第40話 ジルの訪問
夕方、ジルの従者グイドはリリスの家のドアを乱暴にノックしていた。
「おい、誰かいないか?」
しばらくすると、恐る恐るリリスのメイド、クロエが顔を出した。
「……グイド様、どうかなさいましたか? きゃっ!」
少し開いたドアをジルが強引に開いて、中に入ろうとする。クロエの制止などする暇も与えずに。
「リリスの具合はどうだ?」
「殿下、おまちください。お嬢様は今、眠っておいでです。お静かに願います」
すでに玄関まで入り込んだ二人を追い返すことを諦めて、クロエは二人を家に招きいれることにした。
「それで、どうなのだ?」
ジルは勧められる前にリビングの椅子にどかっと座りながらクロエに尋ねた。クロエはひとつ息を吸い込むと落ち着いた様子で答えた。
「もうしばらくは学院を欠席させていただきます」
「そんなに悪いのか‼ 医者には診せたのか? いや、あいつ自身、医療の心得があったな。そうだ、すこしは話ができるか?」
そう言いながらも、了解を得るつもりが無いように立ち上がって、奥の部屋に行こうとする。それを遮るようにクロエはジルの前に立つ。
「殿下、お待ちください。お嬢様はたった今、眠ったところでございます。何とぞ安静にさせていただけないでしょうか?」
「どけ、一目見たら引き上げる」
ジルは立ちはだかるクロエを強引に横に押しのける。メイドのクロエに戦士であるジルを止める術はなかった。しかし、クロエにもメイドとしての意地がある。ジルに向かって叫ぶ。
「ジル様! おやめください!」
しかしジルが、たかだかメイドの意見を聞くわけがなかった。
クロエをグイドに押さえさせて、リリスの部屋のドアを勝手に開けた。
質素な部屋にはあふれんばかりの大量の本が本棚に積まれていた。そして机にノートが整理されておかれており、刺繍途中のハンカチが置かれていた。
そして、部屋の端には無人のベッドが置かれていた。
「……おい、これはどういうことだ。リリスはどこにいる」
「そ、それは……」
「どこにいると聞いている! それにいつも一緒にいるあのチビも見当たらないが、二人でどこかに行っているのか?」
「……」
クロエは下を向いてきつく口をつぐんだ。何もしゃべるまいと。
「おい! この俺が聞いているのだぞ! 答えろ!」
いらだちを含んだ低く厳ついジルの声。兵士であってもひるみ上がるジルの声を聞きながらも、メイド服の端をぎゅっと握りしめて何も言わないと耐えるクロエ。
その姿がジルを一層イラただせる。
なおも追求しようとするジルの後ろから一人の少年が声を掛ける。
「殿下、落ち着いてください。うちのメイドがおびえています。クロエ、ご苦労だった。あとは儂……いや、私が説明させていただきます。クロエ、殿下にお茶を入れてくれ」
疲れた顔をしたマリウスがジルを居間へ案内して一息つく。
「おい、チビ。どういうことだ。リリスはどこにいる。なぜ部屋にいない? これはどういうことだ」
ジルはまっすぐ一直線に質問する。ごまかしや嘘を許さない。そういった意思を込めて。
その質問に対してマリウスは深々と頭を下げた。
「殿下! どうか力をお貸しください」
その姿に驚いたのはクロエだった。
数百年を生き、世界中を旅した知識の魔法使い。リリスはもちろん、その父親ロランド子爵にも頭を下げた所を見たことがなかった。そもそも、リリスもロランド子爵もマリウスに敬意を持って接して、決して高圧的に忠誠を誓わせているわけではなかった。リリス達とマリウスは対等な立場、いやマリウスに教えを請う関係だった。
マリウスにとって身分などというものは意味を持たない。なにかあれば、またどこか遠くへ旅に出るだけだった。
そのマリウスがジルに頭を下げて、助けを求めていた。その姿を見て、それほど状況が悪いのだとクロエは理解した。
その真剣な空気はジルも感じ取ったようで、静かに口を開いた。
「詳しく話せ」
流石ジル様、強引さだけはピカイチです




