第49話 ファーストキス
マリウスは右手をハシームに左手はリリスの胸から放たれる光にかざしていた。リリスの胸に埋め込まれている賢者の石の魔力を左手で取り出し、マリウスの身体を通して右手からハシームに魔力を送り込んでいた。
何か非常に大事な事をしている。鈍感なジルでさえ、それは分かった。そしてジルは自然と自分も力になりたいと思った。
「チビ、俺も手伝えることはあるか?」
「儂の合図でナイフを引き抜いてくれ」
そう言って指示を出す間に、マリウスはどんどんと年を取っていき、その姿はすでに五十才を過ぎていた。賢者の石の魔力だけで無く、自分自身の魔力を乗せて送る。これ以上、賢者の石から魔力を送れば、リリスの生命を維持するだけの魔力がなくなってしまう。そこまで魔力を送った後、マリウスはハシームに声をかけた。
「ハシーム、魔力は十分だろう。ナイフを一気に抜くから傷を塞げ。いいか?」
ハシームは目をとじたまま、小さく頷く。
「ジル。いいか?」
「わ、わかった」
「二人ともいいか? いち、にの、さん、今じゃ!」
マリウスの合図に、ジルがナイフを一気に引き抜くと血が噴き出した。
「きゃ!」
それを見て思わずリリスが悲鳴を上げた。
マリウスは冷静に傷を押さえて止血すると、肉と肉がくっつき、傷口が塞がりはじめた。
「これで大丈夫なのか?」
ジルは不思議そうにハシームの様子を見ていると、まだ魔力を送っているマリウスは首を横に振る。
「まだじゃ。表面的な傷を塞いだだけじゃから、これからは安静にして栄養と魔力の補充をしてやらんと、安心はできん。じゃが、とりあえず山は越したはずじゃ」
「良かった……」
マリウスの言葉を聞いたリリスは、気が抜けたのか、倒れそうになる。それをジルが支えた。太く、たくましく、頼りになる男性の腕の中に収まったリリスはジルにお礼を言おうとする。
「ありがと……」
お礼の途中で力尽き、リリスは気を失ってしまった。
その体は軽い。ジルであれば片手で十分持てるだろう。リリス本人も自分の身体を鶏ガラと言うほど痩せている。
ジルはそんなリリスの身体を大事そうに両手で抱きかかえる。
「おい、チビ。いや、ジジイ。リリスは大丈夫なのか?」
ジルは気を失ってしまったリリスを見て心配になる。
その様子を見た老人の姿のマリウスは心の中でニヤリと笑う。
「いかんのう。魔力を使いすぎじゃ」
「なに⁉ どうすれば良い⁉」
「なあに、簡単なことじゃよ。魔力を使ったんじゃ、魔力を補充してやれば良い」
「どうすれば補充できる?」
ジルはリリスを抱きかかえたまま、マリウスに詰め寄る。ジルは心配だった。ハシームを助けてリリスが倒れてしまっては本末転倒では無いか。俺はリリスを助けに来たのだぞ。そんな思いがジルの顔に出ていた。
マリウスはそんなジルに解決策を提案した。
「キスじゃ」
「へ?」
「キスをするんじゃ。それもただのキスではない。リリスの事を愛する気持ちを込めてキスをするんじゃ。そうすれば愛は魔力に変換されて補充されるじゃろう」
本当は一連の事件の緊張と魔力の使いすぎで一時的に眠っているだけで、しばらくすれば目を覚ますはずだ。
しかし、それでは面白くない。
リリスに恋愛の進展が見込めないなら、相手から距離をつめさせれば良い。
ハシームはマリウスと同じ魔法使い。
カイルは論外。
ならば、多少なりともリリスに好意を持っているジルならば、リリスの気持ちにも変化が生まれるかもしれない。マリウスはそんな思惑の元、ジルに嘘をついた。
そのジルはじっとリリスの唇を見ていた。
いつも口紅ひとつ、つけていない小さく可憐な唇。
「どのくらいキスすればいいのだ?」
「思う存分、好きなだけしてください。遠慮無く。さあ、人助けだと思って一気にやってください。早く! 手遅れになってしまいますぞ」
そう、早くしないとリリスが目覚めて、せっかくのチャンスが無くなってしまう。マリウスは煮え切らないジルにいらだちを感じて急かす。
「わ、わかった。そうだな。人助けだな。よし!」
人助けだと自分に言い訳するように口に出して確認する。
そして、意を決したジルはリリスと唇を重ねる。
ただ、唇と唇を重ねるだけの不器用で純情なキス。
マリウスは心の中でガッツポーズをする。しかし、ここですぐに離してしまっては、ジルの気持ちの変化が少ないかも知れない。できる限り長く、出来ればリリスが目覚めるまでキスをしていてくれると理想的だ。そう考えたマリウスはダメ押しをする。
「あなたの愛の長さがキスの長さですからね。さっさと離したりしないでくださいよ。なるべく長く! あなたのリリスに対する気持ちはそんなものではないでしょう」
ジルはマリウスの言葉にキスをしながら、律儀に頷く。
どのくらい、キスをしていただろうか。ジルのファーストキッスの時間はある女性の声で終わりを告げた。
マリウス最低と言うお言葉をいただきたい




