ラジオからチェックメイトが聴こえたので
朝から点けっぱなしのラジオは3人目のパーソナリティに代わっている。もう昼時だ。
窓の外を眺める。蝉時雨がじっとりと空気を重くするが、街路樹のケヤキはすっくと立つ。伸び伸びと茂らせた青葉は濃い陰を落とし、根元ではハクセキレイが地面を啄む。歩道に人は居ない。
バカみたいに空は青く、お向いさんの向日葵は今年も立派だ。
ラジオから「見事な入道雲が見えますねぇ。」と耳に届き、目線を入道雲へと動かす。少し目を離した隙に更に大きくなっている。ほんとにね、と思わず呟く。地元のFM局だからおそらく同じ雲を見ている。それが何だか嬉しい。
入道雲の逞しく隆々な姿には毎度胸が高鳴る。今日も立派でとても良い。真下の人々はスコールや雷に憂いつつも、内心は冷やされた空気に一息吐いているだろう。
そして私はむくむくと膨張する様にヤル気を貰う。
ラジオから昔の流行歌が流れる。『チェスで勝ったら望みを叶えて』とかなんとか。明るいが歌詞がダサ過ぎるとウケて大流行し、私でも歌える。
この曲が流行った頃、私は小学生だった。
そう言えば当時から「自然観察が好きな、優しい子だねぇ。」と言われ続け、大人になった。
目に映る様々の観察は、ただの癖だ。何故それが優しさと結び付くのか、人の「優しい」との結論付けのなんと短絡なことか。
少なくとも私は優しくなんかない。
突然ラジオから「ガガッ!@*△…!」と大音量が響き、びくっと肩をすくめる。近くを通ったダンプの無線が混線したらしい。その音量の遠慮の無さ。ばくばくする心臓をなだめ、特段変化のない事を確認するが、ちらりと物が散乱した室内が視界に入り、少し気が滅入る。外にばかり目を向けているもう一つの理由はこれだ。しかし目を逸らしてばかりもいられない。
原因は夫婦喧嘩だ。夫が怒鳴る事は毎日だが、昨晩は珍しく私も反撃した。いつもと違う私に怯むかと思いきや夫は真逆の反応で、もう万策尽きたと思った。
ま、片付け始めますか。
テーブルの足元には息絶えたと見える夫。
午前中、私は庭の手入れをしていた。
夫は「勝手に」冷蔵庫のスズラン入り珈琲を飲み、さっきまで七転八倒していたのだがやっと静かになった。
口元の吹いた泡くらいは拭いてあげよう。
私は優しいらしいから。
気付けばラジオの曲は『チェックメイト』を連呼するサビへ入っている。
口元を拭いながらつられて、チェックメイト。なんて呟いてみるが、
…うん、やっぱりダサい。笑える。
良ければ他のなろラジ大賞4への応募作品にもお立ち寄り下さい。本文のタイトル上部『なろうラジオ大賞4の投稿シリーズ』をタップして頂けるとリンクがあり、それぞれ短編ですがどこかに繋がりがあります。