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3.視察 偽りだらけの村

 

 足場の悪い獣道を愛馬タイタニック号で駆ける。



 崩壊した石積みと、木の柵の残骸の先に、農耕地が開けてきた。



 そこにいたのは農民たち。

 彼らを見れば、ここがどういう土地なのかよくわかる。



 皆日焼けし、痩せて、年寄りばかりだ。

 ただ、鋭い目つきをしている。



 老人たちが指を差している。

 道筋とは違うが、意図はわかった。



 おれはタイタニック号を走らせ、その方向へと向かった。




 鳥の鳴き声と木が折れるメキメキという音が森中で響いている。


 それに、熊の鳴き声が聞こえる。



 生い茂る木々をタイタニック号で進むのはあきらめ、降りた時だった。



 木々をなぎ倒し、熊が姿を現した。


 想定の数倍大きく、一歩ごとに土が舞い、地面が揺れる。



「大熊主だな」


 魔獣ではないが狂獣。



「ロイド卿! もう来られないのかとばかり。それにお一人なのかな?」

「すいません。道中問題があり、遅れました」



 領主ベリアム男爵とは一度顔を合わせたことがある程度。

 夫人とは初めてだ。ベリアム男爵夫人は笑顔でおれを迎え入れてくれた。


「まぁ、こんな田舎によくお越しくださいました! ロイド卿の噂は田舎にも届いておりますのよ! さぁ、まずは身体を温めになって。お茶はお好き?」



 視察先はエリン室長が選んだ。

 ここは四方を深い森と山で囲まれ、都市から離れている。

 だが、王国屈指の長い歴史を持つ地域だ。

 おれは道中あったことなどを説明した。



「しかし、あの……なぜあの熊がここに?」

「もう、あなた! まずお客様をお部屋にご案内しないと! すいませんねぇ。夫は男爵とは名ばかりでして」

「あ、ああ……これは失礼。妻には敵わないものでして」


 部屋に通された。

 夫人は眼を閉じたまま慣れた手つきでお茶を淹れてくれた。


「ありがとうございます。とてもおいしいですね」

「なんでも自分でやらないと気が済まないの」

「ところで熊が村を護っているんですか?」

「この村の男衆たちが出払ってまして」

「失礼ですが駐屯騎士団や魔導士は?」

「実は……」



 彼は駐屯騎士団を周辺領主に貸し出してしまっていた。

 魔獣の被害が多い地域へ派遣させていたのだ。

 善意だとしたらお人好し過ぎる。


 彼自身、魔法力は無く、魔導士もいない。

 だから頼れるのは普段いる男衆たちだけだという。


 嘘だな。


「なぜうそを付くんですか?」

「はい?」

「優秀な魔導士が何人もいるではないですか」



 使用人や馬の世話役、農民になりきっている。


「すまないが少しロイド卿と二人にしてくれ」

「はい。ロイド卿、あまり夫をいじめないで下さい」

「とんでもない」


 夫人が部屋を出る。



「なるほど。あなたに隠し事は無意味なようだ」



 ベリアム男爵は地方の実態を赤裸々に告白した。



 魔法力が遺伝せず、領主としての体面と役目を担えなくなった時、貴族としてあり続けるには政略婚か、魔導士を雇うしかない。


「だが本物と呼べる魔導士は案外少ない。本物は位が高過ぎて男爵位では相手にもされない。こんな僻地に来てくれる魔導士などそもそもいない。ならできることは一つだ」



 どこにも所属していない魔導士を雇うしかない。



「魔導士を買ったんですね」

「そう。だが誓って不当な扱いはしていない。あまり口外されては困るが、この家が魔法力を失ったのはずっと昔のことで、魔導士を雇う習慣も今に始まったことではないんだ」

「なるほど、わかりました。正直にお話しくださりありがとうございます。ではご意見を伺いたいのですが」



 おれは魔導軍再編に伴う『駐屯魔導士団』について、ベリアムに意見を聞いた。



 賛成か反対か。



「つまり、私が買った彼らは正式な軍に組み込まれ、そのままここを護るために働けるということですね?」

「えぇ。ただし、あなたがすでに行っているように、より被害の多い地域へ派遣されることもあり得ます」

「それを決めるのは」

「四大貴族。ここならブルボン家です」



 本当は中央で一括管理にするというのがエリン室長の考えだった。



 だが、それだと戦力を巻き上げられると貴族の反乱になりかねない。



「私は大歓迎だよ。不安定な体面維持のために、彼ら魔導士にふさわしくない生活を余儀なくされている。それが心苦しくて仕方なかった」

「実質的に領地防衛に関わることが無くなれば、統治者としての威厳を保つことが難しくなると思いますが、それについては?」

「そこは領主の才覚次第でしょう。人が従う力にもいろいろありますから」

「そうですね。いろいろありますよね」



 おれはベリアム男爵の歓待を受けた。

 

「あなた、ロイド卿を独り占めしないで。お話が聞きたいわ。王女様を救った話だとか」

「すいません。妻はおしゃべりが好きでして」

「そんなこと無いわ。あなたの話がいつも退屈なの! ごめんなさい、きっと夫はお役に立たなかったでしょう? この人、人がいいばかりで全く貴族らしくないんです」

「そんなことはありません。男爵の決断力には目を見張るものがあります」

「あら、すごいわ! ロイド卿に褒められて! 良かったわね、あなた!」


 ごくありふれた、仲睦まじい家庭。

 そう見えた。


 使用人たちから発せられるおれへの敵意さえなければ。

 翌朝、おれは村を後にした。




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