#30 凪の決心
「柳君、大丈夫?」
マリア達があちら側へ行ってから10分ほどで、柿坂たちは到着した。
柿坂と小松が一緒の車で、榊原は別の車で———と、柿坂たちは2台の車で到着した。
車から降りた柿坂は、その場に座り込んで呆然としている柳梗平を見つけて、声を掛けた。
「怪我は、擦り傷程度の小さなものだけですが、念のために消毒をお願いします。」
凪は、人の姿に戻り、カエル男を後ろ手にして、拘束していた。
「放せ!放せ!放せと言っている、この狐め!」
凪に捕まり、身動きの取れないカエル男の二郎は、じたばたともがき、騒いでいた。
柿坂たちには、全く見えていないし、聞こえていないが。
バトとドドは、もう帰った。
マリア達があちら側へ行った直後、凪に、「ここに居てもやることは無い。先に帰っていろ。」と、かなり切れ気味に言われ、ムッとしながらも、確かにすることは無いし、拗ねた凪を宥めるのも面倒臭いと思ったバトが、渋るドドを連れて、先に帰る判断をした。
「狐が先に帰れって言ったんだ。マリアにはそう言えばいいよ。」
バトとドドには、絶好の言い訳だった。
バトとドドが居なくなった後、柿坂たちを待っている間に、凪は少しずつ冷静さを取り戻していった。
「小金井くんと月城さんは?」
榊原が聞いた。
榊原たち警察の目には、現場に居るのは、凪と沙也と柳梗平だけ。
次期宮司の2人の姿が無いことを、榊原は不思議に思った。
「何かありましたか?」
柿坂は聞いた。
神使である2人が、次期宮司無しで行動するとは、とても思えなかったからだ。
「こんな時間に子供が出歩いているわけないじゃないですか。家で寝ているんでしょう?柳君、無事だったんだから、もういいんじゃないんですか。さっさと帰りましょうよ。」
夜中に無理やり駆り出された小松は、面倒臭いと思っていることを隠しもせずに、投げやりな言い方をした。
柿坂は怒り出し、小松の胸ぐらを掴んだ。
「お前は何もわかっていない!いままで何を聞いて来たんだ!彼らが次期宮司であるあの子達と別行動をすることは滅多にない!あるとしたら、予定外のことが起きた時だけなんだよ!」
「………。」
物凄い剣幕で怒鳴られた小松は、度肝を抜かれて黙ってしまった。
柿坂は、小松の胸ぐらを掴んだまま、榊原に指示を出した。
「柳君を病院へお願いします。わたしと小松は、ここで子供達の無事を確認してから戻ります。」
「わかりました。さぁ、柳君、行くよ。」
指示された榊原は、座り込んだままの柳梗平を立たせて、乗って来た車に乗せ、病院へ向かった。
柳梗平が問題なく病院に向かうのを見送った後、柿坂は掴んでいた小松の胸ぐらを放した。
そして、凪と沙也を見て言った。
「あの子達は、あちら側ですか?今から行くのですか?」
「はい。わたしが余計なことを話したせいで、置いて行かれてしまいました。」
「何を話されたんですか?」
沙也が聞いた。
沙也の目から見ても、マリアの判断は意外だった。
黒石神社には、凪以外にも、仕えているモノがいることは聞いていた。
でも、そのモノたちを呼び寄せたのは、凪と沙也を動けるようにする為だと思っていた。
なのに、マリアは凪も沙也も置いて行ってしまった。
「……。」
「もしかして、沙希さまの話をされたのですか?」
言うに言えない様子の凪を見て、沙也は察してしまった。
まさかそんな話をするとは思わなかったので、驚いた。
「すまない。まさか、マリアがそこまで気にするとは思わなかった、迂闊だった。わたしのミスだ。だからこそ、わたしは行って、伝えなければならない。君はどうする?」
「行きます!勿論です!」
凪と沙也は頷き合い、凪はカエル男の二郎の首根っこを掴んで、あちら側への入り口が現れた辺りに付き出した。
「………。」
「………?」
柿坂と小松の目には、凪がただ手を突き出したようにしか見えていなかった。
柿坂には、2人の行動の意味が理解出来ているが、小松には、2人が何をしているのか、さっぱりわからなかった。
「さぁ、入り口を作り出せ。早く戻らなければ、お前の弟もオオジョロウグモの餌になるぞ。」
「………。」
凪に吊るしあげられた二郎は考えた。
自分の身の安全だけを考えるように、常日頃から三郎には言い聞かせているが、果たして、それを実行することは出来るだろうか?
人間の子供相手なら、可能かもしれない。
でも、お嬢が相手だったら?
怒らせてしまったら、言い訳すら出来ない三郎を見て、お嬢はどう思う?
言葉を取り上げたことを思い出すだろうか?
いや、ない。
なぜ何も言わないと、ブチ切れるのがオチだ。
「弟のことも助けてください……。」
カエル男の二郎は、小さな声で呟いた。
「わかった。努力しよう。」
カエル男の二郎が、両手を前に突き出した。
目を瞑り、念じていた。
すると、雑居ビルの前の空間に、少しずつ渦巻き状の歪みが現れ出した。
勿論、柿坂と小松には、その変化も見えていなかった。




