第6話 迷惑探偵ジル
「何事だ!」
上級者クラスで乗馬を楽しんでいたジルが、騒動を聞きつけてこちらへ来てしまった。
それを見て、リリスはうんざりとした。また騒動が大きくなる気がしたからだった。
「またお前か、女!」
端正ではあるが、いかついその顔を歪ませる。
「ごきげんよう、ジル。なんでもございませんわ。少し馬が暴れただけですわ」
シャーロットは馬から降りて挨拶をする。シャーロットもジルが関与すると面倒なことになると理解して、早々に話を終わらせようとする。それなのに、厄介なことにカトリーヌは横から口を挟んで火に油を注ぐ。
「リリスさんが馬を暴れさせてしまい、シャーロット様の馬にぶつかりそうになったのでございます。リリスさんのせいでシャーロット様が怪我をするところでしたわ」
事実は事実なのだけれど、なんでこのややこし王子に言うのよ。シャーロット様が、軽く収めようとしてくれていたのに。リリスはそう、心の中で毒づきながらも黙っていた。
「馬が? ……だから女を馬に乗せるのは反対なのだ。馬の重要性をわからんから、そんなことになるのだ。情けない」
ジルはため息交じりに、眉間に皺を寄せる。
今回の件はリリスの馬が暴れてしまった。なぜそうなったのかはリリスには心当たりがなかったが、リリスの馬が何らかの理由で暴れてしまった。その原因がリリスに無いとは言い切れない。そのため、リリスはカトリーヌとジルの言葉を黙って聞いているしか無かった。
「恐れながら殿下、馬が暴れたのは、何者かに石をぶつけられたからでございます」
黙っているリリスの代わりにマリウスが事の真相をジルに告げた。
「証拠があって、そのような事を言っているのか、小さき従者よ」
マリウスは馬が暴れたあたりにしゃがみ込むと、そこからコブシほどの大きさの石を持って来た。
手入れの行き届いたこの学院の馬場には、決して無いものである。
「これが飛んで行ったのを見ました」
「こんな馬鹿なことをする人間が、この国の貴族にいると言うのか⁉ 誰だ!」
自分から名乗るようならそんな事はしない。少しは頭を使ってください脳筋王子。リリスはそんな本心を隠しながら、無駄な詮索を止めるようにジルに話しかける。
「殿下(軍事力)、おそらくどなたかが何かの拍子に手が滑っただけでしょう。幸いシャーロット様(小麦)も気にする事はないとおっしゃっています」
「俺に犯人探しをやめろと、そう言っているのか?」
ジルがリリスに迫る。
どうせ、犯人は特定できないし、本人は少し意地悪をしたつもりなのに、こんなに大事になって青ざめているでしょうから、もういいでしょう。これ以上は時間の無駄よ。まあ、それを説明してもこの人、逆上して余計に暴走するに決まっているのでしょうね。そんなことはジルに言えるはずもなく、リリスはただニッコリと笑いかける。
「わたくしもそれが、よろしいかと存じます」
ジルとリリスの二人がにらみ合っているのを見て、シャーロットが助け船を出してくれた。
「ふん! まあいい、何かあれば俺に言えロッティ」
そうシャーロットを愛称で呼ぶとジルは、嵐のように去って行った。
「ありがとうございます。シャーロット様(小麦)」
リリスはジルを見送るシャーロットへ頭を下げる。
面倒くさい嵐をうまくやり過ごしていただいて、ありがとうございます。そう、リリスは心の中で別のお礼を言いながら。
「あなたのためではなくてよ。あのままですと、ジルが犯人の首を切りかねませんからね。私もそんな事は本意ではございませんわ。まあ、あの人は昔から周りのことなど関係なく、自分の正義でしか動きませんからね」
「シャーロット様(小麦)は殿下(軍事力)とは昔から……」
「ええ、もうかれこれ十年になるかしらね」
そう言ってシャーロットは遠い目となる。
リリスはあの唯我独尊王子も、幼馴染みの四大貴族の一人には素直になるものだと、感心していた。
その後はさすがに大きな障害も無く、つつがなく授業は終わったのだった。
穏便に事を済ませようとしているところに、無駄に突っ込んでくる迷惑なジル。