#15 南区にある雑居ビル
柳梗平が倒れていた南区の雑居ビルは、線路沿いにあった。
大きな道路ではなく、車2台が、なんとか通り過ぎることが出来るくらいの幅しかない通りに、雑居ビルはあった。
走る電車の中から、雑居ビルの入り口付近を見ることは出来そうだが、よっぽど目を凝らして見ようとしていない限り、柳梗平の姿を、それらしい人としても、「目撃した。」と、証言する人は居ないと思われた。
雑庫ビルがある通りは、事務所や倉庫ばかりで、夜に営業しているような店は無かった。
なので、柳梗平を、たまたま見掛けた人が居るとも思えなかった。
マリア達は、それぞれ雑居ビルの周辺を歩き、何か不審なものや不思議なものが無いかを調べた。
柳梗平が倒れていたという場所を念入りに、見て歩いたりもした。
そして、ここに『あちら側の入り口』が現れると、マリアは確信した。
5月の体験が、ここで役に立っていた。
「凪、ここに、あちら側の入り口が現れるとして、入り口は、日によっても、時間によっても、変わるんじゃないの?」
マリアは、凪に聞いた。
5月の捜査の時、マリアは、凪からそう聞いていたからだ。
『あちら側への入り口は、その時々で場所を変えるし、あちら側の住人でなければ出現させることは出来ない。』
「入り口を変えるのは、見つからないようにする為だ。人間が入って来ないように。だが。特定の人間を誘い込んだり、見つけて入って来るように仕向けているなら、同じ場所でなければ意味がない。今回の相手は厄介だぞ。あの少年が生きていたのが不思議なくらいだ。」
凪は嫌悪感を露わにした。
「じゃあ、8日後の夜中にここへ来た方が早くない?」
マリアは疑問に思い、小金井を見た。
「万が一のことも考えるべきだ。何も無ければそれでいいし、8日後の夜は、見張り以外、全員がここで待機。万が一、全員が揃わない状態でも、入り口が開いて、柳梗平があちら側へ行こうとしたなら、その場に居る者達全員で阻止する。妖が一緒に居たとしても、妖と対抗し、柳梗平を保護。なんとしても、柳梗平があちら側へ行くのを阻止するぞ。いいな。……凪様も、それでいいですよね?」
小金井は、マリアには強く言い、凪には丁寧に確認した。
マリアは、少し納得できなかった。
「でも、それだと、必ずしも解決したとは言えないわよね?柳くんを誘い出している妖が1人だとは限らないし、もしも、柳くんが自分の意志であちら側へ行っているなら、わたし達が阻止したぐらいでは諦めないと思う。妖だって方法を変えてくるかもしれない。次は、もっと強硬に連れて行こうとするかも。柳くんが拒否しない限りは解決しない気がする。それに、わたし達が阻止したことで、柳くん、次、あちら側へ行ってしまったら、もう戻って来られないかもしれない。」
「だが、今回は、阻止することに重きを置いた方が良い。」
凪がマリアを言い聞かせ始めた。
マリアの言い分は分かるが、今回は、小金井の方法に従うべきだと、凪は考えていた。
「今回で全てを解決させるのは無理だ。何しろ、情報が少なすぎる。あの少年を追ってあちら側へ行ったとしても、あちら側がどういう状況なのかが分からない。前と同じ場所に出るとは限らないんだ。危険すぎる。今回は、あの少年がどうやってここまで来て、ここで何が起こるのかを、確認するだけにしよう。今後のことは、その後で考えた方が良い。まずは、状況の確認だ。」
「さすがです。では、それでお願いします。柿坂さん、OKです。ぼく達の対応は決まりました。今夜から始めます。」
小金井は、マリアを完全に無視して、話を完結させた。