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口裂け女の真実

作者: 殲慄の細谷

 あんた、見ない顔だな。

 見たところ、おれと同年代くらいか。

 ははっ、もっと昔に会いたかったぜ。マスク越しでも、きれいな顔なんだってわかるよ。

 なぁ。あんたも、ここで次のバスを待っているんだろ?

 初対面に頼むことじゃないかもしれないけどさ。ちょっと、おれの昔話を聴いてくれないか?

 実はおれ、末期がんみたいなんだ。

 それで、死ぬまでに、誰かに話しておきたい話があるんだけど、誰も話す相手がいないんだよな。

 近所の藤井さんも鈴木さんも先に逝ってしまったし。おれ、70近くになっているのに、未だに独身なんだよ。

 昔の恋人のことが忘れられなくてさ……。聞いてほしいのは、そいつの話だ。


 突然だけど、あんた、口裂け女の話は聞いたことあるか?

 ここまで有名な怪談話になったら、もはや知らない人の方が珍しいよな。

 一応、概要をまとめると、次のようになる。


・夜、町を歩いていると、若いマスク姿の女が歩いている

・その女が、「私……きれい?」と訊いてくる

・「きれい」って答えると、「……これでも?」といってマスクを外してくる

・マスクをはずした顔には、耳元まで、口が裂けている

・「きれいじゃない」っていうと、包丁やハサミで殺される


 まあ、そういったところだな。

 でも、この怪談話、事実とは大きく異なっているところがあるんだよな。

 ……えっ、なんでわかるかって?

 単純な話さ、おれ自身がその口裂け女にあったからだ。

 本当かよって、そんな顔しているな。

 まぁ、話だけでも聴いてくれよ。

 これから順を追って説明する。


 おれが口裂け女にあったのは、確か、1979年の4月上旬の夜だった。

 ちょうど、仕事終わりで家に帰ろうとしていたんだ。

 そのとき、口裂け女が現れた。もっとも、現れたといっても、最初はマスクをつけていたからまさか口が裂けた女だとは、思わなかったけどな。

 そして、あいつが訊いてきた。

「私、きれい?」

 おれはちょっと考えた、あいつの眼は二重の大きなアーモンドアイだった。顔は小さめで、肌は若干、色白だった。髪型はストレートで、結構似合っていた。服装はパステルピンクのワンピースだった。

 少なくとも、マスク越しから見れば、あいつは万人にきれいだっていわれたと思う。もちろん、おれもその万人の一人だ。

「きれいだよ」

 おれはそういってやった。

 そして、ここが一番、怪談話で有名なところだな。

「これでも?」

 あいつはそういって、マスクを外した。

 その口は、確かに耳元まで裂けていた。もっとも、裂けていた傷口は縫合ほうごうしてあって、開きっぱなしというわけではなかった。

 おれは少々、返答に困った。

「これでも?」

 あいつは繰り返し問うた。

 あいつの顔は、例え口元に醜い傷があったとしても、きれいだった。少なくとも、俺にはそう映った。

 だから、本心を伝えた。

「これでも」

 そのときのあいつの顔は、ちょっと呆気にとられたようだったな。あいつにとっても、それでもきれいだといわれるのは、予想外の返答だったらしい。

 おれはこの女が、なんとなく、哀れに感じた。

「……話でも聴こうか?」

「私の話なんて……つまらないよ?」

「つまる身の上話なんて、めったにないだろ」

「……」

「明日暇だったら、正午にでも、またここに来いよ。明日おれ、仕事休みだからさ。」

「……わかった」


 あいつは約束通り、正午に来た。さすがにいきなり自宅に招くのもどうかと思い、この通りにある喫茶店に寄った。

 結局、本名すら教えてくれなかったが、口が裂けた経緯だけは教えてくれた。

 どうやら、高校時代に受けていたいじめがエスカレートして、口を裂かれたらしい。

 ひどい話だよな。当然、口を裂いた奴は少年院送りになったそうだ。

 そのあと緊急搬送されて、命に別状はなかったらしい。だが、この傷のせいで、簡単に他人に素顔を晒せなくなったらしい。

 しばらくは、現実は現実だと、あきらめていた。でも、やはりきれいだといわれたかった。元の顔がきれいなこともあって、そういう思いは強かったみたいだ。

 それで、昨日、おれにこんなことを問うたらしい。

 あぁ、ちなみにあいつは包丁もハサミも持ってすらいなかったよ。醜いといわれたら殺そうとか、あいつはそんなことは考えていなかったみたいだ。

「ねぇ……」

「なんだ?」

「私……きれいだよね?」

「なんども訊くな」

「……」

「お前は十分、きれいだよ」

 あいつとそんなやり取りを交わした。懐かしい話だ。

「ねぇ」

「こんどはなんだ」

「……好きだといっていい?」

「まだ2回しか会ってないぞ」

「……それでも」

「あはは、まねしやがって。可愛いやつ」

「……」

「……おれもなんとなく、お前と波長が合う気がするよ」

 そういって、おれたちはアベックになった。

 ……アベックって、今は言わないの? まぁ、要するに、付き合いはじめたわけだ。


 もっとも、付き合うといっても、どこかに外出するとか、そういったことはしなかった。ただ、一緒に散歩することが多かった。

 ファッションには凝っていたよ、あいつは。流行を取り入れつつ、自分がきれいに映るように意識していたみたいだ。前あった日と、同じ服を着てきたことは一度もなかった。

 マスクのデザインも注意していたみたいだったな。当時のマスクは不織布ふしょくふなんかじゃなくて、ほとんどガーゼだったからね。あいつ、裁縫が得意みたいで、自分でマスクをつくっていたよ。当時はパステルカラーの服が流行していたから、マスクもパステルカラーの生地でつくられていることが多かった。

「私、きれい?」

 気づけば、この問いはおれたちが会うときの恒例行事になっていた。

「うん、きれいだ」

「これでも」

 あいつがマスクをわずかにずらす。

「それでも」

 このやり取りを、会うときに毎回交わす。一見、うざったいような気もするかもしれないが、あいつがきれいだというだけで笑ってくれるから、それでよかった。


 ある日のことだ、2人であるおれたちと、一人の、おれたちと同年代くらいの男が向こう側から歩いてきた。

 服装がだらしなくて、なんとなく近寄りたくないなと思わせるような男だった。

 その男を見た瞬間、おれと一緒に歩いていたあいつの足がピタリと止まった。

 「どうした……?」

 おれが困惑していると、あいつは突然、あの男の方に歩み寄っていった。

 そして、あのときおれに問うたように、あの男に、おなじ質問を投げかけた。

「私……きれい?」

 おい、やめろ。そう言おうとしたけど、言葉が出なかった。あいつの顔に、妙な緊張感を感じたからだ。それに、あの男も、妙ににやついている。

 そして、男が言った。

「マスク、外してみろよ」

 あいつは、男の指示に従って、マスクをはずした。

 その顔を見た瞬間、あの男はけたたましく笑った。

「あははは……! ひでぇ傷だな!」

 奴は笑いながら、通り過ぎていった。

 あいつはマスクをつけて、悄然しょうぜんとおれの方を向いて、言った。

「……今日は、帰る」

 あんなことがあったのだから、おれも無理に引き留める気にはならなかった。

「……あぁ、わかった」

「ごめんなさい」

 いつもはシャキっとしているのに、あのときの、立ち去っていくあいつは、少し猫背気味だったよ。

 おれは……あの男に猛烈に腹が立ったね。

 それと同時に、なにかあの男と、のっぴきならないことがあったんだろうなと思った。

 あの男とあいつとの関係が知りたいと、おれは思った。

 場合によっては、ゆるさないとも思った。


 あの日の来週の、日曜日、おれは1人で散歩していた。

 すると、幸か不幸か、あの男と出くわしたんだ。

「あの……」

 おれはたどたどしく声をかけた。

「どこかで、お会いしましたよね?」

 そう訊いた。あの男は、あの日と同じようににやついていた。

「あぁ、あの口裂け女と一緒にいた人」

奴の口裂け女って言葉を聞いたときは、さすがにイラついたな。

 それでも、おれはあくまで、平身低頭を意識して話を進めた。

 あることが、おれの頭によぎったからだ。

 そのあることを実行するには、奴を家に連れてくる必要がある。

「あの時は、申し訳ありませんでした」

「あんた、あいつとどんな関係なの?」

「うちの妹です」

 おれは噓をついた。本当のことを伝えると、話が面倒くさくなると思ったからだ。

「お詫びに、お茶でもおごらせてください」

「そいつはいい、おれ無職だから、飲み食いする金がなくて困っていたところだ」

 奴はあっさりとおれの話に食いついてきた。

 おれは奴を、自宅まで案内した。


 おれは奴に、茶と、たまたまうちにあった饅頭まんじゅうを奴にふるまった。

「あの、不躾ぶしつけな質問で恐縮ですが……」

 おれは、奴に問うた」

「お兄さんと、私の妹は、なにか関係があるんですか?」

「あぁ、あいつね」

 男はあのにやつき笑いを浮かべながら言った。

「怒るなよ?」

「……はい」

「あいつの口を裂いたの、おれなんだよ」

 一瞬、奴が話していることが呑み込めなかった。

 予想外の話だったのはもちろんだが、それと同じくらい、傷つけた相手の兄の前で平然と自身の罪のことを話せる、奴の無神経さに驚いた。

「そうですか……」

「おかげでおれは少年院送りさ。ろくに仕事にもつけやしない」

 男はそういってクスクス笑った。自嘲のつもりなのかもしれないが、おれには、男があの女を嘲笑しているようにしか見えなかった。

「……冷蔵庫にお菓子を入れているので、持ってきますね」

 おれはそういって、台所へ向かった。ちなみに台所は、奴の座っていた場所の後方にある。

 あの男も、バカな奴だ。あんなこと告白しなければ、おれの意志もゆらいでいただろうに。

 おれは台所から、1丁の包丁をとりだした。

 そして、奴に気づかれないようにそっと背後に忍び寄り、奴を刺した。

 奴は呆気なく、動かなくなった。

 おれは奴を解体してクーラーボックスに詰め、近くの山に遺体を捨てた。

 奴は今でも行方不明扱いらしい。 


 妙な噂が流れ出したのは、それから1ヶ月ほど経ったときだ。

 会社の同僚やら部下にまで、その噂話は広まっていた。

 その内容は、今、伝承されている口裂け女の都市伝説と、ほぼ同じ内容だ。

 おそらく、あの男があいつの話を周囲に吹聴ふいちょうしていたのだろう。それに加えて、おれが奴を殺害し、遺棄したことが原因で、きれいじゃないと言うと口裂け女に殺されるという誤情報が流れたのだろう。


 殺したのはおれなのに、バケモノ扱いされるのはあいつだ……。

 あいつには申し訳ないことをしたと思っている。

 おれがあの男を殺してから1週間ぐらいしてから、あいつが別れを切り出してきた。

 妙な噂が流れているから、別れてほしい。そう言われた。

 おれは嫌だといったが、その翌週から、あいつはいつも待ち合わせする通りに来なくなった。


 ……。

 こんなつまらない話で悪い。

 警察に通報してくれてもいい。おそらく、証拠不十分になると思うけどな。

 ……そうだ。あんたの話も聞かせてくれよ。冥土の土産に、誰かの話を聴きたい。

 えっ、話す必要はないって? 別になんの話でもいい……。

 ……。

 ……どうした? マスクをちょっとずつ下げ……。

 あんた、まさか……。

 


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