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幕間 フーガル・レディントン

 南部の常勝不敗にして最高の戦術。


『勇猛果敢』の突撃。

 それはこの国の建国以前からある精神であり、確かな実績を伴う戦略だ。



 元々騎馬民族だった原始ローア人は当時、一切の魔法技術を持たなかった。

 彼らは北部への入植するにあたり、建国紀に現れる強大な魔獣との生存競争に勝ち残った。

 馬に跨り、剣で戦った。

 我々の祖先は勇気こそ最大の武器であることを証明した。



 だがその直系たちは魔法技術に傾倒するあまり、その精神を忘れたらしい。

 南部の戦略などと言われているが、そもそも『勇猛果敢』は本来ローア民族全体の美徳だったはずなのだ。



 北部は王都設立から200年あまりで魔物の出現により一時壊滅に陥るが、それ以降目立った危機を経験していない。



 幾度かの歴史的大事は主に南部で起きた。

 700年代の帝国との戦争や1500年ごろ起きた獣人の一斉蜂起、100年ほど前から度々発生している魔獣の異常進化‥‥‥いつだって前線は南部だ。



 おれたちの祖先が国と人々のために命を散らしている間、北部の貴族たちはお飾りの魔法師団を造り、役に立たない魔導士の育成とお遊戯のような学歴社会を築き上げていった。



 遊びで時間を浪費しているだけの北部貴族におれたち南部が負けるはずがない。




 おれたちは命を懸けて学び、戦い、そして誇りを持って死んでいく。すでに何人もの学友、戦友を見送った。



 北部と南部は対等ではない。

 王国を真に支えているのは南部貴族だ。

 南部の戦士たちだ。



 対抗戦もまたお遊戯に違いない。

 だが、北部貴族たちに過ちを気付かせ、その空虚で恥ずべき立ち居振る舞いを正し、責任とそれを負う覚悟を問うこととなるだろう。


 それがおれの責任だと思い至った。




 ナイブズの令嬢との戦いは正にそのきっかけとなるだろうと考えた。




 金勘定は得意でも、私服を肥やす以外に能が無い。

 所詮は商人から成り上がった家系だ。



 貴族が持つべき本来の責任など持ち合わせていないのだ。




 四大貴族などと一括りにされているが、レディントン家と他は対等ではない。

 支配地の大きさ、生産する穀物の量、戦力の規模。どれも一国と一都市ほどにかけ離れている。




 おまけに北部は食事もマズイ。

 豪華絢爛たる宮廷料理の一端でも市井に伝わっている気配が無い。それとも宮廷ですら食文化の乏しい貧しく創造力に欠けるものなのか。



 格式や前例を重んじるばかりに停滞した文化。



 それはこの国の未来を暗示しているように感じた。



 おれはいずれお爺様より家督を継ぎ、レディントン家の当主となる。バルロ=ノーツ一族の長として南部を導き、やがてはこの国の停滞を終わらせる。




 その決意はおれの想像を超える変化の大渦に巻き込まれ、破綻した。




 ◇



 恥。


 いや、申し訳の無さ。

 不甲斐ない自分が南北対抗戦における南部全勝の栄光に泥を塗った。


 しばらく放心していた。

 やがて己が負けた理由について自問自答を繰り返した。




 確かに、ナイブズの‥‥‥フェリエス嬢は果敢に戦った。昨年とは別人のように気迫と覚悟を持ち、後退せず正々堂々と戦った。



 おれは彼女の力を見誤っていたのか?




 それもある。

 それもあるがやはり、最大の敗因はあれだ。




 丸太のような異形の杖。

 それを革の肩に襷掛けて両手で構え、五つの杖の先端が付いた車輪のようなものが回転した。すると風魔法の対人級魔法『風切』が連射された。




 それには魔法に絶対あるはずのものが無かった。



 魔法と魔法の間隙だ。



 魔法には隙がある。


 詠唱魔法はもちろん、魔道具に使われる結晶魔法、刻印魔法、簡易魔法である印掌術、これら全てにおいて、魔法には魔力を込める‶間〟が必要だ。




 魔力を込め、正確に狙い、一撃の効果を高める。




 これが魔法を使う者の共通認識であり、普遍的な戦闘の形だ。



 だがフェリエス嬢の杖はその常識を覆した。



 魔法の発生起源を辿れば、魔獣の魔法防御力を突破するために威力重視の魔法が開発され、連発できる魔法について運用がされてこなかったことは確かだ。しかしただ使われてこなかったというものではあるまい。




 属性魔法を操れないおれでもわかる。

 魔法とは連射できるように出来ていない。



 魔法を発動した後はどうしても意図しない自然干渉が生まれる。魔法そのものが完全に制御されたものでは無い。ある種の感覚、直感、ひらめきに似た想像力の織り成す現象だ。

 その把握の外で起こる無意識の影響が次の魔法を阻害するのだ。

 それは同じ属性、同じ魔法でも発生する。



 つまり、連射するには意図せず生まれた魔法の残滓からの干渉を計算に入れなければならない。

 または魔法発動後の残滓すら完璧に制御するか。



 いずれも不可能だ。発動する度に条件は変わる。



 ましてや、フェリエス嬢が用いるのは杖だ。

 魔力を込めるだけでそれらを完全に制御するならば、杖に内蔵された魔法陣において、その完全制御を実現しているということになる。




 魔法陣は魔石の分析もしくは、詠唱魔術士の観測によって生まれる。



 魔法の連発を可能とする魔獣の魔石には聞き覚えが無い。



 まさか、魔法を完璧に制御し、連射できる魔術士が存在する?

 さらにその‶奥義〟とも‶秘術〟とも言える技の極致を観測しその法陣化に成功したという事か。




 おれの脳裏に一人の少年が浮かんだ。



 王女殿下の生誕祭の折、お爺様が珍しく嬉々として語っておられた。



 南部でも噂にはなっていた。

 ――南部の傭兵数名を相手取り、打ち負かした魔導の天才がベルグリッドのギブソニア家に現れた――と。


 お爺様はその力量を王弟の魔導顧問との試合で目撃され、甚く感激されておった。



 曰く、『不動無詠唱にて、疾風怒涛の法撃を繰り出し、その手数は並の十にも百にも倍する』




 熟練の魔導士100人分に値するという評価だ。

 歩兵に換算すれば一万の軍に匹敵する計算だ。

 近接戦闘しかできないおれにとっては悪夢のような相手。



 本当にいるのか疑わしかったが、フェリエス嬢の放つそれは、おれが噂で聞いたその者得意とする魔法そのものだった。

 おれにとっては正に悪夢そのもの。


『風切』を細かく、小さく、隙間なく浴びせかけ敵の脚を止める。



 脳裏にチラついた影は試合中直実に実像を紡ぎだしていった。



 鋼鉄の格子を易々と破壊する魔獣。

 平原で戦ってはならない、建国紀にも記される原初の魔獣『大陸烏賊〈グランドクラーケン〉』

 ローア大陸の害獣の代表格『空百足〈スカイセンチピード〉』

 山岳地帯の絶対捕食者『山王鯱〈グリーンホエール〉』



 おそらく、対抗戦用ではなく、試合後の宮廷魔導士たちによるデモンストレーションのため控えていたのだろう。



 対抗戦用の小型魔獣を捕食し活性化したであろう大型魔獣が現れた。

 無様にも扉の一部が当たりおれは昏倒した。


 おれを庇うように前に躍り出たフェリエス嬢は杖の内蔵部品をその場で交換した。

 鮮やかな手つきで交換を終えると対人級の『風切』とは異なる魔法が放たれた。



 この世のものとは思えない、美しく輝く星々を散りばめたかのような光弾がその圧倒的火力で魔獣の魔法防御力を貫通した。



 大型魔獣の爪や牙もへし折る分厚い毛皮と脂肪の鎧を持つ『山王鯱〈グリーンホエール〉』。

 だが、毛皮は焼け焦げ、脂肪は煙を上げ、一瞬で絶命した。


 飛行し、蛇行するように不規則に飛ぶ『空百足〈スカイセンチピード〉』もその圧倒的攻撃の物量の前にすぐに墜落し沈黙した。



 何本もの脚を持ち、多様な攻撃手段と異常な再生力を持つ『大陸烏賊〈グランドクラーケン〉』ですら、その生命力があっさりと削られ、何もできないままただの焼け焦げた肉に変わった。




 魔獣の肉体を貫くほどの高熱。



 火魔法とは傷跡が似ても似つかない。

 まるで鋭利な刃物で繰り抜いたかのような、見たことの無い傷跡だ。



 光魔法に攻撃魔法は無いはずだ。




 全く新しい魔法。

 冷凍冷蔵庫に使われていた魔力の保存機関を応用した無尽蔵の魔力。

 魔法の威力を魔力制御ではなく、杖の機械的構造により解決。加えて『風切』の杖の中に異なる工程で生まれる『風圧』を組み込む二段構造。

 さらには通常の魔法とは異なる発動様式のはずの【印掌術】による防御。





 どれもこれもこれまでの北部校には無かった。

 いや、団体戦の代表選手たちの杖に、これらの先進技術の片鱗さえ現れていなかった。



 これはここ数百年でほとんど変化が無かった杖そのものの定義を覆すものだ。



 おそらく、魔工技師が数百年か数千年か掛けて到達させるはずの杖の極致とも言うべき、究極の魔導兵器の一つだ。




「まさに『戦士の悪夢』だな」



 噂は信用ならないものだ。

 実物は噂以上。

 


 もし実在するなら怪物だ。

 彼は兵という単位、軍という単位を超え、戦い方そのものを変えてしまうだろう。



 その強大さに心底恐怖し、身体が震えた。

 昏倒し、定かではない思考がふと音を拾った。



「学生の皆様の知恵と努力、魔導に携わる者として感服致しました。またとても大きな刺激をいただきました」



 その言葉に疲労とダメージで冴えない頭が覚醒し、全神経が集中した。

 中断されていた余興に現れた者の声には聞き覚えがあった。


 妙にハキハキと話慣れた様子の子供の声。



 この話し方の印象は覚えている。

 


 フェリエスと一緒にいた、安食堂でおれに啖呵を切った魔法工学部の少年。



「まさか‥‥‥彼が?」



 平原の真ん中にいたのは予想通りあの少年だった。



 暑そうな紅い隊服には王宮騎士団と王女の徽章、そしていくつかの勲章が輝いている。

 その幼さと対照的に、大き過ぎていてアンバランスさが異様に映る。



 過分な責任の重さは怪しく恐ろしくもある。




 しかし、明瞭な口上で観衆の関心を惹く様にはケチのつけようがない。

 誇りがあり、品格を持ち、風格を合わせつ。

 理想的な貴族だ。

 あれほど市井になじんでいた少年がこうして見ると平民に思えない。不思議なものだ。




「王立魔道学院の魔法工学の飛躍は王国が、いえ、人々が抱える様々な問題を解決する糸口になる。私はそう確信しております。さて、他人事のように語るだけで終わるわけには参りません。学生の皆様が惜しみなく披露して下さった技術、その返礼をせねばなりません。学生の皆様の発想の助けとなれるよう私も私の仕事ぶりを知って頂きたく存じます。まぁ、こういう機会でも無ければ仕事をしていると信じていただけませんので」



 会場から笑いが起きた。



 ロイド侯の仕事。

 口上の巧みさもあるが何よりその言葉は会場中を惹き付けた。




 おれもまた願っても無いチャンスに身を震わせた。

『戦士の悪夢』の製作者は十中八九ロイド侯だ。

 彼の魔法力をこの眼で見れば確かめられる。





 何をするのかと期待していると紅月隊の騎士たちが平原に現れた。



 騎士たちは五種的当ての競技を始めた。

 紅月隊の騎士たちが、だ。



 騎士が詠唱魔法を使う。

 あり得ないことが目の前で繰り広げられていた。



 しかも発動の速さは我が南部校の代表選手たちよりも早く感じた。




 その重要性は計りしえない。



 誰もがまさかと思ったことをロイド侯は高らかに発表した。




「このように、魔法の素養を後天的に授けることに成功しました」



 見事だ。

 おれとフェリエス嬢の戦いを上書きして見せた。




 ロイド侯は魔法の常識を根底から覆してしまった。

 魔法とは才能。

 先天的な能力。



 それが変わった。



 これは人族という種が共通に夢見て来たことだ。




 ロイド侯の発見は誰もが等しく魔法の恩恵を受けられる可能性を切り開くものだ。





 その大きな可能性はある者には希望、ある者には恐怖だ。

 いずれにせよこれは変化の第一幕、始まりに過ぎない。


 そう感じたのはおれだけではないだろう。





 自然と会場からは拍手が鳴り響いていた。

 それはまるで、変革という大きな渦、その奔流の源を前に唖然と立ち尽くし、自らが飲み込まれるのを待つ間の緊張と弛緩が起こす狂乱にも似たものだった。



 なぜ素直に称賛と言えないのか。




 おれ自身、期待と混乱、恐怖と畏敬、それと高揚感、これらが入り混じり、気が付くと全力で喝采を送っていた。





 眼を開かされた。



『勇猛果敢』は北部にもあった。

 

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