3.視察 偽りだらけの村
足場の悪い獣道を愛馬タイタニック号で駆ける。
崩壊した石積みと、木の柵の残骸の先に、農耕地が開けてきた。
そこにいたのは農民たち。
彼らを見れば、ここがどういう土地なのかよくわかる。
皆日焼けし、痩せて、年寄りばかりだ。
ただ、鋭い目つきをしている。
老人たちが指を差している。
道筋とは違うが、意図はわかった。
おれはタイタニック号を走らせ、その方向へと向かった。
鳥の鳴き声と木が折れるメキメキという音が森中で響いている。
それに、熊の鳴き声が聞こえる。
生い茂る木々をタイタニック号で進むのはあきらめ、降りた時だった。
木々をなぎ倒し、熊が姿を現した。
想定の数倍大きく、一歩ごとに土が舞い、地面が揺れる。
「大熊主だな」
魔獣ではないが狂獣。
◇
「ロイド卿! もう来られないのかとばかり。それにお一人なのかな?」
「すいません。道中問題があり、遅れました」
領主ベリアム男爵とは一度顔を合わせたことがある程度。
夫人とは初めてだ。ベリアム男爵夫人は笑顔でおれを迎え入れてくれた。
「まぁ、こんな田舎によくお越しくださいました! ロイド卿の噂は田舎にも届いておりますのよ! さぁ、まずは身体を温めになって。お茶はお好き?」
視察先はエリン室長が選んだ。
ここは四方を深い森と山で囲まれ、都市から離れている。
だが、王国屈指の長い歴史を持つ地域だ。
おれは道中あったことなどを説明した。
「しかし、あの……なぜあの熊がここに?」
「もう、あなた! まずお客様をお部屋にご案内しないと! すいませんねぇ。夫は男爵とは名ばかりでして」
「あ、ああ……これは失礼。妻には敵わないものでして」
部屋に通された。
夫人は眼を閉じたまま慣れた手つきでお茶を淹れてくれた。
「ありがとうございます。とてもおいしいですね」
「なんでも自分でやらないと気が済まないの」
「ところで熊が村を護っているんですか?」
「この村の男衆たちが出払ってまして」
「失礼ですが駐屯騎士団や魔導士は?」
「実は……」
彼は駐屯騎士団を周辺領主に貸し出してしまっていた。
魔獣の被害が多い地域へ派遣させていたのだ。
善意だとしたらお人好し過ぎる。
彼自身、魔法力は無く、魔導士もいない。
だから頼れるのは普段いる男衆たちだけだという。
嘘だな。
「なぜうそを付くんですか?」
「はい?」
「優秀な魔導士が何人もいるではないですか」
使用人や馬の世話役、農民になりきっている。
「すまないが少しロイド卿と二人にしてくれ」
「はい。ロイド卿、あまり夫をいじめないで下さい」
「とんでもない」
夫人が部屋を出る。
「なるほど。あなたに隠し事は無意味なようだ」
ベリアム男爵は地方の実態を赤裸々に告白した。
魔法力が遺伝せず、領主としての体面と役目を担えなくなった時、貴族としてあり続けるには政略婚か、魔導士を雇うしかない。
「だが本物と呼べる魔導士は案外少ない。本物は位が高過ぎて男爵位では相手にもされない。こんな僻地に来てくれる魔導士などそもそもいない。ならできることは一つだ」
どこにも所属していない魔導士を雇うしかない。
「魔導士を買ったんですね」
「そう。だが誓って不当な扱いはしていない。あまり口外されては困るが、この家が魔法力を失ったのはずっと昔のことで、魔導士を雇う習慣も今に始まったことではないんだ」
「なるほど、わかりました。正直にお話しくださりありがとうございます。ではご意見を伺いたいのですが」
おれは魔導軍再編に伴う『駐屯魔導士団』について、ベリアムに意見を聞いた。
賛成か反対か。
「つまり、私が買った彼らは正式な軍に組み込まれ、そのままここを護るために働けるということですね?」
「えぇ。ただし、あなたがすでに行っているように、より被害の多い地域へ派遣されることもあり得ます」
「それを決めるのは」
「四大貴族。ここならブルボン家です」
本当は中央で一括管理にするというのがエリン室長の考えだった。
だが、それだと戦力を巻き上げられると貴族の反乱になりかねない。
「私は大歓迎だよ。不安定な体面維持のために、彼ら魔導士にふさわしくない生活を余儀なくされている。それが心苦しくて仕方なかった」
「実質的に領地防衛に関わることが無くなれば、統治者としての威厳を保つことが難しくなると思いますが、それについては?」
「そこは領主の才覚次第でしょう。人が従う力にもいろいろありますから」
「そうですね。いろいろありますよね」
おれはベリアム男爵の歓待を受けた。
「あなた、ロイド卿を独り占めしないで。お話が聞きたいわ。王女様を救った話だとか」
「すいません。妻はおしゃべりが好きでして」
「そんなこと無いわ。あなたの話がいつも退屈なの! ごめんなさい、きっと夫はお役に立たなかったでしょう? この人、人がいいばかりで全く貴族らしくないんです」
「そんなことはありません。男爵の決断力には目を見張るものがあります」
「あら、すごいわ! ロイド卿に褒められて! 良かったわね、あなた!」
ごくありふれた、仲睦まじい家庭。
そう見えた。
使用人たちから発せられるおれへの敵意さえなければ。
翌朝、おれは村を後にした。




