#24 命がけの攻防
《柳梗平くん、動きました。ネズミ男、迎えに居ています。カエル男2人の姿はありません。》
「………。」
沙也からの報告に、小金井佑介は顔を顰めた。
「何かあった?」
「………。」
様子を察したマリアと凪は、小金井佑介を窺った。
「柳が動いた。ネズミも来ている。でも、カエル2匹は来ていないらしい……。」
「向こうも、何か考えているんだろう。」
腑に落ちない様子の小金井佑介に、凪は言った。
必死なのは、おそらく、こちら側ばかりではない。
「気を引き締めて、こちらも到着に備えましょう。」
「はい。」
ここには居ない金石神社の神使・沙也に変わり、凪が小金井佑介をサポートした。
「ネズミは、柳を眠らせて、風呂敷に包んで背負っているそうです。」
報告から5分程で、ネズミ男は、ものすごいスピードで走って来た。
四つん這いになり、ネズミさながらの走りを見せている。
背中に風呂敷包みを背負っていた。
柳梗平を包んでいるにしては小さすぎるが、前回、柳梗平が乗っていたと思われる籠も小さかったので、きっと、あの風呂敷包みの中に、柳梗平はいるのだろう。
雑居ビルの前の空間が歪みだした。
「凪!」
「あぁ。」
マリアは、光で作った弓を構え、ネズミ男の足元を狙った。
凪は、大きな狐の姿に変わり、獲物を狙うように上体を低くして、ネズミ男を狙った。
「………。」
小金井佑介は歪みだした空間を見詰めた。
「佑介さん。」
空から舞い降りてきた白い鳩が、沙也の姿になった。
「カエル男は2人とも居ません。」
「あぁ、ここから現れて、俺たちの邪魔をするつもりなのかもしれない。注意しろ。」
「はい。」
小金井佑介と沙也は、マリアと凪がネズミ男と柳梗平を確保しようとしているのを横目に、あちら側から現れるだろうカエル男たちを警戒していた。
パシッ!
パシッ!
パシッ!
ネズミ男の足元を狙った矢を、ネズミ男は素早く避けていた。
スピードは落とさず、左へ右へと飛び跳ねて、矢を避けながら走っていた。
「……。」
マリアは、もっと狙いを細かく定める必要があると考えた。
狙うのは、飛び跳ねたネズミ男が着地する軸足。
パシッ!
「……っ!」
ネズミ男が、放たれた矢を避け、飛び跳ねた。
マリアは透かさず次の矢を放った。
パシッ!
「……うっ!」
着地したネズミ男の足先に矢が掠め、ネズミ男は体勢を崩して、転がった。
バタンッ!
ダンッ!
「……っ!」
一回転したネズミ男を、凪の大きな足が踏みつけて捕らえた。
「やった!」
小金井佑介が声を上げた。
マリアは急いでネズミ男に駆け寄り、風呂敷包の中を確認した。
柳梗平だった。
風呂敷包みの中では、小人のように小さくなっていたが、風呂敷包みを開いたと同時に、どんどん通常の大きさへと戻っていった。
柳梗平は眠っていた。
「危ない!」
沙也の声がした。
「………っ!」
見ると、雑居ビルの前には渦巻き状に歪んだ空間が出来上がっていて、そこからカエル男が1人、飛び出して来ていた。
狙っているのは、背を向けていた小金井佑介だった。
「危ない!」
沙也が小金井佑介を突き飛ばし、カエル男の直線状から外した。
「きゃあ!」
カエル男は、邪魔した沙也に飛びついて押し倒し、口から長い舌を伸ばした。
伸びた長い舌は、沙也に突き飛ばされた小金井佑介の体に巻き付いた。
カエル男は、長い舌に小金井佑介を巻き付けたまま、渦巻き状に歪む空間を目指して跳んだ。
「放せぇ!放せぇ!」
小金井佑介は、身をよじって抵抗しているが、舌を解くことは出来なかった。
「まずい!」
凪が叫んだ。
ネズミ男の加勢を許すわけにはいかず、凪は動くことが出来なかった。
長く大きな尻尾で払い落としたなら、小金井佑介も無事では済まないと思われた。
「止めなきゃ!」
マリアは、長い舌に狙いを定めて、弓を引いた。
ヒュッ!
「ギャー!」
光の矢で舌を千切られ、カエル男は悲鳴を上げた。
小金井佑介に巻き付いていた舌は、解けた。
しかし、空中を飛ばされている小金井佑介の体は、渦巻き状に歪んだ空間へと向かう軌道を変えなかった。
「佑介さん!」
沙也は白い鳩の姿になり、小金井佑介の救助に向かった。
同時に、渦巻き状に歪んでいる空間の中から、別の舌が伸びて来て、小金井佑介の体に巻き付いた。
「待って!」
沙也は、再び現れた舌に巻き付かれて、引っ張られている小金井佑介を追った。
「………。」
マリアは、再び、弓を構えたが、小金井佑介の周りを飛び回っている沙也に中ってしまいそうで、矢を放つことが出来なかった。
小金井佑介に巻き付いている舌は、沙也につつかれようとも放れず、小金井佑介を渦巻き状に歪んだ空間の中へと引き込んでいった。
マリアは、狙いを、歪んだ空間近くにある舌の一部に変更した。
しかし、舌を千切られたカエル男が飛び跳ねて、あちら側へと小金井佑介を引きこむ舌を、自身の体で守り始めた。
このまま連れて行かせるわけにはいかない!
マリアは、飛び跳ねるカエル男諸共、祓うつもりで、舌を狙い、矢を放とうとした————が、
ドンッ!
「っ⁈」
ヒュッ!
何かに押されて、的外れな場所に矢が飛んでしまった。
「これで彼女の病気は治るんだ!邪魔するな!」
柳梗平だった。
風呂敷包み中から出された柳梗平は、眠りから目を覚ましたらしい。
そして、現状を見て、カエル男を助けるべき動いたらしい。
「………。」
マリアは、忌々しい気持ちで、柳梗平を見た。
引っ叩いてやりたい衝動に駆られたマリアだったが、血色が悪く、まともに動けそうもない柳梗平の姿を、改めて見て、項垂れた。
そんな体になっても、助けたいと思ってしまうほど、洗脳されてしまっている柳梗平は、被害者なのだ。
この苛立ちを、何処に向ければいいのか、分からなかった。
「佑介さん‼」
小金井佑介は、渦巻き状に歪んだ空間の中に入ってしまった。
沙也は小金井佑介の後を追って、渦巻き状に歪んだ空間に向かって行った。
「沙也!もう1人のカエル男を捕まえろ!中へ行かせるな!」
凪が、沙也を止めた。
舌を千切られたカエル男も、渦巻き状に歪んだ空間の中に入ろうとしていた。
沙也は、渦巻き状に歪んだ空間へ向かうのを止め、カエル男を嘴で突き、両足で掴んで、別の方向へ放り投げた。
そして、再び、渦巻き状に歪んだ空間へ向かった。
「沙也、待て!1人ではダメだ!」
「凪様!早く助けに行かなくては!」
「分かっている。まずは、こいつらを一纏めにして見張る者が必要だ。警察に連絡して、柳梗平も保護してもらわなくては。役目を放棄して助けに行っても、小金井佑介は喜ばないぞ!」
凪に宥められて、沙也は仕方なく、後を追うのを止めた。
マリアは、急いで柿坂に連絡をした。
そして、B・B達に念を送った。
《B・B!みんなを連れて来て。手伝って欲しいの。時間が無いの。すぐに来て!》
渦巻き状に歪んでいた空間は、徐々に渦を巻かなくなり、そして、消えた。