#31 神使の気概
神使とは、“神”に仕えるモノだ。
七曜に与する神社でも、神使が一番に重きを置く相手は“神”であり、“神”以外にはありえなかった。
しかし、今では、現の世に実体を持つ“神”は、もう居ない。
“神”は、ご神体よりこちらをご覧になっていらっしゃるが、こちらから“神”のお姿を拝見することなど出来ないし、それはありえないことだ。
強く思い焦がれて、尚、夢の中で、ようやく、なんとか、お会いすることが出来れば、奇跡に近い。
滅多なことでは手を出さず、ひたすらに見守っていてくださるのが、“神“なのだ。
地域が健全であるように。
人々が平和であるように。
自然が豊かであるように。
“神”は、今も祈り続けてくださっている。
神使は、神の代わりに、神社を守る役目を担う宮司に仕えることにした。
大切な“神”が奉られている、大切な居場所である神社を、神使は、宮司と共に守ることにした。
神の代わりに宮司を慕い、宮司を守ることにした。
神の為に、神社の為に、宮司の為に、生きることにした。
では、次期宮司は?
次期宮司とは、今の宮司の次に宮司となる者のこと。
次に宮司となるべく、奇才を持って生まれた者のこと。
神使が守るに相応しい者だ。
神使は不死ではない。
神使である時間が長ければ長いほど、体は大きく、能力も長けるが、老いることは無い。
身体の老いは、神使となった時点で止まるからだ。
存在としては、妖と同じであるのかもしれない。
だから、不老であっても、不死ではない。
致命傷を負えば、神使とはいえ、癒すことは出来ない。
実体を保つことが出来なければ、消えてしまう。
『現の世』からも、『妖の世』からも。
妖と違うのは、消えた後の魂の行方。
神使の魂は実体が消えた後、“神”の元へ逝くのだと言う。
ずっと慕い続けていた“神”の元へ逝くことを、神使は恐れていない。
神使が恐れているのは、守るべき宮司を、守るべき次期宮司を、失ってしまうことだけ。
それを、琴音は分かっていた。
『わたしはいやよ。凪が主を求めて、さ迷った挙句、妖になってしまうなんて………。———』
奇才を持つ宮司が居ない七曜の神社の末路は決まっていた。
結界を張れない。
邪気を祓えない。
妖が集まり、廃墟になる。
そこには、もう神使は居られない。
主を求めてさ迷い歩き、邪気に呑まれて、妖に変わってしまうのがオチだった。
妖になってしまった魂は、例え元神使の魂だったとしても、“神”の元へは逝くことは出来ない。
そうならないために、宮司を守る。
現宮司も、次期宮司も、守るのだ。
目の前で失うのは、恐ろしい。
しかし、もっと恐ろしいのは、自分の知らない場所で、目の届かない場所で、手の届かない所で、分かった時には失ってしまっていることだ。
何も出来ずに、守る事すら出来ずに、もしも失ってしまうことがあったなら、神使である自分を、きっと許すことは出来ないだろう。
今、マリアを失ってしまったら、琴音の顔を見ることが出来ない。
黒石神社へ帰ることが出来ない。
御弥之様のお傍へ行くことなど出来はしない。
だから、助けに行くのだ!
「………。」
凪は強く思い、そして、隣に立つ沙也を見た。
おそらくは沙也も、同じことを考え、同じことを思っているのだろう。
「………。」
沙也も、真剣なまなざしで、歪む空間を見詰めていた。
「出来ました……。」
カエル男はそう言い、首根っこを掴んでいる凪を見上げた。
目の前には、あちら側へと続く、渦巻き状に歪む空間が出来上がっていた。
「では、わたしたちは行きます。」
「はい。お気をつけて。」
振り向いて言った凪に、柿坂は答えた。
柿坂にも小松にも、渦巻き状に歪んだ空間は見えていなかった。
2人の目には、雑居ビルの間で、凪と沙也は、ただ立っていて、凪だけは、なぜか腕を前に突き出しているようにしか、見えていなかった。
そして、凪と沙也は、歩き出し、空気の中へと入って行くみたいに、ゆっくりと姿を消していった。
「なんですか?あれ?」
パニックになったのは、小松だ。
目の前で人が消えていくのを、初めて見たのだから仕方がない。
「あれは、超常現象だ。ああいうことが出来る人達にしか、解決できないことがある。我々に代わり、命を懸けてくれているんだ。実際に、命を落とした人も居るらしい。だからこそ、我々は、彼らに敬意を払い、感謝をしなければならない。子供だと侮っていたら、罰が当たるぞ。」
柿坂は、凪と沙也が消えた場所を見詰めながら、しみじみと語った。
「………。」
小松は、凪と沙也が消えた場所と柿坂を見て、自分の目と、柿坂の正気を、疑っていた。




