2.内務省の闇
何度目かの御前会議。
荒ぶる内務大臣と予算を盾に脅しをかける財務長官の動きに陰りが見えた。
「どういうことだ!? 軍務局長!! 貴様、寝返ったのか!!」
「人聞きが悪い。私はここまで来たらもはや結果を見て判断するのが合理的だと考えるだけだ。その方が返って、物事の是非が早く明らかになるだろう」
この時すでに各省庁に情報を小出しにしていくことで根回しは済ませていた。
孤立した内務大臣と財務長官。
だが、彼らの反発は治まらなかった。
◇
魔導技研で持ち上がった『魔導軍再編計画』。
現在貴族が保有する魔法戦力には偏りがあり、不当な扱いを受ける魔導士が大勢いる。
王国全体の魔法戦力の把握から、より魔獣災害の多い土地への配備を可能にする『駐屯魔導士団』へ、バラバラの魔導士たちを統括する枠組みを新設することになった。
そこで地方の実態を調査することになった。
もちろん、調査に赴く魔導技研のメンバーには護衛が就いた。軍務局から保安部の精鋭がつけられた。
しかし調査は難航した。
焦点は魔法力の途絶えたとされる貴族がどうやって魔獣から領地を護っているのか。
答えは簡単だ。
駐屯魔導士団か、冒険者に頼ればいい。
しかし貴族は魔法力を誇示する。
この二つに頼り切っていては何の名誉もない。
討伐の実績には魔法力が途絶えたはずの当主もしくは跡継ぎの名。
勇敢に戦う者も中にはいるだろう。
だが、魔導学院の院内カーストを見れば多くの場合それが当てはならないとわかる。
格式や優雅さなんかを評価基準に止まった的を目標に魔法を習得したとされる貴族たちが実戦でどうやって生き残るのか。
「やはり、前線に立たされている者には会わせてもらえませんでした」
「こちらはその存在すら認めさせられなかった」
「周辺の村にまで調査を広げると魔法力のある子供が領主の家に奉公に出され、すぐに消息不明になることがあるらしい」
ようするに平民を身代わりしている。
おれはヒースクリフが領地を護るために魔獣討伐に赴き、宮廷魔導師として王都を護るため魔獣討伐に参加しているのを見てきたから想像していなかった。
貴族の代わりに平民が戦いを強要されている。
おれたちはその実態を明らかにし、『魔法力=貴族のもの』という、ただのしがらみと化している構造を塗り替える。
『魔導軍再編計画』、つまりは『駐屯魔導士団』の設立だ。
調査を続けてしばらく、結果は振るわなかった。
調査に妨害があった。
「ことごとく山賊、野盗の類の襲撃を受けおります」
「保安部には死者が出てしまっている」
「どういうことなんだ? なぜ犯罪者が私たちの邪魔をするんだ?」
おれもこうなるとは予想していなかった。
いや、誰も、というべきだろう。
エリン室長以外。
「捕らえられた山賊は口を割ったのか?」
「いえ、『命令された』とか、『情報があった』とかで、確信めいたことを知っている者は誰も」
「だろうな」
おれはエリンに命令を受けた。
「ロイド卿。私と旅行に行こうか」
「……釣りですか。ぼくを餌に」
「察しがいいな。王国広しといえど、犯罪者を意のままに扱えるものなど一人しかいない。奴のしっぽを掴むには策が必要だ」
「え? 相手は内務大臣ではないんですか?」
「敵は内務省の闇だ。罪人の処刑、刑罰の執行、懲役の施行は内務省の準軍事組織が受け持っている」
「確か、『懲罰会』でしたか。会ったことありませんが」
「奴らは汚れ役だ。ゆえに関わろうとしなければ会うことはない。しかし、その力は絶大だ。内務大臣など目ではない」
半信半疑のままおれはエリン室長と地方へ調査に向かった。
『懲罰会』を引っ張り出すためおれとエリン室長は二人で調査に赴いた。
互いに従者も連れず、馬車の中は二人きりだ。
「果たして襲ってくるでしょうか? エリン室長、実戦経験の方は?」
「実際、今ここで襲われればこちらが不利だ。敵は罠だと分かっていても来る。この好機を逃しはしない。相手はあの『ロイド・バリリス侯』だ。本腰を入れてくるだろう。ちなみに私はか弱い。君が護れ」
急に馬車が止まった。
「来たか」
おれは御者さんを中に引っ張り、外に出た。
その瞬間何かが飛んできた。おれはとっさに剣で身を護ろうとしたが剣が弾き飛ばされた。
遠距離からの物理攻撃。
土魔法を発動しようとしたがうまく魔力を操れない。大気に細かい粒子がちらついている。
魔石の粉を散布されたようだ。
空を黒く埋め尽くすほどの矢が飛来してきた。
おれは地面に手を突っ込んだ。
馬車が地面に飲み込まれた。
土の中にトンネルをつくりながら進む。
地面の中なら魔力の妨害は関係ない。
「これほどの土魔法を即座に。さすがだな」
「いえ、甘く見てました。最初の手斧の一撃、あれはかなり強力でした」
普段紅月隊の騎士たちや剣神の剣を受けているおれが受けきれなかった。
投擲武器であれだけの威力ということは、かなりの手練れ。
御者さんとか弱いエリン室長と馬二頭を護って戦うのは不利だ。
「勝算は?」
「無いこともないですが、ここら一体の地形を変えることになりますし、相手の手がかりも無くなるので徒労に終わるかと」
「そうね。これが襲撃の予行という可能性もある。なら、私の戦略でいくぞ」
「戦略?」
敵は退いた。
おれが地面を裂き、山を造り、混乱を起こした。
魔力の阻害は粉が散布されている空間に限られる。
山で高さを稼げば粉が届いていないところから風魔法で粉を一掃できる。
敵は狙いに気が付き、山を登って攻めてきた。
エリン室長の言った通り。
登ってきた奴らは山を崩せば一掃できる。
はずだった。
5人。一瞬で駆けあがってきた手練れ。明らかにそこらの山賊野盗の類じゃない。傭兵?
「室長、か弱いとか冗談言っている場合じゃないですよ」
「魔法が使えれば戦えたが、敵は徹底している」
再び魔力阻害の粉が蒔かれている。
五人の男たちが近づいてくる。
容赦のない攻撃が繰り出される。
手斧、剣、鉤爪、鉈、矢。
それぞれが違う武器を使い、連携。
おれはそれを躱し続けた。
『虚門法』で教わった体重移動と呼吸法。
地面を操作しつつ、時間を稼ぐ。
徐々に相手の動きの分析ができてパターンが読めてきた。癖も発見。五人のアイコンタクトでの連携も把握した。
おれは反撃に出た。
「『我が意に従いし、闇の魔法よ』!!」
おれの詠唱に目の前にいた男が一瞬動きを止めた。その隙に、腕を掴むことに成功した。
剣を持って振りかぶった男の身体が宙に舞い弓矢の男に衝突した。
剣を奪い、手斧、鉈、鉤爪三方の攻撃を受け流す。
背後に回った鉈と鉤爪が、隆起した岩に吹っ飛ばされた。
「ぼくは足の裏からでも魔力を操れるんですよ」
「手を触れる動作は布石か……やるな」
この手斧の男が一番の手練れ。他の四人に指示を出していたリーダーだ。
「『懲罰会』ですか」
「何とでも言え。お前たちは山賊に襲われた。不慣れな土地にずかずかと足を踏み入れるからだ。これはその教訓になるだろう」
手斧の男が斧を明後日の方向に投げた。
「しまっ――」
魔法が間に合わなかった。
斧は弧を描き、エリン室長の胸に突き刺さった。
「ロイド・バリリス侯は神聖術が使えるらしいが、死人も生き返らせることができるのか?」
「く、くそ!!」
駆け寄るが、斧は心臓に突き刺さっていた。
襲ってきた連中は消えていた。
「私が死ねば調査は中止。そうなっていただろうな」
「え? 室長……!! 生きてる!?」
「早く、斧を抜いて治せ」
「は、はい……」
なんでだ?
『魔女』だから?
もしかして不死身?
手斧を抜くため、彼女の肩を抑えたとき、違和感があった。
「さっさとしろ。心臓は外れたが致命傷だ」
「あ、はい……」
この人、致命傷なのに全然表情が変わらない。
痛覚とかないのか? 『魔女』だから?
「『懲罰会』、思ったより手ごわそうですね」
「だが、大きな収穫があった。それも二つだ」
「え?」
「敵は私が死んだと思っている。誤った情報は武器になる」
「確かに。敵を出し抜けます。もう一つは?」
「敵の目的が分かった。私を殺して逃げたということは、目的は調査の妨害だ。考えてみろ、ただ妨害したいだけで随分な念の入れようだ」
「……この調査は絶対に妨害したかったから? まさか……」
「そうだろう。おそらく今回の調査対象に選んだ、ベリアム家フロート男爵は『懲罰会』の関係者だ」




