#28 合流
「………ん?」
最初にあちら側へ入ったB・Bは、自分の居場所と目の前の状況を、まずは理解する必要があった。
場所は、森の中。
3メートルほど離れた場所には、先程まで居た場所にも居たカエル男とよく似たカエル男の首根っこを掴んでいる少年が居て、少年は薙刀を構えている。
薙刀の刃が向けられているのは、森の中になぜ居るのかと思うような線の細い少女。
一定の距離を保ち、2人は対峙している。
漂う空気は緊張していて、少年が少女を“牽制している”のが分かった。
「………。」
B・Bは、薙刀を持っている少年の気配が、少しマリアに似ているように感じた。
マリアに似ている気配———ということから、薙刀を持っている少年は、マリアが協力している金石神社の次期宮司だと判断した。
では、金石神社の次期宮司が、カエル男を盾にし、薙刀を向け、牽制している少女は、誰なのだろうか?
「あれ?主様、どうしたの?」
B・Bの次に入って来たノラが、立ち止まったままのB・Bを見て、聞いた。
ノラに首根っこを掴まれたネズミ男の源治は、小金井佑介が薙刀を向けている少女を見て、叫んだ。
「お嬢!」
「………。」
「へぇ…」
B・Bとノラは、少女を見た。
『お嬢』と呼ばれるに相応しい、可憐な少女のように見えた。
あれの正体が、何でも喰うオオジョロウグモだというのだから、B・Bもノラも驚いた。
ここまで化けることが出来るのだから、妖力は相当のモノなのだろうと、想像することが出来た。
「なんだよ。なんで止まってんだよ。」
続いて入って来たクロが文句を言った。
「こいつら、何やってんの?」
回り込んで様子を見ても、事態を理解することは無かった。
その次に入って来たのはマリアだった。
マリアは、目の前が渋滞していることに、まずは驚いた。
「何してんの?もうちょっと前に出て。ヴィゼも入って来るのよ。」
まったく何しているのよ———と、不満を口にしながら、目の前の渋滞を掻き分けて前に出て、ようやく事態を把握した。
小金井佑介が、お嬢と対峙している。
「小金井君!無事でよかった。」
マリアは、小金井佑介の傍に駆け寄った。
マリアの姿を見たお嬢の目が輝いた。
「2人も!次期宮司の子供が2人も居る!」
嬉々として声を上げ、ネズミ男の源治とカエル男の三郎を見て、言った。
「よくやったよ、源治、三郎!さぁ、ここに連れておいで。」
二人が首根っこを掴まれて動けないでいることには、全く気付いていないかのようだった。
「バカなの?ぼく達、その次期宮司を連れて帰る為に、ここに来ただけ。さぁ、帰ろう。」
最後に入って来たヴィゼが言った。
真っすぐに小金井佑介の傍へ行き、小金井佑介が掴んでいたカエル男を受け取った。
片手が空いた小金井佑介は、両手でしっかりと薙刀を構え直し、マリアを背に庇いながら、じりじりと入り口があった場所へと移動を始めた。
「もう一度、入り口作って。帰るよ。」
ノラが源治に言った。
「待ってください!わたしの家族はどうなりますか?」
ネズミ男は聞いた。
今、このまま次期宮司を帰してしまったら、捕らえられている家族の身が心配で堪らない。
不安な思いを胸に源治は、お嬢を窺い見た。
源治が自分を見たことに気付いて、お嬢は、白々しく哀しそうな顔を作って、言った。
「源治、お前の家族は、お前を信じて待っているのに、お前は会わずに行ってしまうの?わたしを裏切って行ってしまうの?もう、あの家族は必要ないの?」
言っていることも縋るようで、泣き落としに出たのかと思いきや、ネズミ男の源治は、途端、恐怖に慄き、震え出した。
「ダメです。このままでは、わたしの家族は殺されてしまいます。わたしの家族も助けてください。そうでなければ、わたしは入り口を作りません。わたしが入り口を作らなければ、あなた達はむこうに帰ることは出来ないのでしょう?だったら、お願いします。わたしの家族も助けて下さい。家族を助けてくれたなら、わたしもあなた達の為に入り口を作ります。約束します!」
ネズミ男の源治は、一気に捲し立てた。
必死さは伝わって来るが、それをするにはリスクが大き過ぎた。
相手は何でも喰らうオオジョロウグモ。
マリアと小金井佑介を食べるつもりでいる。
今までも、そうとう色々と喰って来ているに違いなかった。
お嬢の妖力の大きさが、それを物語っていた。
ネズミ男の家族は、おそらくオオジョロウグモの巣の中に居る。
助けるためには、オオジョロウグモの巣の中に入らなければならない。
狙われているマリアと小金井佑介を、そこへ行かせるのは危険だ。
「じゃあ、あんたが作って。」
ヴィゼは、捕まえているカエル男に言った。
入り口が作れるなら誰でもよかった。
「…ゲコッ」
カエル男の三郎は、返事の代わりに喉を鳴らしてそっぽを向いた。
「なっ!」
あからさまな拒否の態度に、ヴィゼはカッとなった。
「三郎は言葉を発しません、声をお嬢に差し出して、一生仕える約束をしています。お嬢を裏切って、あなた達の為に入り口を作ることは無いでしょう。」
ネズミ男の源治が、カエル男の二郎が喉を鳴らしただけで拒否の態度を取った理由を、説明した。
「むこうに居るの、あんたの兄弟じゃないの?」
ヴィゼは納得できなくて、再び聞いた。
「…ゲコッ」
カエル男の三郎は、再び喉を鳴らしてそっぽを向いた。
再度、ネズミ男の源治は説明した。
「無理ですよ。一緒に居ない時には、自分の身の安全だけを考えろと、兄の二郎に言われています。」
「お兄さんは話せるの?」
不思議に思ったノラが聞いた。
「はい。兄弟2人とも話せないのでは不便ですし、二郎は弟の三郎を守る為に、お嬢に仕える約束をしましたから。お嬢に仕えている限り、他から虐げられることはないですしね。」
「こっちの世界にもいろいろあるんだね。」
人の世でも、妖の世でも、生きて行くのは大変であることを、ノラはしみじみと感じた。
しかし、入り口を作ってくれるモノが居なければ、マリア達は帰ることが出来なかった。
「くすっ。」
途方に暮れたマリア達を見て、お嬢は笑った。
「お急ぎでなければ、どうぞ。何もご用意できませんが、少し休まれて行きませんか?」
余裕の笑みを浮かべ、どうぞこちらですと言わんばかりに片手を出して、マリア達を招いた。




