15.開幕
学院の夏休みが終わり、ついに対抗戦が始まった。
澄み渡る空。
迸る熱気。
じゅうじゅうと食欲をそそる香り。
長蛇の列。
大反響。
南部屋台!!
「パウ〈肉包み焼き〉下さい!」
「私はこの黄色いアイスと白いのダブルで」
「レモネードとパウ人数分頼む」
「ありがとうございます!!」
売れる売れる!!
すごい人が集まるというのに学食があるからと屋台などが出店しないと聞いてすぐに許可を取りに行き、お酒はダメだけど南部料理や冷凍冷蔵庫を駆使したものならと妥協してもらえた。
反響はあると予想していたけど予想以上だ。
歩きながら食べる軽食はお行儀が悪いからと由緒正しきお家柄が集まる学院では反感を買うと思ったが、物珍しさと前評判が勝ったようだ。
訓練中の差し入れがいい宣伝になった。
「こりゃ昼で仕込んだ分売り切れるぞ」
「えぇ~!! 夕方までは持つはずだと思ったのに」
「学食が混んでいてこっちに流れてたんだって」
「店にある仕込みを追加するか」
「えぇ! 親父さん、でも‥‥‥フェリエスの試合が」
「それまでには戻る」
親父さんが店に戻っている間、屋台は大忙しだ。
バイトのお姉さんたちと共にお客をさばき、何とか回転させていく。
「それにしても今年は人が多いねー」
「そうなんですか?」
「倍ぐらいいるよ。冷凍冷蔵庫がヒットしたから各領地からスカウトも来てるんだと思う」
「へぇ~」
「今年は陛下と王女殿下も観覧されるっていうし」
「そうですねー」
そういうわけでシスティーナは観覧席にいる。
紅月隊席次のおれも当然行かなければならないのだが、予想以上の繁盛ぶりで抜けるタイミングが無い。
「ロイド君行ってきなよ」
「え? いいんですか先輩」
「だってロイド君初めてでしょ?」
「ピークは過ぎたし対戦の団体戦と個人戦が始まるからこっちは空くだろうし。片付けは手伝ってね」
「わかりました。ありがとうございます先輩!」
おれは急いで会場に向かった。
すごい歓声で地面が揺れているようだ。
競技はすでに終わり、もう団体戦に移行している。
団体戦が終わったら個人戦だ。
早くしなければ。
「―――お止め下さい!!」
「ん?」
関係者用の地下通路を通りかかったら揉めている声が聞こえた。
「魔獣投入のタイミングは無作為と決まっております。今すぐ門を開放することはできません!!」
「ええいそんな杓子定規な建前はいらん!! それでは南部校に良いようにされて終わるではないか!! さっさと門を開放しろ!!」
対戦はチャルカと同じく途中で魔獣が投入される。
そのタイミングはランダムだ。
どうやら劣勢の北部校が巻き返せるよう、南部校の学生が中央に集中したタイミングで魔獣を放とうとしているようだ。
「わ、私の一存では」
「貴様ぁ!! 状況が理解できんのか!! このまま陛下の御前で全敗し、無様を晒せばどのような処罰が下るか分からんのだぞ!!!」
全敗なのか。
「もういい!! 私が自分でやる!!」
「ああ、そんな強引に操作したら壊れます!! やめて下さい!!」
急いでいるけど、これは見過ごせないな。
本当に魔獣の檻と直結している昇降台を破壊しかねない。
「不正行為は学院の品位を貶めますよ」
「だ、誰だ! なんだ魔法工学部か‥‥‥学生はさっさと観覧席に戻れ!! 関係無いことだ!!」
あ、そうだ。
学生服だった。
ちょっと、おれの顔見て魔法工学部と決めつけたな。失礼しちゃう。
どうするか。
印籠とか持ち歩いてないし‥‥‥
説得を聞くほどまともとも思えない。
いっそ力づくで‥‥‥
「あなたたち、何をしているの?」
「部外者が入って来るなと―――うっ‥‥‥どうしてあなたが‥‥‥」
そこに現れたのはオリヴィア副隊長だった。
「見回りよ。問題が起こるとしたらここだから。それで? 何かトラブル? 説明しなさい」
「うっ、いや‥‥‥点検していて今終わったので、失礼!」
教師はピューと逃げていった。
「副隊長、いいタイミングです」
「あんたが遅いから姫が心配されてたのよ」
お迎えのヴィオラ、システィナに身支度をされてすぐにシスティーナが待つ王族用貴賓席へ。
そこには王族と各護衛騎士たち。それに宮廷魔導士たちが勢ぞろい。
ヒースクリフもいる。
それにナイブズ家当主アプルや北部に属する大貴族が何人かいる。
システィーナが護衛に就いたおれに声をかける。
「何か問題?」
「‥‥‥屋台の反響が想定を超えています。午前中だけで一日分の食材を消化しつつあります」
「それは良かったわ」
「こちらはどうでしたか?」
「‥‥‥南部側の応援席はすごい盛り上がりようね。何せ、五種的当ては全戦全勝。団体戦も今拠点を破壊して終わったわ」
ああ。
チラリとプラウド国王の方を見ると、御不満のようだ。
王立でありながらここまで力の差を見せつけられたらおもしろくないだろう。
「それにしても今年は南部校が強いのでしょうか?」
おれは傍にいたヒースクリフに尋ねた。
「今年は北部校の具合が良くない。おそらく例年より多くの観客と注目度の高さがプレッシャーとなったのだろう。単純なミスが目立つ」
訓練の差だ。
普段から実戦的な訓練をしていれば視線なんかで緊張することなど無い。
団体戦を終え退却する南部校の学生たちを見た。
体つきが違う。顔つきが違う。
全員が全員、何度も実戦を経験した武士のようだ。
学院全体を覆っていたお祭りムードは彼らの放つ殺伐とした気配に塗り替えられ、居心地の悪さを感じる。
おれでもそうなのだから、相対する北部校の代表選手たちはもっとだろう。
自分たちとは生きる目的が違う。
戦いにかける気迫が違う。
格式だの様式だのと、本質から眼を背けているからこうなる。
そう、当人たちも実感していることだろう。
「フェリエス、大丈夫かしら?」
「‥‥‥大丈夫ですよ」
対抗戦のメイン。
南北代表選手同士の個人対戦。
崩れた拠点が組み直される。
その間に、南部校側の無傷の拠点の上に、男が現れた。
もう準備は万全といった様子だ。
「へぇ‥‥‥!」
フーガルを見てオリヴィアの目が変わった。
魔導士より騎士たちの方が、感心している。
「学生とは思えませんね」
マイヤも感嘆。
鍛え抜かれた身体。
余裕のある立ち姿。
そしておそらく‥‥‥
「使いますね、彼」
フーガルは『鬼門法』か『気門法』、もしくはその両方の体技を獲得する戦士たちタイプだ。
魔道具を駆使しつつ、圧倒的な身体能力で進軍する。
この世界での戦いにおいて最も合理的で正解といえるスタイルだな。
フーガルの登場で会場の様子はさらに一変した。
南部の男たちによる合唱が始まった。
会場全体を震わせる、応援歌。
それは自分たちの大将を鼓舞し、称える賛歌。
美しさの欠片も無い、言葉なのかもわからない、叫びに近い音の塊。
「うるさっ!」
「まるで王の登場だな」
「それだけ人の心を引き付ける、血筋だけではない何かがあるのだろう」
カリスマだな。
高々16、7歳の学生に向ける熱量じゃない。
フーガル・レディントン‥‥‥バルロ=ノーツ一族が南部の支配者なら、彼はその中の‶一等星〟というわけだ。
「今日の若君もまた凛々しい面構えだ!! 惚れ惚れするな!!」
「おお、若君が履いているあの靴は‥‥‥!! 本気の時にしか履かないお気に入り!!」
「ならあの手袋は‥‥‥!! エシュロン様と狩りに出かけた際に身に着けておられた思い出の品!!」
「なんと、見よ! この試合のために調髪なされか!!」
「わ、若君はどんな髪型もお似合いになるぅ!!」
なんか、応援の方向性が怖い。
彼はアイドルか何かなのかな?
おっさんたちの野太い声援を聞かされている間に拠点が組み直され、北部校王立魔道学院側の代表も登場した。
「な、なんだあれは!!」
その姿に、会場中がどよめいた。
夏の太陽を反射する光沢のある純白の鎧。
それは金属鎧とは異なる輝きを帯びている。
まるで白い陶器のように、美しく壮麗で、洗練されている。
「なんと気高き姿!」
「あれが魔導服なのか?」
「一体何で出来ているんだ?」
背後からでもシスティーナが得意げな顔をしているのがわかる。
ご機嫌だ。
けど、きっと意匠科の先輩たちと一緒に観戦したかっただろうな。
そのどよめきを覆いつくすように、またもや大きな歓声が鳴り響いた。
ナイブズ家だ。
荒々しい船乗りたちの怒号にも似た応援。
両勢力の熱気と歓声の中、対抗戦個人対戦が始まった。




