#2 警察からの依頼
5月になり、新しい授業体制にも、マリアがだいぶ慣れてきた頃、警察の者と名乗る人物が、黒石神社を訪ねて来た。
「すみません。警察の者ですが、宮司にご相談がありまして。次期宮司の方ですね?宮司はいらっしゃいますか?」
巫女姿のマリアに声に掛けて来た男は、警察手帳を広げて見せながら言った。
広げた警察手帳の中には、警察のエンブレムと身分証があった。
警察庁
榊原 一秀
境内には、マリアの他に、新太とB・Bも居た。
しかし、榊原は、二人には声を掛けず、まっすぐにマリアへと向かって歩いて来て、声を掛けた。
次期宮司がマリアであることを知っていて、わざとマリアに話しかけて来たのだと、マリアは思った。
B・Bも、そのことに気付いて、榊原を、じっと見ていた。
「はい、おります。こちらです。」
マリアは、作り笑いを貼り付けて、榊原を社務所まで案内した。
「宮司、お客様です。」
社務所内の待合所で榊原を待たせて、マリアは、事務所の中に居た琴音に声を掛けた。
書類に何かを書いていた琴音は、書く手を止めてマリアを見た。
「お客?」
名前を言わず、“お客”と言ったマリアの言葉に、琴音は不思議そうな顔をして聞き返した。
「警察の方です。宮司に相談があるそうです。」
「ああ、そういうこと…。マリア、警察の方を自宅にご案内して。陽菜乃、悪いけど、先に上がらせてもらいますよ。」
琴音には、警察が訪ねて来る心当たりがあるのか、警察と聞き、驚くというよりも納得して、テキパキと指示を出した。
「はい。後はやっておきます。お疲れさまでした。」
陽菜乃は、残りの雑務を快く引き受けていた。
「………。」
琴音は目を瞑り、意識を集中している。
おそらく、凪に思念を送っている。
「失礼しました。」
マリアは、榊原が待つ待合所に戻り、琴音の指示通り、榊原を自宅に案内することにした。
「宮司の自宅へご案内します。どうぞ、こちらです。」
「あ、はい。お願いします。」
榊原は、マリアに軽く頭を下げて、マリアの後ろを歩き出した。
「おかえり、マリア。」
自宅に戻ると、既に戻って来ていた凪が、玄関で待っていた。
マリアに声を掛けた凪は、榊原を見て、軽い会釈をした。
「警察の方だそうですね。ご苦労様です。どうぞ、中へ。じき、宮司も参ります。」
玄関を開けて、榊原を家の中へと促す。
マリアも、榊原に続いて、家の中へ入った。
「……お茶です。」
茶の間にお茶を持って来たのは、ドドだった。
マリアと凪が並んで座り、向かい側に榊原は座っていた。
「ありがとう、ドド。」
「………。」
「あ、ありがとうございます。」
マリアはお礼を言い、凪は無言。
榊原は、恐縮しながらお礼を言った。
外国人の子供が持って来たことには、全く、触れなかった。
「………。」
「………。」
「………。」
沈黙が続いた。
耐え切れなくなったのは、マリアだった。
「あの、わたしが次期宮司だと、どうして知っていたんですか?」
「あぁ、それはですね、昨年の秋祭りに、イギリスから来たハーフのお孫さんが、七曜神楽を舞ったという報告がありまして……。」
マリアの質問に、榊原は言い難そうに答えた。
それはそうだろう。
報告があったという所までしか榊原は話さなかったが、その後に続く言葉は、『マリアのことを調べた。』なのだろうから。
「………。」
「………。」
「………。」
更に、重く息苦しい沈黙になってしまった。
「おやおや、何だい?随分と空気が重たいね。」
ガラリっと、戸が開いて琴音が入って来た。
よいしょ———と、琴音が座ると、ドドが琴音の分のお茶を持って来た。
「あぁ、ありがとうね、ドド。」
ドドにお礼を言い、ドドが持って来たお茶を啜って、改めて、榊原を見て、琴音は言った。
「警察の人だと聞いていますよ。初めまして、黒石神社の宮司、月城琴音です。」
榊原は、姿勢正しく座り直して、琴音に自分の名刺を差し出し、頭を下げた。
「警視庁の榊原です。今回、次期宮司であるマリア・月城・グレースさんに、捜査を依頼したく、伺わせていただきました。」