#11 合同捜査協力依頼
7月に入り、梅雨もそろそろ終わりだと、テレビの天気予報でも言われるようになった。
相変わらず、雨の日は多いし、相変わらず、ジメジメとした日ばかりだが、マリアは、梅雨の時期である今しか見られない日本の風景を楽しむよう、心掛けることにした。
このままでは日本の梅雨を嫌いになってしまう。
この先もずっと日本で暮らして行くつもりのマリアは、日本の梅雨も好きにならなければいけないと、思うようになった。
まず、“雨”を憂鬱なものとして見るのではなく、“風情あるもの”として見るよう、心掛けた。
しとしとと降る雨に濡れるあじさいを見たり、カエルやかたつむりを観察したりした。
雨を降らす空を眺めたり、雨に打たれる葉っぱや水たまりを、眺めたりもした。
「ドドって、アマガエルじゃ無かったよね?」
神社の境内の隅で、飛び跳ねた黄緑色のアマガエルを見つけて、マリアは聞いた。
マリアの記憶では、ドドは茶色いカエルだった。
「ぼくはヒキガエルだよ。」
ドドは、ちょっと残念そうだった。
マリアが知らなかったからなのか、アマガエルの方が良かったと思っているからなのかは分からないが、他の4人に比べて、地味で醜いと思っているのは、確かだった。
前ほどではないが、ドドが他の4人よりも下に見ていることを、マリアは感じ取っていた。
「ドドにはドドの良い所があるんだから、ちゃんと自信もっていいんだよ。」
マリアは、ドドの頭を撫でながら、にっこりと微笑んだ。
そして、「例えばどこ?」と聞かれる前に、その場を去った。
「マリア、またあの男が来ている。」
土曜日の午後、境内に入って来た榊原に気付いたB・Bが、マリアに近付き囁いた。
榊原は、前回と同じく黒っぽいスーツ姿で、普通のサラリーマンとあまり変わらない雰囲気を出していた。
榊原は、前回同様、まっすぐにマリアに向かって歩いて来て、マリアを見て言った。
「今回は、二度目ですので、直接、依頼をさせていただきたく、伺いました。お時間、いただけますか?」
瞬時に動いたのは、バトだった。
パタパタとコウモリの姿で、凪の所へ向かった。
「警察がまた来た!マリアにまた捜査の依頼みたいだ。」
本殿の外で騒ぐバトに気付き、凪はすぐにマリアの所へ向かった。
「あの…、依頼というのは、その…、また、事件の…って、ことですか?」
マリアは、のらりくらりと対応していた。
もう二度と報告書など書きたくないと思っているのに、依頼など受けてしまったら、また書く羽目になる。
報告書のことを考えると、依頼内容など、本音を言えば聞きたくなかった。
出来れば、このまま何も話さないで帰ってくれないかな……
無謀な願いまで抱いてしまった。
「お待たせしました、どうぞ。自宅でお話は伺わせていただきます。」
凪が何事も無かったように現れ、榊原を促した。
なぜ、凪が来たのか———と、驚くマリアを、凪は何も言わず、冷ややかな目で見下ろした。
その目を見て、マリアは項垂れた。
七曜に与する神社は、妖を引き付ける役割を担い、超常現象的な事件捜査に協力をする。
その代わり、時折見せてしまう非現実的な行動や現象については、“お咎め無し”という免罪符を、警察からもらっている。
警察からの依頼を断るということは、黒石神社の恥だと、凪が思っているのが分かった。
だめだ……
また報告書だ……
マリアは、絶望的な気持ちになった。
「今回の依頼は、金石神社との合同捜査協力の依頼です。金石神社の次期宮司の許可は、既にもらっています。」
榊原は、そう言って、マリアに依頼書を渡した。
本来ならば、今日の料理当番はノラとクロで、お茶を運んで来るのは、そのどちらかなのだが、違う外国人の子供が運んだのでは、いろいろと不味いのではないか?——と、気をまわしたノラが、急遽、ドドを呼び寄せ、ドドに運ばせた。
「………。」
マリアは、お茶を運んできたのがドドだったことに、少し驚きはしたものの、榊原が言った“合同捜査協力”という言葉の方が気になり、依頼書を見た。
柳 梗平 17歳
県立工業高校3年生
成績:普通
性格:大人しく穏やか
素行:問題なし
授業態度はまじめで、友人関係も良好、教師からの受けもいい。
問題を抱えている様子は無かった。
2週間前の木曜日の早朝、自宅から8km以上も離れた南区にある雑居ビルの前で倒れているのを発見された。
本人は、深夜の外出も、なぜ倒れていたのかも、全く覚えていないと証言した。
外傷も無く、被害届も出されなかった為、捜査はされなかった。
しかし、先週の金曜日早朝、同じ南区の同じ雑居ビル前で倒れているのを発見され、保護された。
前回同様、外傷も無く、被害届も出されなかった為、またしても捜査は見送られた。
そして、本日、土曜日早朝、同じく南区の雑居ビル前で倒れているところを発見され、保護された。
これにより、8日周期で、繰り返されていることが判明。
警察は、本格的な捜査を開始すると、決定した。
薬物を投与された形跡も、血液を抜き取られた痕跡も無し。
病気やケガも発見されなかった。
ただ無気力化が増している。
顔色は悪く、ぼうっとしている時間が多い。
食欲も無く、活力も無い。
そこで、超常現象によるものと判断し、七曜に与する神社に事件解決の依頼をするに至った。
本日、南区の病院にいる金石神社の次期宮司と合流し、柳梗平と面会、事情を聴取。
その後、倒れているのが発見された雑居ビル前で、現場検証。
そして、対応を検討していただきたい。
以上。
「………。」
マリアが受け取った依頼書は、これからの今日のスケジュールまで入った依頼書だった。