆が幸せになってくれると嬉しいからっスかね……。自分みたいな人間を快く受け入れてくれた人達に少しでも……あ、やっぱり今の無しっス」
アイは途中で恥ずかしがってそう言ったが、それで忘れられるほど人間の脳というのは都合よくできていない。レマは忘れる事が出来ない代わりに、内緒にすることを約束した。
それからのさっきの発言を誤魔化すように再開されたアイの作業は、レマを意識しているためか、さっきまでの思考を巡らす為のルーティーンワークともとれるような動作をしなくなっていた。そのせいか、全く羽ペンが動いていない。
「……もしかして、邪魔?」
「そういう訳では無いんスけど……。ちょっとやりづらいっスね……」
アイの言ったそれは精一杯気を使った『邪魔』だった。アイの意図が伝わったレマは寝る事にした。
ベッドに寝転び、もう一度作業机の方を見ると、黙々と作業をしているアイの後ろ姿が見えた。そんな姿を見ていると、さっきのアイの発言が思い返された。森でミズキに出会い、この家に連れられてきた時、皆、初めて出会うレマの事をまるで当たり前の様に受け入れてくれた。当然の様に泊まらせてくれて、当然の様にレマの家具を作ってくれて、当然の様に家族同然に接してくれている。レマは、自身もアイと同じく快く受け入れて貰えているのにもかかわらず、コンプレックスを隠すために、自分の出来る事をしようとしない自分を恥じた。
明日から自分の出来ることをしていこう。レマはそう、心に決めた。
翌朝、レマは、朝食を作るオーリエのそばにいると、切られて捨てられようとしていた野菜の根の部分を回収した。それを元に家庭菜園を始める為である。
「前に私もやろうとしましたが、上手くいきませんでしたよ?」
「大丈夫です!私!農家の娘なんで!」
もはや後戻りしないと決めた決意は、オーリエをたじろがせるに十分な声量をレマの口から発せさせた。他の者達にも聞こえたかもしれないが、構う事は無かった。声が届く範囲には、レマが農家であろうとなんであろうと馬鹿にするものがいる筈がないからだった。突然大声を発したレマを、アイが濃い隈を従えた目で呆気にとられたように見つめてきていた。その他にもアイと似たような視線がいくつかレマに向けられている。レマは自分の決意のきっかけとなったアイに向けてウインクをすると、野菜の根を持って外に出た。
「アイちゃん、レマちゃんに何かしたー?」
そのミズキの問いに、人の気持ちを読む能力を備えていないアイは首を傾げて答えた。
「もしかして昨日の作業で頭をぶつけたのかしら?」
グリンが心配そうに入り口を見つめて言った。レマ以外、誰もこの状況をよく分かっていなかった。
その日の屋根を取り付ける作業にはシアンの忍びの腕が発揮された。高く狭い足場をするすると移動できるシアンはまるで地上にいた時と同じように淀みなく作業を進めていった。そのため、出る幕の無くなったレマはミズキに手伝ってもらいながら農場の開墾を進めることにした。
開拓といっても家の近くの、開けて日当たりのいい場所を選び、雑草を抜き、耕すだけであった。予定している範囲は広くなく、農具があればすぐに終わるほどの大きさしかない。だが、この家には農具が無く、スコップで掘っていくしかないため手間がかかった。それでも時間をかけると、及第点程度の畑にはなった。
「これに朝持ってったやつを植えるのー?」
「いいえ。あれは水を入れた容器で育てていくわ」
レマが朝持って行った野菜は再生野菜として、水耕栽培していく。今回起こしたのは土を寒気に晒してより畑に適した土に変えていくためであった。
「本当はもっと畑を広げたいんだけどね……」
ミズキに手伝ってもらって耕した畑の面積は、例え豊作であったとしても七人の腹を満たすに至らないであろう。しかし、、広げようにも生い茂る木が邪魔をしていた。これらを切り、根や石を取り除かなければ畑には出来ない。それには適した農具と馬が必要だった。どうやってそれを入手しようかと悩み始めた時、研究所の建設現場から歓声が聞こえてきた。レマ達が様子を見に行くと、研究所が完成していた。
「どうぞ、お入りくださいっス」
中から扉を開けて、アイが満面の笑みで招いてきた。その招きに応じて中に入ると、建材となった木の香りにツンと鼻を刺激された。中は普通の小屋だった。
「まだ棚の取り付けが終わってないんスけどね」
アイがそう言いながら壁を触る。そこの壁の柱になっている部分に切欠がある事から、今触っている辺りに棚が取り付けられるのだろう。昼食を食べてから、そこまで時間はたっていないため、今日中にその作業も終わりそうだった。
「そっちの方は終わったっスか?」
つまらなそうにするミズキを尻目に、アイが尋ねてきた。
「終わった。……というより、これ以上は出来ないと言った方が正しいわね」
「そうっスか……。出来ることがあるなら出来る限り協力するんで、なんでも言って欲しいっス」
アイの言葉は社交辞令では無く本心だろう。それ故に、迂闊に言い出せなかった。
棚の取り付けと魔道具の引っ越しが終わった頃に、家から夕食の美味しそうな香りが漂ってきた。充実感と達成感をないまぜにした感情を抱きながら玄関に向かう。家の角を曲がると、丁度薬草取りに行っていたグリンとサキが扉を開けていた。皆が仲良く家の中へ入って行くさなか、レマは玄関脇に置いた再生野菜を見た。日中の間に受けた野菜の切りくずは太陽のエネルギーを生命に変換し、僅かばかりであったが、既に再生を始めていた。
その日の晩、作業が一段落したからか、魔道具の光が灯ることは無かった。
第23回角川ビーンズ小説大賞に応募して落選した作品です