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第四話

 レマが国を抜け出して五日目の朝。王宮のとある一室。エリは侍女を侍らせ優雅に朝食を楽しんでいた。エリはレマにいじめられているという作り上げた事実を公の場で晒した日以来、神の祝福を受けた者を保護するという名目でこの一室と侍女、その他生活に必要な物一切を提供するという提案を王子よりされた。それまで住んでいた下宿は大家の老夫婦の人当たりは良かったが、古い建物であまり快適とは言えなかったため、エリは外面では粛々としつつ、内心喜んでその提案を受けた。

 ここまではエリの目論見通りであった。厄介なライバルを排除し、その後障害の無くなった恋路を悠々と突き進む。その算段であったが、その前に気ままな独身暮らしを満喫しようと思い立ち、その計画は一旦中止中であった。

「あーそういえばあの女何て名前だったかな?ジョンの婚約者だった……」

 もう排除した女の事などどうでもいいが、このまま思い出せないのも心にしこりを残す。そう思い、侍女に、エリの護衛の任をジョンから命じられた騎士を呼ぶように言った。その任務の性質上、騎士は近くの部屋で住み込んでいる。そのため、その騎士はすぐに来た。王宮内であるが兜を除いて鎧を一式着込んでいる。

「……お呼びですか?」

 茶色い髪を短く刈り上げた青年はそういった。辛うじて従順さを装うっている。そんな態度であった。そんな態度がエリの嗜虐心を刺激する。

「前回呼んだ時よりも十秒程遅いじゃない。リオレ」

「……申し訳ございません」

 エリのなぶるような細かい指摘に、リオレは不承不承という言葉が擬人化したような態度で謝罪した。そんな態度がエリの嗜虐心を更に刺激した。

「まあいいわ。私の寛大さに感謝しなさい」

「……ありがとうございます。それで御用件の方は?」

 リオレは誰が見ても分かる心のこもってない謝罪をし、その上、本題に入ることを促してきた。

「用件はね……えーと何だったかしら?……あー、そうそう、ジョン王子の婚約者……失礼、元婚約者の名前ってわかるかしら?」

 エリは『元』の部分をことさらに強調していった。

「……そのような事を尋ねられるために態々私を――」

「――私は知ってるか知ってないかしか聞いてないわ。早く答えて頂戴」

 リオレの言葉を遮ってエリは答えを促した。王子の元婚約者ともなれば有名人である。侍女に聞けば絶対に答えが返ってきたであろう事はエリにもわかっている。生意気な若い騎士をこんな事の為に呼び出したのはエリのサディズムによるものでしかなかった。

「……レマ様……です。御用がお済なようでしたら……これで失礼させていただきます」

 そういいリオレはエリの返事も待たずに出て行こうとした。その態度を見て、まだ虐め甲斐があると思ったエリはリオレを呼び止め、遂さっき思い浮かんだ命令を下した。

「そのレマという女の居場所を突き止めて、監視してて欲しいの」

「はぁ……。ご自身の持つ水晶の力でお見えになった方がよろしいのでは?」

 リオレの言う通りであった、しかし、エリはレマに対して全くと言っていいほど興味が無い。ただリオレに無茶振りをしたいだけなのである。エリは咄嗟に思いついた嘘を吐いて、水晶で見ることが出来ないという事にした。

「報告は週一でいいから、後、絶対相手にバレないように」

 エリがそう言い終えると、リオレは無言で辞儀して去っていった。これ以上エリの声を聞きたくないとでもいうように。その様子を見て、エリは一週間後、どのようにしてリオレをいたぶろうかと思いを巡らせた。

 リオレは自室に戻り、机を思いっきり叩こうとした。しかし、すんでのところで止めた。リオレが今寝起きしているのは王宮の一室である。自宅で物音を立てるのとはわけが違う。代替の行動としてリオレは両手で頭を掻きむしった。すると、はらはらと数本の毛が抜け落ちてきた。それは毛周期による毎日抜ける数十本のうちの数本だったが、そんな知識の無いリオレはそれを見て不安に駆られた。あまり苛立ってばかりなのは精神衛生上にもそして頭髪にもよくないと、リオレは自分の身に起こったことを前向きに考えるようにした。

「暫くいびりが一週間に一回になるのは幸運と言えるな……」

 奴隷が自分の首に取り付けられたきつい首枷が緩められたのを喜ぶような考えであった。しかし、首枷が付けられたままではあるが、僅かでも楽になったのは事実である。リオレは意気揚々と自宅へと帰って行った。軽くなった気持ちが足運びに現れている。レマが森に入って行ったという噂をリオレは耳にしている。快適な野宿生活を送る準備が必要だった。

 監視対象であるレマの居場所は、聞き込みによって得た情報をもとに捜索を始めて、エリに命令された翌日に見つかった。そこは森の奥にあるこぢんまりとした家だった。レマの居場所を見つけると、リオレはそこから近く、尚且つ夜中に焚いた焚火の火が見えないような窪地に拠点を築いた。そこに荷物を運ぶために連れてきていた馬を繋ぎ、監視を始めた。

 監視を始めると、この家に住んでいるのがレマ以外にもいることが直ぐに分かった。金糸雀色の髪の女性。浅緑色の髪の女性。藍色の髪の女性。それに、家の中からあまり出ない琥珀色の髪の女性に、藍紫色の髪の女性もいる。彼女らに交じって、お嬢様育ちである筈のレマが、いきいきとしながら大工仕事に勤しんでいた。

「楽しそうに暮らしているようで何より……」

 リオレのその呟きは率直な感想だった。彼はレマに対してなんら悪感情を抱いていない。それどころか、エリがレマに虐められていたという噂も、自身の経験と照らし合わせて、何かの間違いではないかとさえ思っていた。エリがレマに虐められるような人物であるとも思えず、レマがエリを虐めるような人物であるようにも思えないからである。

「まあ、水晶が映したっていう事は事実なんだろう――ん?」

 視界の端に若紫色の何かが映った。リオレがそれを視界の中央に収めると、少女の髪だという事が分かった。若紫色の髪の少女は何も言わず、ただ、黙ってリオレを見つめている。リオレは突然現れた少女に驚き尻もちをついた。すると、騎士の矜持として着ていた鎧が金属製の音を立てた。慌てて家の周りにいる女性たちの様子を伺うが、幸いにも彼女らはその音に気づいてはいないようで、リオレはホッとした。が、すぐにこの少女があの家の住人だとしたら、その時点でバレているも同然だと気づいた。もしも、任務が失敗に終わったとしたらエリにどんなことを言われるか分からない。リオレは一縷の望みを託して少女に質問した。

「……君も、あの家に住んでいるのかい?」

 少女はこくりと頷いた。望みが潰えたリオレだったが、まだ挽回の手段はあった。少女にこの事を秘密にしてもらえばいいのだ。

 頼み事というのは、親密な関係でない場合は、相応の対価を支払って頼むと受けてくれやすくなる。リオレは暇な監視中に舐めようと思っていた飴玉を一つ少女に渡した。この事を秘密にするよう頼みながら。この世界では砂糖は高い。飴玉一つと言えど、庶民の一食分に相当する価値がある。量に対しての値段の高さで言えば、高級な嗜好品ともいえる。貴族でなければ易々と食べられるものではなかった。

「……もう一個」

 リオレは少女の要求に従った。交渉の主導権を握られている者に選択の余地は無かった。

 少女は飴玉を二つ同時に口に入れると、家の方へと駆けていった。不安になってリオレはその様子を見ていたが、誰かに告げ口をしている様なしぐさはしておらず、急場をしのいだことが分かり、思わず大きなため息が出た。

 その日は他に動きもなく、茂みの中でじっとしているだけで一日が終わった。

「……思っていた仕事と違うな……」

 拠点に戻ったリオレのそんな嘆きともとれる呟きが、夜の闇に溶け込んでいった。その呟きの『仕事』とはレマの監視についてではなく、エリの護衛という仕事についてである。初め、王子からその任を拝命した時は、神からの祝福を受けた女性を守護するという騎士冥利に尽きるような使命に燃えた。しかし、実際に就いてみれば、護衛という名の雑用、騎士という名の下僕。そんな仕事内容であった。

それもその筈である。エリにリオレが付けられたのは、彼女を虐めや嫌がらせをしてくる者から守るためであり、それらがエリの作り上げた架空の存在である時点で、護衛の必要性は端から無い。雑用扱いされるのも無理は無かった。

「辞めようにも……親の期待が、な……」

 表だって言われては無いが、エリは、貴族たちの間でジョンの結婚相手、つまり将来の王女の最有力候補だと言われている。そんな女性の下に護衛として付き、覚えめでたければ、出世に繋がる。そう事あるごとに言い聞かされているリオレに、辞めると言い出す勇気は無かった。

「まあ、今はこの野宿生活を楽しむとするか……」

 そう言い、寝転んだリオレの目には、木々の切れ間を額縁として、『夜空』と銘打たれた自然の絵画が映った。無数の星が瞬いており、時折細長い尾を付けた流れ星が一直線に横切っていく。その、綺麗でもあり儚さも感じる光景を見ながらリオレはゆっくりと瞼を閉じた。

 目を閉じてすぐ、リオレの首筋に冷たいものが当たった。目を開けると鋭い金属製の物が星明りを反射しているのが見える。リオレの首筋にそれを当てた人影が尋ねてきた。

「おぬし……何者でござるか?」

 独特な喋り方だった。リオレは、昔見かけた遠国の忍びの里の者が、そんな喋り方だったと思い出した。そう思うと今自分の首筋に当てられているのが刀のようにも見えてきた。

「お、俺は、狩人で狩りに来ていて――」

「――騎士の鎧を着てか?」

 リオレのすぐそばには脱いだ鎧一式が置いてある。誤魔化すのは無理だとリオレは悟った。いびられるのは嫌だが命を取られるのはもっと嫌である。それにこの人影が、あの家の関係者ではない可能性だってある。と思ったが、その考えは流石に都合が良すぎると思いすぐに消。リオレは観念して全てを話した。最初は要点だけをかいつまんで説明しようとしていたが、話していくうちに愚痴っぽくなっていった事にリオレは気づかなかった。

「……本当に監視するだけでござるか?」

 その声には警戒心だけでなく、同情も含まれているようにリオレには感じられた。

「ああ……」

 人影は刀を収めた。そしてその代わりに条件を突きつけてきた。

「藁束を一人用のベッドに使用する分……いや、持ってこれるだけ持ってきて欲しい」

「そうすれば、命を助けて貰えるだけでなく、他の者にも内緒にしてもらえるのか?」

「約束する」

 そういうと人影は大きくなった。しゃがんだ状態から立ち上がったのだろう。その大きさからみるに、かなりの長身の持ち主であるということが分かる。そして音もなく去っていっているのか、人影は小さくなり、最終的に闇に溶け込んで消えた。何故かはわからないが、その人影が三本の足を持っているようにリオレには見えた。

 


第23回角川ビーンズ小説大賞に応募して落選した作品です

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