#5 妖とあちら側
妖は、基本、人間を食べたりしないらしい。
何かしらの突起した能力がある人間以外は、全然、美味しそうには見えないからだと、凪は言った。
逆を言えば、何かしらの突起した能力がある人間は、美味しそうに見える———ということになる。
つまり、奇才を持つ宮司と、次期宮司となる者は、妖には美味しそうに見えるというわけだ。
「超常現象的な事件というものには、必ずと言ってもいいほど妖が絡んでいる。“あちら側”というのもそうだ。そういう事件に宮司を関わらせるわけにはいかない。」
「だから、わたし?」
マリアは、男の子が消えてしまったショッピングモールへ、警察の榊原の車で向かいながら、警察がマリアに捜査依頼をする理由を、凪から説明されていた。
納得いかない言葉の羅列に、マリアは不満であることを隠さなかった。
しかし、そんなことで凪が揺らぐはずはない。
「宮司は忙しい。暇な次期宮司が依頼を受けるのは当然だ。」
凪は、問答無用でぴしゃりと言った。
七曜に与する神社は、妖を引き付ける役割を担い、超常現象的な事件捜査に協力をする代わりに、時折見せてしまう非現実的な行動や現象については、お咎め無しという免罪符を、警察からもらっているという。
・協力の要請は、事件現場の管轄内にある七曜に与する神社にする。
ただし、次期宮司が存在する神社に限る。
・管轄内にある七曜に与する神社に、次期宮司が、まだ居ない場合は、次期宮司が居る神社で、事件現場から一番近い神社に依頼する。
これが、警察が七曜に与する神社に捜査依頼をする上で、最低限守らなければならないルールなのだと、凪は説明した。
つまり、マリアが次期宮司になるまで、黒石神社の代わりに別の神社の次期宮司が、今回のような事件の捜査をしていた——ということ。
ならば、やらないわけにはいかないと、マリアは諦めるしかなかった。
「着きました。ここの3階です。」
榊原の車が、男の子が消えたショッピングモールに到着した。
車を降りたマリアと凪は、榊原の案内で、男の子が消えた現場へと向かった。
エレベーターに乗り、3階で降りる。
「………。」
マリアは、榊原から貰った写真を見た。
梅田 奨くん 4歳
今年5歳になるという奨くんは、少しやんちゃな感じがする男の子だった。
ついさっきまで一緒に居たのに、突然に居なくなってしまった我が子を、母親はきっと凄く心配しているに違いない。
目を離してしまった自分の責任だと、自分を責めているかもしれない。
マリアは、親ではないので、親としての気持ちはよくわからないが、もしも消えてしまったのがアルフだったらと思えば、心配で堪らない気持ちは分かった。
『時間との勝負です。時間が経てば経つほど、連れ戻すのは難しくなります。』
そう言って、榊原は、今すぐにでも———と、マリアと凪をここへ連れて来た。
凪も、捜査は早い方が良いと、賛成した。
“あちら側”は、決して安全な場所ではないのだと言う。
『行くならば、今日だ。』
凪が決定を下した。
「母親がここのお店を覗いている時に、奨くんは、小走りでこっちに向かってます。」
3階にあるスリーコインズショップの前で榊原は言った。
マリア達は、奨くんが向かった方へ歩き出した。
「………。」
マリアは、榊原に見せてもらった映像を思い出していた。
奨くんは、小さな何かを追いかけて、小走りになっていた。
小さな何か……
ネズミだろうか?
「ここです。ここで奨くんは消えています。」
榊原が立ち止まったのは、ゲームセンターの手前にあるATMを、少し通り過ぎた場所。
通り沿いの洋服店は、改装中だった。
お店の周りには、緑色のシートがぐるりと掛けられている。
立ち入り禁止を示す三角コーンが幾つも並んでいた。
お店の前には他に何も置いてないし、わざわざ近づく人も居なかった。
しかし、奨くんは、確かに、そのお店の前で消えていたので、マリアと凪は、何度もお店の前を行ったり来たりした。
「ここに入り口があったのは、確かだな。」
立ち止まった凪が、ぽつりと言った。