#18 阻止
「柳梗平が動きました。よろしくお願いします。」
小金井佑介が言った。
沙也から思念が送られて来たようだった。
「はい。いよいよですね。」
マリアは、深呼吸をした。
柳梗平が保護された日から8日目の今日。
予想通り、柳梗平は動いたらしい。
マリア達は、8日前に決めた通り、病院の消灯時間に合わせ、南区にある雑居ビルの前に集合した。
B・B達も一緒に行くと言っていたが、黒石神社から8人も行くわけにはいかないと、凪に止められた。
沙也からの報告では、時間で発動する術が掛けられていたらしく、午前2時22分になった直後から、柳梗平は動き出したという。
そして、時間に合わせ、妖が病院まで迎えに来ていたと言うのだ。
妖は3人。
3人とも和服姿で、1人は和傘、他2人は蓑と笠を被り、顔を見ることは出来なかった。
柳梗平に驚いている様子はなく、和傘を差した着物姿のやくざ風の男に迎えられて病院を出た。
病院を出たところで待っていたのは、籠だった。
柳梗平をのせた籠は、蓑と笠を被った2人の妖が運んだ。
籠とは思えない、物凄い速さで。
鳩の姿の沙也は、必死に羽ばたき、籠の後を追っていた。
「物凄い速さで、こっちに向かっているらしい。もうすぐ来るぞ。」
沙也の思念で状況を知った小金井佑介が、マリア達に伝えた。
病院を出てから、わずか数分ほどでの到着だ。
もう籠ではないだろうと、マリアは思った。
「視えた!」
凪が叫んだ。
「………。」
余りの速さで形が分からなかった。
しかし、矢のような速さで何かがこちらへ向かって来るのが分かった。
雑居ビルの入り口付近の空間に歪みが出来始めた。
あちら側への入り口となる為の、渦巻き状に空間が歪み始めた。
あのスピードのまま、あちら側に入られたら止めようがない!
体当たりをしたところで、弾かれるだけのような気がした。
「マリア!矢だ!矢を放て!」
「!!」
マリアは、凪の言葉に従い、念を込め、光で作った弓を引いた。
祓うのではなく、止める!
心の中で強く思い、迫り来る何かに、念で作った矢を放った。
バァンッ‼
真っすぐに飛んだ光の矢は、迫り来る何かにぶつかり、爆発音を立てて、その正体を明かした。
ゴロゴロと転がる3人の男。
和傘も笠も吹き飛び、顔が露わになっていた。
やくざ風の着物姿の男は、ネズミの顔をしていた。
蓑を被った2人の男は、黄緑色のカエルの顔だった。
「ひっ!」
思わず、マリアは声を上げた。
「くそっ!」
ネズミ男は悔しそうに顔を顰め、起き上がり、籠を見た。
「おい、大丈夫か?」
「ゲコ…、ゲコ……。」
カエルはカエルを心配している。
「いたたた……。何があったの?」
籠は一部が破壊された状態で倒れていて、何が起こったのか分からない様子の柳梗平が、体の大きさに見合わない籠の中から、這いずり出て来るところだった。
「おいっ!小僧を捕まえろ!」
ネズミ男は、カエル男2人に叫んだ。
カエル男2人は、慌てて柳梗平の元へ向かったが、空から舞い降りて来た一羽の鳩が少女の姿に変わり、柳梗平の腕を掴んで立ち上がらせると、小金井佑介の方へと引っ張って走った。
「何?何なの?何が起こったの?」
「いいから。こっちに来て。」
「あのヒト達はどうするの?捕まえる?」
柳梗平を保護出来たことを確認したマリアは、凪に聞いた。
柳梗平を奪われて呆然としているカエル男2人は、捕獲できそうだった。
「捕まえてどうする。置き場所などないぞ。」
確かにそうだった。
捕らえても、連れて行く場所が無かった。
「ぼうっとしているな!行くぞ!」
ネズミ男は叫んで、雑居ビル前に出来上がった渦巻き状に歪む空間の中へ飛び込んだ。
「待って!おい、大丈夫か?」
「ゲコゲコ……」
カエル男2人も、慌てて走り出し、渦巻き状に歪んでいる空間の中へ入った。
「なんで?この人たちに頼むんじゃないの?待って!ぼくも行くよ!離して!離せって!」
「ダメです!落ち着いてください!きゃあ!」
あちら側へ行こうとする柳梗平の腕を掴んで、懸命に引き留めていた沙也だったが、力では負けてしまい、突き飛ばされてしまった。
「沙也!」
突き飛ばされた沙也を見て、小金井佑介が柳梗平に体当たりをした。
倒れた柳梗平に、小金井佑介は跨り、全体重をかけて動けないようにした。
「柿坂さんに連絡!早くして!」
「あ、はい!」
マリアは急いで電話をした。
「なんでだよぉ!なんで止めるんだよぉ!」
歪んだ空間が消えてなくなるまで、柳梗平は抵抗を続けていた。