#33 合同調査で得たこと
「うわっ!何なんですか?何なんですか?」
ネズミ男が作ってくれた入り口のお陰で、マリア達はこちら側に戻って来ることが出来た。
出て来た先は、入った場所と同じ、雑居ビルの前だった。
何も無いところから次々とマリア達が現れるのを見ていた小松は、腰を抜かしていた。
「こ、子供です…、が、外国人です。か、か、柿坂さん、外国人の子供が、こ、こんなにたくさん……、こ、これって…、これって……」
外国人の子供を見たことが無いの?———と、突っ込みたくなるような驚き方だった。
「ご心配をおかけしました。柳梗平さんの事件、解決しました。もう大丈夫です。原因は処理してきました。」
小金井佑介は、帰りをずっと待っていた柿坂に、礼儀正しく報告をした。
柿坂は、小金井佑介の報告を聞いて、嬉しそうに言った。
「ご苦労様でした。皆さん、ご無事で良かった。本当に良かったです。柳君は榊原が病院まで送りました。今回も何事も無く無事に終わって良かったです。本当にありがとうございました。報告書は、後日、出来ましたら、ご連絡ください。こちらから伺わせていただきます。皆さんも、ご苦労様でした。車で送ります…。えっと…、全員を一度には無理ですが……」
余りの嬉しさに、人数が増えていることを失念していて、気付いた柿坂は、うろたえた。
増えているのが全員、外国人であることには一切触れず、疑問に思っている様子も無かった。
「大丈夫です。わたし達はわたし達で帰れますので、小金井くんたちを送ってください。お気遣い、ありがとうございます。お疲れさまでした。気にせずに行ってください。わたし達は、その後、すぐに帰りますので。」
マリアは、柿坂の申し出を丁重に断った。
今から車で送ってもらうより、凪に乗って帰った方が断然に早いからだ。
だが、それを言うつもりは無かった。
そして、柿坂は理由に見当が付いているようだった。
「そうですか?じゃあ、小金井君たちは、車へ。小松!車だ!ぼーっとしているな!では、月城さん、皆さん、お気をつけて。おやすみなさい。」
柿坂は、小金井佑介と沙也を車へと促し、未だパニックから立ち直れていない小松に渇を入れた。
「はい。ありがとうございます。おやすみなさい。小金井くん、沙也さん、お疲れさまでした。おやすみなさい。」
マリアは小金井佑介と沙也にも挨拶をした。
「今日は本当にありがとうございました。おやすみなさい。」
沙也は、マリアと凪、B・B達に向けて、丁寧に頭を下げた。
小金井佑介は、凪の正面に立ち、頭を下げた。
「今回のご協力、本当にありがとうございました。」
そして、マリアを見て、言った。
「次からは、佑介でいいから。お疲れ。おやすみ。」
言った後は、プイッとそっぽを向いて、柿坂の車へ向かってしまった。
「沙也、行くぞ。」
「はい。」と言って、小金井佑介の後を追った沙也は、とびっきりの笑顔だった。
「ツンデレ?」
「違いますよ!」
車のドアを開けて待っていた柿坂はニヤニヤしていて、小金井佑介は、真っ赤な顔をして言い返していた。
「じゃあ、わたし達も帰りましょう。」
小金井佑介と沙也を乗せた車が見えなくなるまで見送ってから、マリアは言った。
なにはともあれ、無事に終わった。
「わたし達は先に戻っている。」
「じゃあね、マリア。」
「先に帰って待っているよ。」
「気をつけて帰って来なよね。」
マリアは、大きな白い狐の姿になった凪の背に、B・B達も一緒に乗って帰るものと思っていたのだが、B・B達は、あっさり言って、あっという間に姿を消してしまった。
「………。」
残されたマリアは、凪と二人きりになってしまったことに気付いて不安になった。
凪の怒りが、もう収まっているのか、分からなかった。
「何をぼーっとしている。帰るぞ。」
マリアの背に、凪が声を掛けた。
凪は、もう大きな狐の姿になっていて、マリアが背に乗るのを待っていた。
「あ、うん。帰ろう。」
マリアは、恐る恐る凪の背に乗った。
マリアが背に乗ったのを確認すると、凪は地面を蹴って、空高く跳ね上がり、我が家に向かって空を翔けた。
「………。」
「………。」
マリアは何も言わなかった。
凪も何も言わなかった。
だが、凪の背に掴まり、風を受け、過ぎ去る景色を眺めているうちに、凪は、もう怒っていないのだと、マリアは思った。
『お前は、わたしを心配するが、お前の方が、わたしを心配させているんだ。二度とするな。わたしを置いて行くなど、二度と許さない。』
あれが、凪の怒りの全てだったのだろう。
理由がなんであれ、置いて行ったことを怒っていた。
もう置いて行かない。
凪が居なくても、どうにかなるとは、もう思わない。
それよりも、やるべきことを見つけた。
「強くなるからね。もっともっと、戦えるようになるから……。」
マリアの小さな呟きに、凪も呟くように応えた。
「ほどほどでいい。無理はするな……。」
「うん……。」
マリアは、凪の背に顔をうずめた。
今回の合同調査で、マリアは色々なことを知った。
文化祭であった生意気そうで感じの悪い男の子が、金石神社の次期宮司だと知った。
マリアよりも年下なのに、すでに次期宮司としての役目を果たしていた。
神使は不死ではないことを知った。
沙也が神使になる前、金石神社の神使が亡くなっていた。
凪も、死ぬことがあるということだ。
しかし、それを心配して、凪を庇えるほど、今のマリアに発揮できる奇才は無い。
だからこそ、必要だと思った。
奇才を磨くこと。
奇才以外の力を身に付けること。
妖というモノ達を知ること。
七曜のこと。
七曜に与する神社のこと。
やらなければいけないことが、いっぱいだ。
だが、得たものもあった。
B・B達と、力を合わせて戦うことが出来た。
信頼関係はあると、確信できた。
金石神社の次期宮司である小金井佑介と、少しは打ち解けたのではないだろうか。
次に会った時は、「佑介くん」と、呼んでみよう。
「………。」
柳くんは、どうなるのだろう。
ふと、マリアは思った。
柳梗平は、お嬢の正体を、その目で見てはいない。
百合の花のようだとまで言っていたお嬢が、実は巨大なオオジョロウグモの妖だったと知らされて、実物も見ずに、それで諦めることは出来るのだろうか?
だからといって、あの姿を見せるべきだったとは思わない。
あの姿を見てしまったら、二度と立ち直れないかもしれない。
だから、どうすることも出来ない。
何も出来ない。
時間が解決してくれると信じるしかない。
マリアは、願うことしか出来ない自分を、無力だと思うのではなく、ヒトの力を信じているのだと、思うことにした。
「………。」
そして、いつの間にか眠っていた。




