14.北にお迎え 南部の誇り
折り重なるように次々に迫る魔法。
高度に芸術的でさえある連携。
煌々と燃える火の玉や颯々と音を上げて迫る風の刃、地鳴りと鳴らし襲い掛かる地面、濁流と化し全てを飲みこむ水流。
それらをおれは全て防ぎ切った。
攻撃が止むと拍手された。城の主、フル・スターン・ロー公爵だ。
「我が魔導師団をもってしても、一歩も動かせぬとは見事だ」
工房都市アルアンツを一望する崖を改造した城。
その崖からせり出した石の展望台。
楽団が演奏を始めた。
「フル公、魔導学院学生たちの保護ありがとうございました」
おれは学院の先輩たちを迎えに来た。
そこでおれの正体を明かしたところ誰も信じてくれなかった。そこでフル公が余興を提案した。
「王国史上初。『星章』を魔導連盟から授与されることになった君の実力が見られてよかったよ」
これからいよいよ魔法省が創設される。
それは新たな魔法力、魔法技術の運用体制が始まることを意味する。
魔導軍再編計画、すなわち駐屯魔導士団の設立。
全魔導士のライセンス制。
魔導連盟の世界基準に基づく魔法力の新たな評価。
新技術の管理と権利の保障。
やることは山積みだ。
これからも四大貴族の一角にして魔導士や魔法工学に精通するフル公の協力は不可欠だ。
おれは固く握手を交わした。
その様子を彼の娘がじっと見ていた。
金髪と金眼。城のお姫様らしく華やかなドレスを着ている。
「では約束通り、娘を頼むよ」
◇
先輩たちを迎えに行って戻ってきてすぐのこと。
おれとシスティーナは久しぶりに二人で安食堂に来ていた。
王宮に閉じ込めておくのも限界だったし、『懲罰会』とのひと騒動が治まったからだ。
「それで? ロイドはロー家の令嬢をどうしたの?」
「紅月隊の入隊試験に申し込ませただけです。どうせ落ちると思ったので」
例によっておれの従士希望者となった。
だがお城でドレス着て過保護に育てされたお姫様に騎士は無理だ。
そう思った。
「その口ぶりだと落ちなかったのね」
「天才らしいです」
「あの家系はそうなのよ」
「確かに」
目の前にもスターン一族の血統を引く天才がいる。システィーナは11歳にして周囲の人間を動かす力がある。それは学院において平民であった期間、目の当たりにした。
「それで? 彼女はどうなの?」
「ですから、天才らしいですよ」
「そうじゃなくて。かわいいでしょう」
「なんだか怒ってます?」
「別に!」
その様子を見ていた常連さんたちがざわつく。
「なんだケンカか?」
「仲がいいねぇ」
「でもよ。ロイド君ってあれかもだろ? ってことはシスちゃんも」
「魔法を使うロイドとシスといえばやっぱり」
「いやいや、本物だったらこんな場末の食堂に来ねぇだろ!」
何だがよく聞こえないがヒソヒソ噂されている。
早くご機嫌を取らないと。
「姫の方がかわいいですよ」
「でも彼女の方がスタイルがいいわ」
「大人になれば姫の方が美人になります」
「なんだか私が不機嫌だからよくわからないけど褒めておこうとか考えてない?」
こうなると彼女は手ごわい。嘘を言っても無駄だ。
「でも美人になると思っているのは本当です」
たまに夢にシスティーナが成長した姿が出てくる。
記憶の整理など必要ないので脳が暇つぶしに無意識な予測をしているのかもしれない。
それによれば彼女の美貌は約束されている。
「んもー、ロイドはおだて上手なんだから」
「おだてたつもりはないです」
「夢で私を見るのね。ふーん」
システィーナはすぐに機嫌を直した。
正直なところ、フル公の娘、ナタリアはシスティーナにそっくりである。歳も一つしか違わない。
まるで姉妹だ。
ただしシスティーナの方がお姉さんっぽい。
とても精神が大人びている。
そう思っていたが、目の前の女の子を見るに彼女も普通に女の子。
ちょっと背伸びをしているだけなんだな。
「姫はませてますね」
「あなたにだけは言われたくないわ」
話題を変えて、彼女に駐屯魔導士団の制服のデザインについて意見を聞いたりしているとご機嫌になっていった。
頼られるのがうれしいようだ。
別におべっかではない。
おれはその辺のセンスが欠落しているのだ。
なにせ前世ではファッションに気を遣うことなどなかった。いつもスーツだったし。
この世界の流行やおしゃれは厳しく、素人が手を出せるものではないから考えてこなかった。
未知の領域だ。
それは他の魔導技研メンバーも同様だ。
エリン室長からして、おしゃれの対局にあるような人だからな。
長々とシスティーナと話し込んでいると、外が騒がしくなった。
店の中にいてもひしひしと伝わる気配。
それが店に近づいてくる。
親父さんも気が付いて裏から出てきた。
その気配は店の前で止まり、扉が開いた。
「グハハ!! なんじゃ、本当に居るではないか!!」
エシュロン侯だ。
「エシュロン……」
「……誰かと思えば戦場から逃げた腰抜けか」
一触即発。
元軍人の親父さんはエシュロン侯と顔見知りのようだな。前に南部兵が遠征してきたときも『教官』と呼ばれていたし。
「フン。ここはおれの店だ。文句があるなら帰れ」
「貴様ごときに用は無い。用があるのはそこにいるロイド侯じゃ」
「まぁまぁ、ここは南部人の憩いの場なんですから。それに親父さんの料理を食べれば誇りをもって仕事をしているとわかるはずです」
そう言うとエシュロンはおれたちのテーブルに座った。
親父さんが黙って料理を出し、エシュロンも黙って皿を口に流し込んだ。
「ロイド侯。ワシは南部兵の装備を改めたい。魔法武器・防具の質でも王国一を目指す。協力してくれんか?」
「はい。ぜひ」
立ち込めていた重い空気が軽くなった。
親父さんは何も言わず奥に引っ込んだ。
でも、今のやり取りで十分伝わったのだろう。エシュロンもまた南部の誇りを護ろうとしていることを。




