#32 即席救助隊の結末
「おのれぇー!!!」
小金井佑介が思念で作り出した薙刀で、巨大なオオジョロウグモとなったお嬢の巨大な足を1本、半分から下の部分を祓って灰にしたことで、バランスが取りずらくなったオオジョロウグモは怒り狂い、地面が揺れるほどの迫力ある声を、辺りに響き渡らせた。
「……⁈」
「なに?」
凪と沙也は、妖の世に足を踏み入れた途端、聞こえて来た大声に驚いて、すぐに声が聞こえてきた方向に目を遣った。
うっそうと茂る森の中、木々の隙間から見えたのは、舞い上がっている土埃。
付近にある木々のあちらこちらに、蜘蛛の糸が張り巡らされていた。
ドッスーン!!!
「——!」
「——‼」
「!」
「!」
何かが地面を叩きつけている音と、誰かの叫ぶ声が、地響きと共に聞こえた。
凪と沙也は走り出した。
カエル男の首根っこなど、掴んでいる場合ではなかった。
「……っ!」
「………なっ!」
木々の間を走り抜け、見えた光景に驚いて、凪も沙也も、一瞬、息を止めた。
ドッスーン!!!
ドッスーン!!!
ドッスーン!!!
思っても居なかった大きさのオオジョロウグモに、マリア達が襲われている。
イヌワシのB・Bとカラスのクロが、目の前を飛び回り、必死に気を反らそうとしているようだが、オオジョロウグモの巨大な脚は不格好な動きで、不規則な攻撃をしてくるので、マリア達は、思うように攻撃できず、だたひたすら逃げ回っているだけだった。
「マリア!そっちはダメだ!」
「薙刀!下に向けるなよ!ぼくを殺す気か!」
「足、そっち向かってる!」
「邪魔だよ!早く行けよ!」
「弓引く暇がないのよ!どうにかしてよ!」
「蜘蛛の急所ってどこなんだよ!」
連携は取れていないが、上手い具合に逃げている。
文句を言いながら、バタバタと、まるで遊んでいるみたいに見えた。
「………。」
これが自分を置いて行った結果かと思うと、凪に怒りが湧いた。
「凪様、落ちついてください。」
沙也が慌ててしまうほどに、凪は怒りに満ちていた。
「いい加減にしろぉ!!!」
「ギャーッ!!!」
「……⁈」
「……⁈」
「……⁈」
「……⁈」
「……⁈」
「……⁈」
突如、現れた白い大きな狐が、オオジョロウグモに襲い掛かった。
オオジョロウグモも巨大ではあるが、大きな白い狐の前では、成す術も無かった。
大きな牙も爪も、狐の牙と爪には敵わなかった。
大きな狐の凪は、じたばたと動くオオジョロウグモの脚を一撃で砕き、体を踏みつけ動きを封じた。
そして、マリアと小金井佑介に向かって叫んだ。
「2人で祓え‼」
「うん!」
「はい!」
マリアは弓を、小金井佑介は薙刀を構え、オオジョロウグモに向けて光を放った。
2人の放った光は重なり、更なる扇状を作って大きくなり、オオジョロウグモの体を丸ごと全部、覆った。
「ギャア———ッ!!!」
オオジョロウグモの体から炎が上がり、断末魔の声が響いた。
「………。」
「………。」
マリアと小金井佑介は、オオジョロウグモが焼けて灰になるのを、呆然としたまま眺めていた。
あのままだったらダメだった。
倒せる状況にはならなかった。
「佑介さん!」
沙也が小金井佑介に抱きついた。
「よかった。怪我は無いですか?どこも痛くはないですか?」
「うん。大丈夫だよ……」
「………。」
沙也と小金井佑介の2人の様子を眺めていたマリアの前に、ヒトの姿に戻った凪が立った。
「………。」
気配に気づき、マリアは凪を見上げた。
凪は、怒った顔をしていた。
「お前は、わたしを心配するが、お前の方が、わたしを心配させているんだ。二度とするな。わたしを置いて行くなど、二度と許さない。」
「うん……ごめん……。」
マリアは、素直に謝った。
涙が出そうだった。
凪の身を案じても、凪の身を守ることなど、今のマリアには出来そうもなかった。
凪の手を借りなければ、何も出来ないことを、今、マリアは思い知ったところだった。
なにが、ちゃちゃっと祓ってくるだ。
身の程知らずもいいとこだ。
あのまま、凪が助けに来てくれなかったら、きっと全滅していた。
誰も助からなかった。
「ごめんなさい……。」
「あんま、怒るなよ。」
クロが、遠慮がちに助けに入った。
「ま、怪我はしていないわけだから、ね?」
「そうそう、無事であることがなりよりだよね。」
ヴィゼとノラも、マリアを庇って口を挟んだ。
「わたし達が、もっと役に立てれば良かった。すまない、マリア。今後は、もっと役に立てるように、力をつける努力をしよう。約束する。だから、もう自分を責めるな。」
B・Bは、マリアの傍へ行き、身を屈め、顔を覗き込み、慰めるように言った。
「うん。ありがとう、B・B。」
「………。」
途端、凪の眉間に皺が寄った。
「あの……、ありがとうございました。」
奥の方から声がした。
すっかり忘れていたが、ネズミ男の源治だった。
源治の隣には、ネズミ顔の女性が居て、2人の傍には。ネズミ顔の子供が3人居た。
「お嬢を倒してしまうなんてすごい!驚きました!家族は無事です!助けてくれて、本当にありがとうございました。お礼に人の世への入り口を作らせてください。」
この申し出はありがたかった。
オオジョロウグモとの命がけのドタバタで、帰りの入り口の事など、すっかり忘れてしまっていた。
カエル男の兄弟は、いつのまにか居なくなっていたので、ネズミ男が出て来てくれなかったら、せっかく生き延びても、帰ることが出来なかった。
「それはいい。大賛成だよ。」
ヴィゼが疲れ切った顔をして言った。
続けてノラも、両腕を上に伸ばしながら言う。
「早く帰ろう。もうこんなところはコリゴリだ。」
「ずっと走りっぱなしだったもんな。」
疲れた様子のヴィゼとノラを見て、クロはニヤニヤしながら言った。
「でも、気を引くように飛ぶのだって大変だったでしょ?」
「まぁね。でも、おれは元気だよ?」
マリアの言葉に気を良くして、クロは、ふふんと鼻を鳴らした。
B・Bは、クロを見て、笑いながら言った。
「クロは元気だけが取り柄だからね。」
「ひっでー、B・B。他にも取り柄はあるよ。」
「例えば?」
「たとえばぁ?」
B・Bの発言に、クロは頬を膨らませ、クロの反論に、ノラとヴィゼが揶揄して、みんなが笑い出した。
まるで、ピクニックの帰りみたいだ。
マリアは思った。
無事だったからだ。
誰も怪我をしなかったから、こんなに笑いながら帰ることが出来るのだ。
無謀な行動はもうしない。
思い付きで勝手に決めたりしない。
信じよう。
凪は強い。
凪は負けたりしない。
凪の足を引っ張らないように、もっと力をつけよう。
マリアは、B・Bがそう思ったように、もっと力をつけて、凪を、B・B達を、危険に晒さないようにしようと、強く心に思った。




