#13 柳梗平という少年
病室で待っていた柳梗平は、少しやつれていて、病弱そうに見える少年だった。
線が細く、色白というよりは、青褪めている。
運動は苦手だろうと、思われた。
いつも図書室にいるようなイメージだった。
太陽の下に居ると貧血で倒れてしまうのではないだろうか?
大声で笑う顔が想像できない。
うつろな目で、何を見て、何を考えているのか、マリアは心配になった。
「こんにちは、警察の者です。何度もすみませんね。少し話を聞かせてもらってもいいですか?」
柿坂は、警察手帳を見せ、病室に居た柳梗平の母親に許可を求めた。
「恐れ入りますが、こちらで少しお話を伺わせてください。」
そう言って、母親を病室から連れ出したのは、榊原だった。
柿坂は、母親が病室から出て行ったのを見届けてから、小金井とマリアに、もっと近づくようにと手招きした。
凪と、沙也は、マリアと小金井から少し離れた場所に居て、柳の様子を窺っていた。
「今日は、君と年の近い子を連れて来たんだ。君の話を聞かせてあげたくてね。」
「それで、お母さんを外に出したんですか?」
「心配を掛けたくなかったんだよ。もう何度も話を聞かされているだろうからね。」
柿坂は、優しそうな笑みを浮かべて話をしているが、柳は、柿坂のことも、小松のことも、信じていないみたいだった。
突然にやって来た、小金井佑介とマリアのことも、正直、正体不明の得体のしれないヤツだと、思っているに違いない。
「わかりました。」
疑うような目で小金井とマリアを見た後、柳は、うんざりしたように溜息を吐いた。
「何度も話していますけど、ぼくは何も覚えていないんです。夜、いつも通りにベッドに入って寝たはずなのに、気付いた時には病院に居るんです。南区の雑居ビルの前で倒れていたって聞いています。でも、行った覚えはないし、行かなければならない心当たりもありません。ぼくは夢遊病なのかもしれません。」
特別、緊張した風でも無く、柳は、淡々と話していた。
柳が倒れていた雑居ビルは、柳の自宅からは8㎞以上も離れていて、歩いて行くにはかなりの距離があった。
自ら望んで歩く距離だろうかと考えると、不自然な距離だった。
夜中にパジャマ姿で歩いている少年が居たなら、誰かしら声を掛けるのでないだろうか?
声を掛けないにしても、警察に通報するのではないだろうか?
しかし、誰も通報していないし、目撃者も現れていないらしい。
誰も見ていないのは不自然?
夜中だから不自然ではない?
いや、彼自身が、何も覚えていないことが不自然なのだ。
誰にも気付かれずに、柳くんが寝ている間に誰かが来て、柳くんを連れ去る?
誰にも気付かれずに、寝ている間に誰かが柳くんを迎えに来て、柳くんは一緒に出掛けていて……、でも、全部、忘れてしまう?
寝ていると、柳くんは誰かに呼ばれて、無意識のうちに1人で8㎞以上も歩いて雑居ビルまで行ってしまう?
どれも、明らかに超常現象だ。
そして、どれも何らかの仕掛けを施されているはずだった。
それは、ここに居る———と、場所を教える印だったり、時間が来ると、こうしなさい———と、命令する術だったり……。
どちらにしても、事前に、直接、会って施さなければならないものだ。
何の目的で、どうして、彼なのか……
わからないことが多すぎた。
「ここひと月以内に、不思議だなって思う人に会わなかった?」
小金井が聞いた。
「不思議な人?」
柳は、首を傾げた。
小金井は、説明を加えた。
「そう。ちょっと不思議な感じがするなって思った人とか、今までに会ったことがない雰囲気を漂わせている人。そうだな……、綺麗だなって思った人とか、いいなって思った人でもいいよ。また会いたいって思った人、居ない?」
「それって、女の人ってこと?」
柳は、再び、首を傾げた。
「いないと、思うけど……」
記憶を辿っているが、それらしい人物に思い当たらない様子だった。
「また来るよ。それまでに、ゆっくりと思い返してみて。きっと、記憶の隅の方に居ると思うから。ね?」
小金井は、話を切り上げて、柿坂を見た。
これ以上は、話を聞いても無駄だと、判断したらしい。
小金井と目が合った柿坂は、小松に目配せした。
小松は頷き、すぐに携帯電話を取り出し、どこかに連絡した。
「では、わたしたちはこれで失礼します。また来ますね。お体、お大事になさってください。」
柿坂は、再び柳に微笑み、病室を後にした。
軽く頭を下げるマリアと小金井に、柳も軽く頭を下げた。
マリア達が居る間、柳は一度も笑わなかった。
だが、マリア達が病室を出た後、ドアが閉まる直前、柳が少しだけ笑ったのを、マリアは見た。
「………。」
ぞわりと、嫌な感じがした。