#7 妖の世
ウサギの女の子は、小走りにちょこちょこと走っていた。
マリアと凪は、ウサギの女の子の後を追っていた。
小さなウサギの女の子は、身長が30㎝も無いだろう。
そんな小さな生き物を追いかけるマリアと凪は、少し前かがみになっていて、周りから見たら不審人物に見えていたかもしれない。
何をしているのだろうかと、不思議そうに見る人は、一人や二人ではなかったが、マリアは、絶対にウサギの女の子から目を離さないようにしていた。
ウサギの女の子は、階段に向かっていた。
階段に着くと、ピョンピョン跳ねながら階段を下りて、踊り場を曲がった。
そして、そこから2階へ下りる階段には向かわず、そのまま壁に向かって行った。
ウサギの女の子が近づいた壁際には、渦巻き状に歪んでいる空間があった。
ウサギの女の子が入れるくらいの小さな歪みだった。
「あれが入り口だ。」
凪が言った途端、ウサギの女の子は、渦巻き状に歪んでいる空間に、ピョンと跳ねて飛び込んだ。
「消える前に入れ!」
凪は叫ぶが、マリアの速度は遅くなった。
大きさが違い過ぎて、入れるとは思えなかった。
だが、マリア達が近づくと、渦巻き状の歪みは大きくなった。
「行くぞ。」
躊躇うマリアの背中に腕を回し、凪はマリアを歪んだ空間の中へと促した。
「………。」
「………。」
渦巻き状に歪んだ空間の中に入ると、マリア達は、すぐに新たな場所に出ていた。
振り向いても、そこに渦巻き状に歪んだ空間は無かった。
「走れ!」
「……っ!」
マリアは凪の声にハッとして、走るスピードを上げた。
ウサギの女の子は、もうずいぶん先を走っていた。
歩幅が違うので、見失いはしなかったが、幾つもの角を曲がった。
そこに建ち並んでいる建物が、何の建物なのかは分からなかった。
分かることがあるとしたら、あちら側と呼ばれる妖の世界は、マリア達が暮らしている世界と、あまり変わりがないということ。
ただし、文明は大昔のまま、止まってしまっているかのようだった。
建物は木造のモノしかないし、電信柱も信号も見当たらなかった。
電灯の代わりに提灯がぶら下がっていた。
そもそも電気が通っていないのかもしれなかった。
しかし、妖たちの中には、真新しいデザインの服を着てるモノが居た。
着物姿のモノも居れば、洋装姿のモノも居る。
煙草を咥えているモノ、葉巻を咥えているモノ、パイプを咥えているモノ、キセルを咥えているモノ———と、たばこ一つにしても様々だった。
生きている人間ではないかと思うほど、人に近い姿の妖も居れば、動物の姿でありながら、人のように二足歩行をしている妖もいた。
とても小さな妖も居れば、物凄く大きな妖も居る。
七曜神楽の際、黒石神社に現れた妖たちが、ごく一部であることが分かった。
「………。」
「………。」
マリアと凪は、物陰に隠れて、妖の世界の様子を窺っていた。
目の前には、妖たちで賑わう大通りがあった。
マリア達をここまで連れて来てくれたウサギの女の子は、たくさんの妖たちの中に入ってしまい、見失ってしまった。
ここに入って来てしまった奨くんも、妖たちの姿に驚いて、身を隠してくれていたらいいと、マリアは願わずにはいられなかった。
「………。」
自分だったら、どこに隠れるだろうかと、マリアは考えてみた。
たくさんの妖たちから離れたところ。
妖があまり来ないだろうと、思われるところ。
すっぽりと体が入って隠れられるところ。
帰ろうとして、来た道を戻ることも考えた。
だが、あの狭い道では、妖に出くわしてしまったら、逃げ場がない。
実際、マリア達がここまでくる間に、奨くんに出会わなかったので、戻ったと考えるのは、難しかった。
「やっぱり、ここから離れていて、あまり妖が近づかない小屋の中……とか。」
マリアの呟きに、凪が答えた。
「なるほど。探してみよう。絶対にわたしから離れるなよ。」
マリアと凪の、奨くん捜索が始まった。