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第六話

 翌日、レマのベッドは完成した。いつもなら薬草を摘みに行っているグリンも、この日はマット作りを手伝ってくれた。出来上がったばかりベッドに、所有者の権限としてレマが一番初めに寝転がる。くたびれていない藁のマットは優しくレマを押し返した。その後に、サキとミズキがほぼ同時に寝転がってきた。

「いやー。やっぱり新品の寝心地はいいねー。暫く一緒に寝て良いー?」

 今までミズキのベッドにお邪魔していたレマに、断るという考えは浮かばなかった。そんなやり取りをしていると、グリンとアイが外からブランケットボックスを運び入れてきた。それはベッド作りと並行して作られていた物だった。

「いつまで一緒に寝てるのよ。ほら、さっさと起きて自分の目で確認しなさい」

 グリンのその言葉は今まで通りトゲがあったが、そのトゲは少し丸みを帯びていた。それは僅かな変化だったが、それだけでこの家に住む者達が傷つく可能性は無いだろう。

 レマはブランケットボックスを開け、中を確認した。中には、冬用の厚手の毛布と、夏用のタオルケットとでも呼べるような薄い毛布の二つがあった。大きなブランケットボックスの容積はその二つだけでは満たされていない。かなり大きな隙間があった。その隙間はレマがこれからの生活で埋めていくことになるであろう。

 椅子に、ベッドに、ブランケットボックス。この家に住む者が皆持っている、三点の家具が揃ったことによって、レマは改めてこの家の住人になれたということを実感し、嬉しく思った。

「それにしても……七つベッドが置かれるようになると、少し手狭ですね……」

 オーリエの言葉通り、七つ目に置かれたレマのベッドは、中央に置かれたテーブルに近く、通行の妨げになりそうだった。

「そうね……テーブルを動かしたいところだけど……」

 グリンが言葉を止め、入り口から見て右の空間を圧迫する、山積みにされた魔道具とそれに埋もれそうな机を見た。それはアイが魔道具の研究をするための場所だった。グリンの視線の動きを見て察したのか、アイが反応した。

「ああ!駄目っスよ!どれも貴重な魔道具なんスから!捨てるのは無しっス!」

 アイの言う通り、この世界では魔道具は貴重な物であった。ただ、貴重というだけであって、需要があるわけではない。魔道具はごく一部を除いて、どれも扱いづらい、もしくは他の物の方が安くて性能が高い事が多い。実用品というよりは、コレクターが集める嗜好品であった。

「でもそれ、ほとんど壊れてるやつか、エネルギーみたいなの使い切ってて使えないやつじゃない」

 家に積まれているのはアイが屋敷を出る前に買い集めていた品々である。廃品でも構わず買い取ったために、グリンの言った通り、その機能を発揮できる魔道具はほとんど無かった。

「でも……駄目っスよ……」

 アイはこの魔道具の山を数回に渡って運んできていた。屋敷に置いていたら絶対に捨てられるからと。そんな手間暇かけて移動させてきた魔道具が、避難先でも捨てられそうになり、アイはしょげた。

 そんなアイの事情は知らないが、しょげ始めたアイを見かねてレマは助け舟を出した。

「私が言うのもあれかもしれませんけど、新しい小屋を建てて、そこを研究所として魔道具を移動させればいいんじゃないでしょうか?」

 グリンはレマの提案をあっさりと受け入れた。彼女の中にもその考えがあったからである。捨てるというのはアイの早とちりであった。

 他の住人達もそれに同意した。

「研究所っていいじゃん!なんかかっこよくて」

「いいんスか……?自分なんかの為に……」

 アイが再度確認したが、その問いによって考えを改める者などいなかった。一同、頷いた。その様子を見て、アイは腕で目のあたりを擦ると、紙と羽ペンと定規を魔道具に囲まれた机から持ってくると、中央のテーブルに置いた。

「研究所の設計をするにあたって皆さんの意見を聞きたいっス」

 アイの目が職人の目つきになった。充血してはいたが。

 それぞれの口から、様々な意見が飛び出て、アイに向かって飛んでくる。アイはその意見から、実現可能であり、実行する必要性のあるものを選んでいった。すると、結果的に普通の小屋になった。魔道具を除いて中世ヨーロッパの様な技術水準の世界であり、研究所といっても、魔道具を整理して置ける沢山の棚に、作業できる大きな机、そしてグリンが薬の調合をするための机しかなかった。

「ちゃっかり間借りするんスね……。い、いえ!勿論いいっス!歓迎っス!」

 グリンの目が険しくなったのを見て、アイはそれ以上何も言えなかった。アイが一人で研究に没頭できる空間を手に入れられるのは、当分先のようだった。

 その次に建設予定地の選定を始めた。といっても家の周囲にある開けた土地は限られており、資材小屋の隣に建てるしかなかった。

 研究所の形も場所も必然的にそうなったといえばそうだが、特に真新しいことも無く、面白くないと若干二名ほどが不満をあらわにしていた。

 そんな二人を気にも留めず、残りの五人は建築計画を詰めていった。

「木材の備蓄は大丈夫でしょうか?」

 とオーリエが言えば、

「計算では足りる筈っス」

 とアイが言う。それに続けて、

「もし足りなければ、前に切り倒した木があるからそれを製材するといい」

 シアンがそう言った。怪我をした日以前に切り倒し、葉枯らしをしていた木がいくつかある。

「ところで、シアンさんはもう十分に動けるのでしょうか?」

 とレマが聞けば、

「もう二、三日は様子見ってところね」

 とグリンが話した。腫れもだいぶ引いてきてはいるが、大事を取っての判断だった。

「じゃあ、シアンさんが完全に回復するまで、木の製材の方からするっスね」

 小屋を建てるのは力仕事であり、シアンの力がどうしても必要な時が出て来る。それならば、備蓄はあるが、建設で使い切ってしまう木材の方を作ってしまおうとアイは考えた。他の四人に異議が無い事を確認すると、計画は決定された。

「終わったー?」

 小難しい話が終わったからか、ミズキが話の輪に入ってきた。ミズキは自分の上げた意見が通らなかったからといって、作業を手伝わない幼稚な人間性は持ち合わせてはいない。むしろ、皆で一つの物事をするのに充実感を覚えるタイプの女性であるため、人一倍やる気に満ち溢れていた。

 オーリエとシアンを除く五人は、昼食の前にある程度作業を進めておこうと、のこぎりやなた、そりなどを持って伐採場へと向かった。

「そろそろお風呂場も欲しいねー。アイちゃん、作れたりしないー?」

 道中、ミズキがそう口にした。今の暮らしでは、夏場であれば近くの川で行水が出来るが、寒い時期はせいぜいお湯に浸したタオルで体を拭くぐらいしかできない。この世界の庶民であれば産まれてからそのような生活であり、それを不便とも思わないだろう。しかし、現代からの転生者である彼女達にとっては、森暮らしに慣れた今でも不便であった。

「作れなくもないっス。ただ、資材が……」

「あんた何でも作れるのね……」

 そんな会話をしているとあっという間に伐採場に着いた。そりをそこにおいて、シアンが切り倒した木へ向かう。二か月ほど前から横たわっている大きな木は、余分な水分が抜けており、枝に着いた葉は枯れ葉になっていた。

「いい感じに水分が抜けてるっスね」

 葉枯らしによって乾燥させられた木は、水分が抜けた事により軽くなり、また、でんぷんを消費して虫よけ効果のある香りを出すようになるため、カビや虫食いになりにくく、人にとってはいい匂いのする建材になるなど、良質な木材になる。そんな良質な木材になったその木を、五人の悪役令嬢たちは、枝を打ち、あらかじめ決められていた長さに幹を玉切りし、作業場へと運び始めた。

 レマとアイの二人が、両端に持ち手のついた大きなのこぎりを引いている間に、切り出された丸太をそりに載せて、他の三人が作業場へ運んでいく。丸太は水分が抜けて軽くなっているとはいえ、それでも重い。シアンの早い復帰を皆が望んだ。

 レマがアイの動きに合わせてリズムよくのこぎりを動かしていると、その作業の単調さから飽きが来たのか、アイが話しかけてきた。

「レマさんは魔道具って使った事あるっスか?」

 グリンを探すときに使った、光を放つ魔道具しか使ったことが無い。とレマは答えた。この森に来る前に見かけた事も数回あるだけだった。

「そうっスよね……」

 アイが折角蒔いてくれた話の種をレマは芽吹かせていった。

「魔道具ってどんな物があったりするの?」

 その問いへのアイの食いつきようはまるで、目の前に餌を差し出された腹をすかせたハトのようだった。

「色々っス、ほんとに色々あるっスけど、自分でも把握できているのはほんの少しだけっス。今分かっている中でレマさんにも有用性が分かる魔道具だけでいえば、光を出すやつぐらいっスけど、魔道具にエネルギーを充填できる方法が分かれば、きっともっと役に立つやつが見つかる筈っス。エネルギーの充填方法といえば……」

 熱を帯びながらアイが魔道具について話していく。それにレマが相槌を打っていくとアイの話の内容は次々と関連事項に沿ってずれていき、作業場から戻ってきたミズキたちが昼食の時間だと告げた事によって止まった。熱が引き、自分がどのような事をしていたのか自覚したアイはバツが悪いような顔をした。

 帰る途中、アイがレマに謝罪してきた。

「……さっきは申し訳ないっス。久しぶりに満足に話せると思ったら、つい……」

 アイが今まで魔道具の話をしようとすれば、オーリエとシアンは困ったような顔をし、サキは話を聞いているのかどうかわからず、ミズキは話を積極的に聞いてはくれるが『よくわかんなかった』といつもいい、グリンに至っては『興味ない』とばっさり切り捨てられる。これが町の中でなら、他に話を聞いてくれる者がいたかもしれない。だが、森暮らしでは他に話を聞いてくれる者はいない。そんな中、レマが自ら魔道具の事を尋ねてくれたことによって、アイの欲求不満が声となって噴き出したのだった。

 好きなものについて満足いくまで話をしようとして、人に微妙な反応をされた経験はレマにもある。レマはアイを嫌いになるどころかシンパシーを感じていた。

「謝る必要はないわ。むしろ面白かったから、もっと聞かせてくれないかしら?」

 その言葉は本心である。アイの話は難しい専門用語が使われることも少なく、含蓄に富んでいて、最初に話していた内容から着地点が大分ずれていることに目をつぶれば、レマの知的好奇心を十分に刺激してくれる。

「いいんスか!?」

 レマの言葉にアイが驚愕した。曖昧にフォローはされるだろうが、もっと話してくれ、なんていわれると思っていなかったからだった。

 昼食を終え、午後も同じ人員の割り振りで玉切りを続けた。二人で作業し始めるとアイは午前中の続きを話し始めた。暫くすると、一方的に魔道具の事を話すアイが先生のように見えてくる。『魔道具講座』は休むことなく続けられた。

「魔道具がどうやって『発見』されたのかなんスけどね……」

 そう前置きして、アイ先生が『魔道具の歴史について』を語り始める。

 魔道具が発見されたのは今から数百年前である。場所は分かっていない。その時に発見されたのは、全て、エリの持っている水晶のような超常的な機能を持った物ばかりであった。どのようにしてその能力を発揮しているのか不明なため、神か悪魔か、或いは魔法使いか、どちらにせよ空想上の存在が作ったといわれており、今でもそれを否定する証拠は見つかっていない。あまりの強力さに、戦争によって使われたり、御神体としてまつられたりした物もあった。

 アイの集めている使い道に困るような性能の魔道具は、それらの伝説上の魔道具と違って、人が伝説の被った空想のベールを科学の力によって引き剥がそうとした名残である。一時は、人々の生活水準を底上げするような偉大な魔道具も幾つか発明されていた。しかし、その時代は、魔道具を崇め奉る宗教が世界の隅々にまで浸透していた時期であった。すぐに、作られた魔道具は『邪道具』として区別され、それを作った者と使った者は迫害の対象となった。それ以降『邪道具』が世に新たに作られるようになるのはその当時の子供が祖父になり、更にその孫が祖父になるほどの歳月を経てからだった。

 そのような長い年月が経つと、当時の一大宗教も廃れ、その厳しい戒律も形骸化していた。それ以降、魔道具作りを阻む者はいなくなった。しかし、作ろうとする者もいなかった。元から高度な知識を必要としていた分野である。熱心な宗教家による焚書と弾圧により、先人たちの積み上げてきた魔道具作りの知識は、殆ど土に還っていた状態となっていた。

 しかし近年、アイの転生する数十年前。その希少性の高さと、『邪道具』として扱われていたせいで曰く付きとなったこともあり、魔道具を買い集める者が、あらゆるところから同時多発的に出てきた。それに付随して、魔道具だけでなく、当時記されていた魔道具に関連する書籍や文献などもどこからか出てきて高値で取引されるようになった。文化や科学というのは、生活に余裕のある上流階級から発展していくことが多い。希少性や価値の高い商品としてのみの扱いから、次第に、魔道具自体に有用性と学術的価値を見出して研究するものが現れ始め、ルネッサンスとも呼べるような状況が起こり始めた。

 手探りで再会された魔道具作りは、大量の塩が盛り込まれて、荒れ地となった畑を、また再び耕して実り豊かな畑にするかのように不可能に思えた。しかし、人の執念と探求力はすさまじく、家一軒買えるほどの値段の魔道具を使いつぶしたり、朽ちて辛うじてかつての形を保っている様な保存状態の悪い魔道具を高値で買ったりしてまで研究に勤しんだ。その情熱のせいで家が傾いた貴族が何人か出始めた頃、ようやく一つの魔道具が開発された。それが、レマの使っていた光を放つ魔道具である。その光を初めて見た研究者たちは狂喜した。しかし、その魔道具の放つ光は、魔道具研究に携わる者達に取っての夜明けの光にはならなかった。

 彼らにはスポンサーがいた。直ちに、この魔道具の開発にかかった費用を回収しようと量産体制を整え、売り始めた。スポンサーとなった者が欲に塗れているわけではなく、そうしないと彼も破産してしまう寸前の状態だったからだった。この商品が売れれば第二第三と新たな魔道具を開発できる。関係者は皆、売れることを切実に願った。しかし、市場は残酷だった。軽くて小さいが、松明よりも明かりに乏しく、値段の高い魔道具を灯りとして購入するものは殆どおらず、新しい物好きの貴族が試しに数個ずつ購入していくだけだった。結果として研究者たちと、理解のあるスポンサーは路頭に迷い、この出来事をきっかけとして、ルネッサンスは終わった。大規模な魔道具研究は無くなり、これ以降魔道具は偏屈な金持ちに趣味によって行われるだけとなった。

 彼らの作った魔道具は商品価値としては皆無に近かった。だが、学術的意義は大きかった。この魔道具を参考に、その性能は微妙であるが、あらたな魔道具が次々と生み出されていくようになったのである。研究者たちとスポンサーはその功によって、生涯にわたって生活を、魔道具を愛する者たちによって保障され、最後は惜しまれながら息を引き取っていった。

 彼らが亡くなったのは、アイがこの世界に生を受ける数年前であった。

「と、まあこんな感じっスね」

 レマは目頭が熱くなった。乏しい資料の中で研究を続ける彼らと、前世の自分の境遇が重なって見えたからである。見知らぬ人間とはいえ他人事とは思えず、路頭に迷ったものの、最後にささやかであったが報われて良かった。

「うぇ!?ちょっ!?え!?な、なんで泣いてるんスか!?」

「……気にしないで……」

 そうレマが言ったが、アイはそれでもレマを気遣う。

「もしかして、木片が目に入っちゃったっスか!?」

 そういいながら水の入った皮袋を差し出してくる。

「……本当に……大丈夫だから……」

「もし、少しでも体調悪かったら、何時でも休憩に入るんで言って欲しいっス」

 レマが涙を拭いながら頷くと、アイはしばし、心配するような表情で見つめた後、作業を再開した。

 それから暫く無言の状態でのこぎりを引いていると、最後の部分が切り離され、玉切りは終わった。そりと人手の到着を待ち、丸太を載せ、作業場へ引っぱっていく。そうすれば今日の作業は終わりであった。明日以降は皮をはぎ、木材の形に切り出し、屋外にそれを晒し、長い時間をかけて、更に自然乾燥をさせる。そうしてようやく、建材などに使える丈夫な木材となる。

 作業場へ向かう途中、そりを引っ張りながら、ミズキがアイに言った。今日の作業によってかなり疲弊しているのか、息も絶え絶えである。

「ねぇ……アイ……ちゃん……。やっぱ……お風呂場……よりも……台車……作って……」

「作ってもこの辺りじゃまともに使えないっス」

 不整地な土地では、車輪を転がすよりもそりを滑らしていく方が、効率が良い。このそりは、アイが魔道具を運ぶために作成したものだった。

 轍を作りながら、そりが森の中を引かれていく。その延長線上に夕日は沈んでいっていた。

 


第23回角川ビーンズ小説大賞に応募して落選した作品です

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