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21.岐路

 

『魔導技術応用研究統合本部』に呼ばれて三日後。



 王宮の庭園。



 池の畔。



 おれは覚悟を決め、おれを待つ相手の下に歩み寄る。



「ロイド・ギブソニア参上致しました、陛下」



 おれはプラウド国王に呼び出された。



「ようやく元通りだ。多少形は変わったが。これはこれで良い」



 数か月前、反乱を誘発することを目的とした帝国大使の陰謀により王女暗殺未遂事件が起きた。

 ここはその時おれが破壊した一画。


 この場には他に誰も居ない。



 信用されているからか。

 それだけ重要なことを話すからか。



 重要なこと。

 それはおれの進退についてだろうか。



 その表情は恐ろしくて見ることができない。




「そなたはシスティーナを救い、良く尽くしてくれている。一方で、時折大胆過ぎる。天才とは往々にしてそういうものかもしれんがな‥‥‥」

「陛下の御心を煩わしてしまい、申し訳ございません!」



 おれは早々に頭を下げた。



「報告は聞いている。『怪童』だと自ら明かしたようだな。システィーナは不満のようだ」

「姫様にはご叱責を賜りました‥‥‥軽率だったと自覚しております」



 あの一件の後。



 マイヤには本気で怒られた。



 怒鳴られたのは初めてだ。

 わざわざ正体を明かし、主導権を明け渡す行為は引いてはシスティーナの学院生活をも脅かしかねない。



『怪童』=ロイド・ギブソニア。



 この事実を隠し通すという目的で紅月隊にも徹夜で協力してもらったのに、おれはそれを無駄にしてしまった。



 隊内ではおれの資質を問う声が上がり、まとまりを失った紅月隊の噂は王宮内にも広まった。



 一言で言えば、大失態だ。



 もちろん、システィーナはおれの勝手な行動に激怒。




『どうして一言の相談も無くそんなことを!!』




 弁解の余地が無く、平身低頭するばかりだった。




『魔導技術応用研究統合本部』はというと、一時ストップした。相当に困惑していた。真偽とおれの意図を計りかねてのことだろう。

 あれからどうなっただろうか。連絡はない。




「呼び出したのはそなたの考えを検めるためだ」




 プラウド国王に説明を求められた。

 だが、言い訳して何になる。

 失態は失態だ。



「信頼回復のため、出来得る限りのことを―――」

「そうではない。そなたが学院で魔法工学を選択し、その地位を向上させ、魔法職内の貴賤を改めようとしたことは知っている。ならば魔法省の前身となる『魔導技術応用研究統合本部』に肩入れするのもわかる。だが、わからぬ。なぜその場で正体を明かしたのか。そなたなら上手く立ち回れたはず」



 嫌な汗が噴き出した。



「未熟ゆえの失態です。衝動的に口走ってしまいました」

「ロイド侯、余は理由を問うておる。ロイド・ギブソニアとして『怪童』の知識、ノウハウを『魔導技研』に報告する。それで済んだはず。そう考えたであろう」

「‥‥‥! はい、ですが‥‥‥」



 おれの言動の理由。

 合理的に利害関係を勘定して、それとはちぐはぐなことをした理由。


 それは言っても仕方のないことだ。



 なぜなら、ただおれがそういう人間だったというだけだからだ。



「私が彼らを裏切り、利用することはあってはならないと思いました」

「‥‥‥続けなさい」



 えぇ‥‥‥?



 本当にただ、そう思っただけなんだが‥‥‥



「なぜそう思った? そこには理由があるはずだ。考え給え」



 言葉にするのは難しい。

 だがおれはあの時の状況、自分の考えを思い起こし、自分で自分を分析してみた。



「‥‥‥魔法省が成立するには、省庁や出自の違い、身分の違い、職務の違いを越えて、信頼し合わなければなりません。能力のある者が出世や保身のために動けばたちまち崩壊するでしょう。しかし『魔導技研』の面々はまとまって見えました。同じ魔法職であるというだけの共通点によってです。一度対面しただけですが、あの場には不遇の想い、魔法職に対する不理解の中、同じ目的意識を持った者たちが奇跡的に集まったような気がしました」



 宮廷魔導士長や学院長と、誰も知らないような所属の人たちが、安い椅子と机を並べ、自由に発言していた。


 あの場には確かに、同族意識からくる居心地の良さがあった。

 ‥‥‥ような気がした。


 そうだ。

 おれはあの場のおれを歓迎するムードに驚き、各々が話す言葉、表情を疑って細かく見ていた。


 対して、彼らにはおれを疑う気持ちが無かったようだ。


 純粋に、魔法職に携わる仲間として受け入れられた居心地の良さ?

 いやそれだけじゃない。



 あれは、将来的におれが望む魔法職のあり方だった。

 互いを尊重し、信頼し、秘匿とする技術を持ち合い、大儀のため一丸となる。



 それができれば、魔法は特権階級の持つ摩訶不思議な特殊能力ではなく、生活をより良いものにする身近な存在になる。



「魔法情報は秘匿、それを持ち合うには信頼が必要です。そして、彼らには信頼関係が生まれると期待が持てた気がします。私は、一言で申し上げれば期待したのだと思います。そんな彼らを利用しようと思いました。そこで嫌な予感がしました」

「ほう、予感か」

「はい。こうやって魔法技術は隠され、独占され、奪い合いになるのだろう、と」



 一人の裏切りが、疑心を生み、調和を崩す。

 それに対する罪悪感が生まれた。



 おれは自分が望む魔法技術の発展と、魔道具の一般化を自分で邪魔するのではないか。



 少なくとも将来的に魔法省が後でおれの正体に気づいた時、魔法省という組織とおれの関係に未来は無い。



 おれは不安に襲われた。


 人を騙して利用することを自然に思い至った。

 正体を隠し、生活することに慣れ過ぎた。



 そのせいで同じ志の人たちを平然と裏切ろうとした自分にも危機感を抱いた。



 あの場で突発的に言ったのは、自分の中の倫理観が手遅れになる前におれを突き動かしたからかもしれない。焦燥感に駆られた。




 おれは自分の心情の変化を明かした。

 それは報告とは言えなかったが、プラウド国王は遮ることなく聞いた。



「ロイド侯にしては何とも要領を得ない説明だ」

「申し訳ございません」

「もうすぐ八歳か」

「はい?」

「その誠実さを評価するべきか、甘さを叱るべきか。マイヤとヒースクリフは苦労しているのだなぁ。余も静観し過ぎたか‥‥‥」

「はぁ‥‥‥あの、申し訳ございません」

「案外、政に向かぬのか。いや、人を見る才能が突出しているがゆえか‥‥‥」



 プラウド国王はブツブツと独り言のようにつぶやいた。




「しかし、ロイドよ。今回の件、理解されるものと思うな。結果としてシスティーナや紅月隊を裏切った。そう思う者は居るのだ。どうする気だ?」

「私は、システィーナ王女殿下の学院生活、その平穏を脅かしました。ならばするべき償いは一つ。真の平穏を取り戻すことだと考えます」



 正体を隠し、学院で平穏に暮らす。

 それがいつまでも続く保証は元より無い。

 おれもシスティーナも息を殺して生きるには向いていない。

 対処療法として平民を装ったが、二重生活のストレスは無視できない。




 ならばいっそ、王族が王族として安全に学院で学べるようにする。



 平民と貴族が公平に学べるようにしたのだから、今度は王族がそこに加わっても良いはず。




 それにはいずれ魔法省の協力が必要だ。

 魔法職内のカーストに捕らわれず、魔法職同士が助け合い、協調し合う。



 そこに平民だとか貴族だとか、王族だとかの身分や家柄は関係ない。



 意識の変革。



 そのために、おれは出来る限りのことをしなければならない。





「ロイド侯」

「はい」

「娘とよく話しなさい」

「お心遣いありがとうございます」

「それと‥‥‥」

「はい」

「そなたも失敗すると分かり、安心したぞ」

「それは‥‥‥精進致します!!」




 庭園を去るプラウド国王を見送り、しばらくしておれはほっと息をついた。

 とりあえず、爵位の剥奪だとか、護衛解任とかでは無かった。




 久しぶりに空気を吸った気がする。




「はぁ‥‥‥」




 この歳じゃなければ酒を飲みたい気分だ。




 池の水面に映る、気落ちした顔の少年が何だか他人のように思えた。



 何とも情けない顔だ。

 おれ、精神年齢30歳半ばだぞ。

 怒られるのは慣れてるはずなのにな。

 


 しばらくしても顔が戻らないので、おれは諦めて重い腰を上げる。

 そこにシスティーナがいた。




 自分が不安にさせてしまった少女の表情が、トラウマの生まれた場所に対しての恐怖ではなく、おれに対する悔恨であるとわかった。



 その内に、彼女もまた、おれの表情を見ておおよそを察した様子だ。



 だがおれはあえて言葉にした。




「私は姫のために働きたいです。その為に魔法省に行きます」

「分かっています。あなたは私の騎士なのですから」





反応次第で改稿します。

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