17.焔雨
両者の攻防に会場の応援もヒートアップ。
失意の北部校応援団、活気を取り戻す。
負けじとフーガルの応援に熱が入る南部校。
などと冷静に言っても居られない。
おれも二人の闘いに一喜一憂し、手に汗を握っている。
「ロイド、ねぇ、ロイド?」
「あ、はい」
「これ、どうなるの?」
「二人共手の内はわかっています。フェリエスは【内装隠し大筒】の『風圧』を当てる。フーガルはそれを躱して『日傘』を破壊する」
一瞬の迷いや判断の遅れが命取りになる。
フーガルが揺さぶりをかける。
左右に動き、的を絞らせない。
フェリエスが斉射し、接近を許さない。
よし、落ち着いている。
魔導士にとって戦士の接近は脅威だ。
確実に距離の優位を保つんだ。
【五連装自走回転式法撃砲】の目的はあくまで牽制。
南部兵の一番厄介な突撃戦法を封じることだ。
親父さんと訓練して徹底したことをフェリエスはキチンと押さえている。
あとは誘い込むタイミングと、撃ち損じのないよう確実に『日傘』を操作して当てるだけ。
必要なのは根気と集中力。
大丈夫だ、準備はしてきた。
君ならやれる、フェリエス!!
「動いた!」
フェリエスが間を生み、フーガルが動いた。
いいぞ、上手く真正面に誘い込んだ。
「つぇああああ!!!!」
獣のような耳を劈く叫び声と共に、フーガルが剣を振るった。
「なっ?」
剣の間合いからは大分離れている。
『―――魔剣でも中距離で魔法を放てるぞ』
親父さんとの会話を思い出した。
剣技と魔法の融合。
魔剣が炎を纏い、火花を散らす。
炎と熱波と閃光と猿叫。
それらがフェリエスを襲った。
そんな!!
あんな攻撃があったのか!
剣の間合いの外から相手の行動を止めるための魔法攻撃。
それを布石とし斬り込む。
なんていう攻撃的な戦闘スタイルだ。
『風切』の嵐の中をダメージを負う覚悟で進むのは相当な修羅場を潜り抜けて来た証拠。
フーガル、君は本物の戦士だ。
南部の『勇猛果敢』、見せてもらった。
それでほんの少し道具にこだわっていたら勝負は決していただろうね。
攻撃に飛び込んだフーガルの方が吹き飛んだ。
「―――どういうことだ!?」
「なんだ!?」
「攻撃は決まったはずなのに!!」
南部側の応援席から驚きと困惑と落胆の声が漏れた。
おれがなぜ杖を『日傘』と名付けたか。
「まさか【印掌術】を?」
そう。【印掌術】の盾だ。
【五連装自走回転式法撃砲】を起点に傘のような魔力の防壁が生まれる。
「ありえないだろう。あれは魔力を込めるのではなく、法陣を完成させることで魔法が発動する簡易魔法だ」
宮廷魔導士たちが慌ただしく議論を始める。
「【法陣の完成】、すなわち【円を成す】という単一工程には腕、または脚の交差が基本だったな」
「しかし、彼女の両手は杖でふさがっていたはず。脚を交差していた様子もなかったぞ」
「そう申されましてもあの魔剣の剣撃を防ぐのにはどう考えても‥‥‥」
「だから! あれほどの魔力を一体どう捻出しているんだ!?」
「【印掌術】は接近戦用の簡易魔法。我ら魔術士には縁のない術であるからして‥‥‥」
議論は魔法士たちにも及んだ。
「物理干渉を可能とする魔力の盾となれば【印掌術】に他なりませんが、しかしあの魔導服に刻印魔法を仕込んでいたとすれば‥‥‥」
「特定の体勢を取った様子も無かったですし‥‥‥直立のあの体勢で発動するような設計なら多少の体勢の変化だけで勝手に発動してしまいますし‥‥‥そのぉ‥‥‥」
【印掌術】を使うのは冒険者、一部の軍隊、あとは闘技者ぐらいだ。
フーガルも手甲に仕込んでいるようだが発動時には特定の体勢があり、それで誤発動を防いでいる。
「ロイド侯、貴公はどう見る?」
あやふやな解説に業を煮やし、プラウド国王がおれに正解をご所望だ。
「あの杖には魔法士本人とは別に魔力の供給源があるのでしょう。ならば、肉体を介さずとも【印掌術】の行使は可能です」
【印掌術】は発動方法が特殊なだけのただの【刻印魔法】だ。
ならばその特殊な発動方法ごと道具に組み込めばいい。
「ふむ‥‥‥」
「杖の内部に法陣を組み、魔力供給源と接続、法陣の一部をずらしておけば、それを戻すだけで簡易魔法の発動が可能となります」
ただ回路のスイッチ・オンとオフの切り替えを作っただけ。
わざわざ腕や手を組むなんてまどろっこしい。
ボタン押せば済むんだから。
「法陣をあえて完成させず、戦闘中に正しき形を織りなすということか! なんてことだ!!」
「さすがロイド卿‥‥‥たった一目見ただけで」
「素晴らしい慧眼」
まぁ、おれが考えたんで。ええ。
「魔法の連射、杖の外殻の中に別の杖を内装する機構、魔力の貯蔵、【印掌術】の組み込み‥‥‥今年の魔法工学部はどうなっている」
「学生の業ではない。王宮の工房にもあのような発想をする魔工技師はいないぞ」
「一体製作者は何者だ?」
すでに勝負が決したかのような会場の雰囲気。
しかし、フーガルは諦めていない。
立ち上がった。
恐らく内心相当焦っているだろう。
それを悟らせない見事なポーカーフェイス。憎たらしいまでに甘いマスクだ。
魔力はもうほとんど残っていないはずだ。
二度の突撃でダメージを負い、『日傘』と自分の魔剣が天と地ほどの性能さがあることを痛感している。
次に何が出て来るか、想定できない焦りもあるだろう。
なぜ立つ?
「勝敗は決したはずですよね?」
「対戦の勝敗は拠点の破壊か、選手の魔力切れ、もしくは降参です」
マイヤが答えた。
「はい。でも‥‥‥」
「彼もまた責任感の強い性分のようですね」
「精神力ですか」
「私でもまだあきらめません。フーガルが勝つ方法はあります」
拠点を狙う気か?
『――これ必要か? ちょっと重くて‥‥‥』
あ。
フーガルが走り出した。
フェリエスを迂回して拠点へ向かう。
フェリエスは焦って彼を追う。
これはマズイ。
早く仕留めんだ!!
まさか一騎討ちを捨て、試合の勝ち負けにこだわるタイプだとは。
いや、揺さぶりか?
戦闘経験の浅さを突くか。
それだけフーガルも追い込まれている。
落ち着いて狙え、フェリエス!!
彼女が足を止め、特大の法擊を放つ。
大きく外れた。
いや下手か!?
「揺れてる?」
オリヴィアが呟いた。
なになに?
見ると拠点を前にフーガルも足を止めている。
「何だ?」
平原に設置された鉄格子の扉が吹き飛んだ。
「うわ、あんな仕掛けありましたっけ?」
「なにボケてんのよ!! 扉が破壊されたんでしょ!!」
次から次へと魔獣が這い出て来た。
会場中から悲鳴が上がった。
「あっ―――」
『もういい! 私が自分でやる!!』
『そんな強引に操作したら――』
檻で何かあったのか。
「見ろ、フーガルが!」
膝を突いて立てないでいる。
さっきの鉄格子の破片が当たったか。
フェリエスは傘で無事だな。
「試合は中止だ。加勢し四大貴族の御子息、御令嬢を護れ!!」
トラブルに際し、各宮廷魔導士、騎士たち、南部兵が動こうとした。
「ロイド!!」
「ご安心下さい」
システィーナの望みに応えよう。
この距離。
おれなら外さない。
一瞬で終わらせる。
その時、フェリエスが『日傘』を構えた。
フーガルを護るためか。
「戦う気か!?」
「止せ、逃げろ!!」
「対人用の魔道具ではあの規模の魔獣は倒せんぞ!!」
彼女は杖の胴体から円形のカートリッジを引き抜き、素早く流れるような動作で腰のポーチから別のカートリッジと入れ換えた。
いけない!!
「フェリエス止せ! それは―――」
人々の予想を裏切り、『日傘』から放たれた光の弾が魔獣の魔法防御力を突破して皮膚を貫き、肉をえぐり、骨を穿った。
対魔級熱魔法『焔雨』が現れた魔獣を駆逐していった。
高熱を帯びた魔力の弾が【五連装自走回転式法撃砲】で発射され、魔獣を貫いていった。
後には静寂が残った。
「あ、あちゃ~‥‥‥」
まさかここで使うとは……
これはマズいことになった。
まぁフェリエスが無事で何よりだけどね。
ただややこしいことになるぞ。
「おい‥‥‥今のはただの火魔法ではないぞ」
「へ、陛下直ちに緘口令を敷くべき事案と具申致します」
「大変だ。魔獣を貫く熱‥‥‥まさか【熱魔法】? その法陣化を学生が!?」
「とにかくあの杖を王宮で回収、フェリエス嬢を保護! 関係各所に監査官を派遣しろ!! 急げ!!」
みんな忙しそうぉ。
システィーナがおれを見て「だから言ったのに」という顔をする。
実戦を想定して組み込んでおいてよかったのか悪かったのか‥‥‥
大歓声の中、誰もがフェリエスを称えた。その勇姿と勝利を称えて。
おれもまた友人の晴れ姿をただ拍手で称えた。
そうだ。
知らんぷりしよう。