#8 梅田奨くん
マリア達が妖の世界に入って来た場所は、妖たちが集まり、賑わっている通りから外れた路地裏の奥の奥の奥だった。
小さなウサギの女の子の後を追い、入り組んだ路地を曲がりに曲がって、マリア達も妖たちで賑わう大通りまで出て来たが、小さなウサギの女の子は、たくさんの妖たちの中に紛れてしまい、見失ってしまった。
マリア達が追いかけていたウサギの女の子は、奨くんが追いかけていた小さな妖ではなかったが、奨くんも同じように、妖たちが賑わうこの通りの近くまでは来ただろうと、マリアは思った。
そして、見たことも無いたくさんの妖たちを目の当たりにして、驚いた奨くんがどこかに隠れてくれていたらいいと、マリアは願った。
マリアは、奨くんは帰ろうとして、もう一度、路地裏の奥の奥の奥へと戻ったのではなく、もっと身近な隠れ場所を探したのではないかと、考えた。
もしも、奨くんが、狭い路地裏の奥の奥の奥へと、来た道を戻って来ていたのなら、マリア達が来た時、途中で出会っていてもおかしくないからだ。
隠れられる場所は途中に無かった———と、マリアは断言出来た。
マリア達は、賑わう通りから離れ、妖たちの姿が見えない方、見えない方へと、移動を始めた。
移動していて、マリアには気付いたことがあった。
妖の世にも、暮らしの格差はあるらしいということだった。
賑わう通りにあるお店で買い物したり、遊んだりが出来る妖。
賑わう通りにあるお店で働いている妖。
働く妖を雇っている妖もいるはず。
賑わう通りにあるお店以外の場所でも、働いている妖は居るようだった。
人の世とは違う、しかし、人の世とよく似た世界。
———あちら側(妖の世)———
不思議な感じがした。
「あの小屋なら隠れられるかも…。」
マリアは、木造長屋の近くにある畑の傍に、ぽつんと建っている小屋を見つけた。
長屋には、貧しい妖が暮らしているようだった。
貧しくても、妖が生きて行くのには、何の問題も無いのだろうが、奨くんを見つけたなら、売り飛ばすぐらいのことは考えるだろう。
人間の子供が居たと、妖たちが騒いでいないのは、まだ見つかっていないからだと、マリア達は思った。
ガタッ
ガラッ…ガラッ…
そっと戸を開けた。
音を聞きつけた妖が、ここに来ないとも限らないので、気をつけなければならなかった。
ゆっくりと戸を開け、中を覗いた。
暗い小屋の中は、視界が悪く、良く見えなかったが、人の気配があるのを、マリアは感じた。
妖ではない、人間の子供の気配だと、マリアは直感した。
「奨くん?いる?」
声を掛けてみた。
ガタッ
音がした。
動いたらしい。
ポッ!
青白い小さな炎が、凪の手の平に現れ、暗い小屋の中を照らした。
農作業用の道具を入れておく小屋だったと、明るくなって、初めて分かった。
鍬や斧、鎌や一輪車、スコップやバケツなどが置いてある。
一輪車の陰に隠れていたのは、写真の男の子に間違いなかった。
「奨くんだね?だいじょうぶ?けがとかしてない?立てる?」
マリアがしゃがんで顔を覗き込むと、奨くんは、こくんと頷き、ゆっくりと立ち上がった。
ぱっと見た限り、怪我はしていないように見えた。
「お母さんが心配してる。帰ろう?」
マリアがにっこりと笑い、奨くんの頭を撫でると、奨くんは、強張った顔に、更に力を込めた。
泣くのを必死に堪えているのだと、マリアには分かった。