第48話 誘拐犯
「ハシーム王子(羊毛)! なんでここに?」
そこには異国の王子ハシームがいた。
銀色の髪に浅黒く引き締まった体つき、リリスよりも頭ひとつ背の高いその姿は見間違いようがなかった。
ハシームも共犯⁉ そう思ったリリスは動きを止めてしまった。
「危ない!」
ハシームはリリスの肩を掴み、体を入れ替えながらかばう。
ドスン。
体と体がぶつかりあう音が小さな部屋に響く。
その衝撃でリリスは廊下に弾き飛ばされて尻餅をつく。ハシームはリリスを守るように覆い被さった。
「大丈夫ですか?」
ハシームはその整った顔をゆがめて脂汗を流しながら、それでいて、無理に笑顔を作りながら、自分の下にいるリリスを気遣う。
「わたしは大丈夫……え!」
リリスは返事をしようとすると、暖かい血がリリスの服にしたたる。リリスに痛みはない。血の元はハシームだった。ハシームの脇腹にナイフが刺さっていた。そこを中心に真っ赤な血が広がる。
「リリス! 無事か⁉」
呆然とするリリスは声の方向を見ると、ジルとマリウスが走ってきているのが見えた。
「なんでジル様(軍事)が⁉ わ、わたしは大丈夫! それよりもハシーム王子(羊毛)を!」
しかし、ジルはリリスの無事を確認すると、ハシームを無視して犯人に怒鳴りつける。
「カイル! 貴様は何をしている!」
ジルの幼馴染みの一人であるカイル。リリスの目から見ると海産物や塩の人。三大貴族の一人。それがリリスを誘拐した犯人だった。
爽やかな笑顔がチャームポイントだったのだが、そんな笑顔はどこに行ったのか、カイルは手についた血をじっと見たまま呆けていた。
「ぼ、ぼくは……」
ジルの怒鳴り声にカイルは少しずつ正気を取り戻してきた。
「ぼくは、君のために……」
「俺のためとはどういうことだ! 俺にも分かるように説明しろ!」
ジルはカイルの襟を両手で掴むと壁に押しつける。
「く、苦しい」
「ふざけるな! 俺はそんなことを聞いているんじゃない!」
カイルの言葉にジルはますます締め上げる。
「ジル様(軍事)。そんなことよりもハシーム王子(羊毛)を……」
リリスが涙声でジルに助けを呼ぶ。
背中に深く突き刺さったナイフ。力なく息絶え絶えで倒れているハシーム。なんとか血を止めようとするリリスとマリウス。
「リリス……もう、いい」
「諦めないでください! 助かります。助けます。だから、少し黙っていてください!」
「いいんだ。ぼくは……もう、二百年も生きたから……最後に……君を助けられて……良かった」
十代の若々しい体が、どんどん年老いていく。しわくちゃの顔。その美しかった銀髪は白髪に近くなると、リリスはその姿に見覚えがあった。
ジルと言い合いになった日の朝に、リリスが助けた老人だった。
「なぜ……どうして、わたしなんかを……マリウス様! どうか、助けてください!」
「お前も魔法使いか。たかだか二百歳の若造が諦めるのはまだ早いぞ。しっかりせい」
マリウスはハシームの頬を叩き、意識を取り戻させる。
「お前も魔法使いなら、自分で傷口くらい塞げるだろう。肉体変化が使えるのならば」
「傷を塞ぐほど魔力が……足りない」
「魔力なら送ってやる。リリス、手伝え」
「はい! どうすれば良いですか?」
「服を脱げ。賢者の石の魔力を借りる」
「はい!」
リリスはマリウスの言葉に何の迷いもなく、上半身裸になる。
形は良いが、ささやかな胸の中心に、こぶし大の醜い傷跡があらわになる。
「醜い」
その姿を見たカイルがつぶやく。
「黙れ!」
ジルは力任せに殴りつけると、カイルは気を失って倒れてしまった。
あの姿のどこが醜いと言うのだ。真正面から受けたであろう傷。ジルにはその傷から強い意志を感じる。リリスのその性格そのもののように。
そして今、その傷は柔らかな光を放っていた。
犯人が当たっていた人、感想欄に挙手願います!




